天使はあくまで
「なんでお前…ここに居るんだ…」
屋根裏部屋、本来は誰も居ないはずのこの場所に人が、しかもあの『天使』が、窓を眺めていた。
しかし俺が驚愕したのは、なにもそれだけでは無い。
なにかが背中に着いていた。
悪魔を描く時に背中に描く、デフォルメされたコウモリの羽、それが何故か天堂の背中に着いていた。
イタズラでもされたのか、屋根裏に来るほど色々と悩んでいるのか。
色々と考えが頭を過ぎり、少なくとも冷静でいられる状況ではなかった。
「どうしてまだ学校に人が…そもそも私鍵閉めて…」
なにやら、天堂がブツブツと話していた。あちらも大分悩んでいるようだ。
とにかく、今は1人にした方がいいか。別にここでなにかしたくてきた訳では無い。
「あー、お邪魔しました」
「あっ…まって!!」
天堂がなにやら焦っているが、俺の目線は既に、ドアにある窓を見ていた。
すると、そのドアの窓の向こうには、信じられない光景があった。
「えっ…?は…?」
なかった。さっき昇ってきたはずの階段が、跡形もなく消えていたのだった。
信じられない光景に、俺は目を擦り、もう一度目を向ける。
やはりなかった。何度も目を通すが、本当に無くなっていた。
「はぁ、遅かったか…」
俺の驚愕の表情とは裏腹に、天童は冷静に、はぁ…とため息を着いていた。
「いや、なんでそんなに冷静なんだよ!?信じられないかもしれないけど本当に…!」
「大丈夫、それ私のせいだから」
ん?"私のせい"…?
もう、俺には何が何だかわからなくなってきていた。
好奇心で屋根裏部屋に来たら、何故か天堂がいて。帰ろうとしたら階段がなくなってて、それが天堂のせいで…?
うっ…なんか頭痛くなってきた。
「はぁ…とにかく落ち着いて?座って」
「は、はい…?」
天堂からお茶も貰い、ゆっくりと落ち着いたところで。
冷静に思うとこの状況ヤバくないか?
誰かに見つかったら絶対拉致られる。そう思うと、なんか緊張してしまうが、今はそれどころではない。
まずは…
「1つずつ、聞いていいか?」
「はい、どうぞ?」
「なんで天堂はここに?」
まずはこれだ、なんで天堂がここにいるのか、まずこの場所自体のことよりもそれが先だ。
「うん、まずはそれだよね」
すると天堂は、なにかを決意したかのように胸に手を当てて、ゆっくりと話し始めた。
「まず、約束して欲しいことがあるんだけど。今から言うことを口外しないこと。いい?」
「わかった」
いつになく真剣な表情で言う天堂の姿に、咄嗟に声が出た。
「うん、じゃあ話すね」
天堂は立ち上がり、真剣な表情のまま言い放つ。
「私ね?実は…『悪魔』なんだ」
悪…えっ?今なんて?悪魔って言ったか?
「うん…ごめん、信じられないよね。急にこんなこと言われても…」
俺の考えを読んでか、天堂は気を使ってくれていた。
信じられないか…
確かに信じられないことではあるが、そうじゃなければ階段の説明がつかない。
また混乱しかける頭を、冷静に整えて
「いや、大丈夫。信じるよ」
「そっか優しいんだね、秋野くん」
こんな状況でも、あの天使から『優しい』と言われるのは、思わず頬が緩む。
いや、でも悪魔だから天使じゃないのか?また頭が混乱する。
「悪魔…どういう存在かは、わかる?」
「あぁ大丈夫、趣味の関係でそういうことを調べててね。よく知ってるよ。」
俺、『秋野聖雅』は、昔のとある事件から『運命』について深く考えて調べるようになった。
ある程度調べて、自分の考えを纏めた結果。『運命には3種類存在する』ということに至ったのだ。
そして調べている間に、こんな記述を見つけたのだ。
何千年も前
天使と悪魔による、世界の運命操作を賭けた大規模な戦争が起こったと言われている。色々と戦争の記述はあるけれど。結果だけを言うと、天使軍の勝利となった。
戦争の終わり頃には、悪魔は全滅状態に陥っていたという。
そして神様は運命の力を操作して、今俺達のいる世界を作ったとされている。
運命のバランスをとる為に、神様は運命を幸運と不幸の2つを平等にわけ与えたと。
「…まぁそう言われてるよね…」
なにやら、納得がいかない様な仕方ないかと諦めているかのような様子で、天堂は言った。
「記述ではそうなってるの、人間が安心出来るようにね。
でも実際は違う、悪魔は全滅寸前にはなったけど、全滅はしてない。
その証拠に、私がいる訳だしね」
そう言って天堂は、背中の小さな羽を見せつける。
「あれ?俺の見た悪魔の絵って、たしかしっぽとかもあって、角とかも…」
「あぁ、昔の人は出せたんだけどね、私達の世代にはもうこれだけ。
神様の慈悲がなければ、私たちは間違いなく全滅してたと思う…」
言いながら、天堂は俯いた。
「それで、どうして天童はここに?わざわざ階段まで作って」
俺は話題を変えるために、本題の気になっていたことを聞いてみた。
「あぁ、それはね…」
天堂が俺の問いに答えようとした瞬間だった。
ピピッ
まるでスマホの通知音のような短い機械音が鳴った。
すると、それに反応するかのように、天堂は走って最初の窓の方へ向かい、窓から双眼鏡で遠くを見つめた。
「て、天堂?なにを」
俺が天堂に近づこうとしたら突然、天堂の羽がバサバサと羽ばたいた。
一体何をしているのか。
天堂は、口をまるで食事でも取るかのように、もぐもぐとさせていた。
数十秒した時だろうか、天堂がスっとこっちを見返した。
「ごめんね、急に不幸が見つかったみたいで、急いで食事しちゃって…」
…理解が追いつかない。不幸が見つかれば食事になる…?
俺がええと…と悩んでいると、天堂はゆっくりと悪魔の特性について教えてくれた。
「私たち悪魔は見てもわかる通り、もう魔力が残り少ないんだ。
きっかけは、何千年も前の戦争のせいもあるけど、段々と悪魔の数の少なさから、族の血自体が薄れていったせいだとも言われてる。
そして私の世代にはもう、悪魔は私を入れて5人しかいないと言われているんだ」
なんだか、そう聞くと凄く貴重な機会な気がしてきた。
まるで、絶滅危惧種と会話しているような気持ちだ。
いや、そもそも人間と悪魔がこうして普通に会話していること自体が、すごく貴重だ。
俺は、改めて事の重要さを身に染みながら、話を聞く。
「そんな私たちは、毎日魔力を蓄えていないと、魔力の補充が出来なくなってしまうほど弱くなってしまった。
そこで、先人の人達が考え出した簡単で、誰にも気づかれずに魔力を蓄える方法が"人の不幸を食べる"って方法だったんだ。
だからこうして、毎日屋根裏から双眼鏡で人の不幸を見つけて食べているの。
悪魔族の目は、人の不幸を可視化することが出来るから、見つけるのも容易だしね」
なるほど。だからさっき、窓に向かって双眼鏡を見つめて、口をもぐもぐさせていたのか。
悪魔の血を受け継ぐため、そして魔力を蓄えるために。
そんな状況の天堂にとっさに一言
「苦労してるんだな…」
健の時と同じ感想の言葉が、ついポロッと出てしまった。
「ふふっ…悪魔を心配するなんて、本当に優しいんだね、秋野くんって」
そう言って笑う天堂の笑顔は、やはりどう見ても天使であった。
さて、1番気になる質問を問いかけることにした。
「なぁ天堂、俺どうやって帰ればいいの?」
階段がなくなってる今、俺は階段のない数10メートルを飛び降りるか、もしくは屋根を伝って降りていくかの2択しかないわけだが…。
「あぁ、それなら私がまた魔力を使ってかければいいだけだから大丈夫だよ」
よかった、本当によかった。
骨の1本や2本失ってもいいくらい天堂と話したが、失わない方がいいに決まっている。
「じゃあ早速お願いしていいか?ここのことや悪魔のことなら言わないからさ」
「待って。
悪魔ってことバレた状態で、タダで返すと思う?」
まぁ確かにそうだ。
俺がここで口だけ言わないと言っても、人間は嘘をつく生き物。
いくらでも口を滑らせることが出来るだろう。
俺は天堂の条件を飲む覚悟をして、体にグッと力が入る。
「お、流石調べてるだけあるね、覚悟十分って感じ」
そう言ってニヤっと微笑む天堂は、どこかいつもの笑顔とは違う気がして。
なんて思っていると、急に俺の手を握ってきた。
「秋野くんには、私と契約を結んで貰います」
一瞬ドキッとしたが、その言葉を聞いて別の意味に変わる。
契約…自然と固唾を飲む。
握った手から、なにか小さいものが作られていくのを感じる。
「私が悪魔だということ、これを人間に話した途端に、この指輪があなたを締め付けていきます」
そう言いながら、俺の手に綺麗な銀色の指輪をスっと通す。
見た目は普通によく売っているような指輪だった。
ただ少し違うのは、指輪に『DEVIL』と刻まれていること。
なんか厨二病っぽくて小っ恥ずかしいが、バレないように薄く刻まれていてホッとした。
「そして、もう1つ」
俺が指輪に見とれているのを止めるように、天堂の声が刺さる。
もう1つ?
「明日から毎日、しっかりこの屋根裏に来てください。
絶対です、いい?」
えっ…?いや、待ってそれってつまり、これから毎日天堂と会って話すことが出来るって事か…?
そんなの、断る理由がない。
「は…はい」
俺がこう答えたあと、天堂は後ろをスっと向いて
「よしっ!」
後ろからでもわかる、ちいさくガッツポーズをしていた、とてもかわいい。
そして、何も無かったかのように俺の方を向きかえり
呪文のようなものを唱えて数分…。
「よし、じゃあこれで契約成立!」
そう天堂が言うともう1つ指輪が出てきた。
その指輪をスっと、天堂が自分の首にネックレスのようにつける。
「明日も絶対来てね?ここ、今日と同じ時間には階段出すから!」
そう言って満面の笑みで俺の手を握って言う。
天使にこんなこと言われると、断れる人がいるはずがない。
「お、おう…わかった」
俺の返事を聞いた天堂の笑顔は、とても眩しかった。