18:52
俺の隣に天使がいた。
いや、悪魔なんだけど…。
天堂が俺の顔を覗き込むようにして、見ていた。
「て、天堂?!どうして…」
「どうしてって、風邪だって言うから、宿題とか授業のノートとかを届けに来たんだけど…」
そういえばそうだ、学校には風邪って言ってあったんだった…。
それにしても、なんでわざわざ天堂が来てくれたんだろう?同じクラスなら健でも良かったはずなのに。
…まぁ、天堂は天使と呼ばれるほど性格も良い奴だし、誰でもこうやって看病をしに来てくれるんだろう。ということで納得することにした。
そんなことを考えてる間に、天堂の顔が近いことに気づいた。
すると、突然耳元でひそひそと話し始めた。
「それに、毎日屋根裏に来てって言ったでしょ?魔力の数値が少なくなってたけど…なにかあった?」
ドキッとする仕草に考えることを忘れそうになったが、聞きなれない言葉があった。
魔力…数値と言ってるあたり、多分あの手に浮かんだ字は俺の持ってる魔力の数値なんだろう…。
…って待て待て!それじゃあ俺は魔力を持ってるってことになるんじゃ…!?
「聖雅さん起きました?」
頭を巡らせていると、キッチンの方向から莉珠葉の声が聞こえる。
「あ、妹さん!さっき起きられましたよ!」
そう天堂が言うと、莉珠葉はホッとした表情をして近づいてきた。
「聖雅さん大丈夫ですか?その…足とか…」
「あぁ…心配かけてごめんな。もう大丈夫だよ。」
登校前に足が重くなった原因…
それらしいものはなんとかなったはなったけど、やっぱりわからないことだらけだし、一度天堂と話がしたい。
「莉珠葉、天堂と話があるから、部屋に行かせてもらってもいいか…?」
「別に、私の事なんて気にせずここで話してていいですよ?」
そう言うと、少し不思議そうに俺の方をジッと見てくる。
まずい。
ここで『どうしても』なんて単語を使うと、変な誤解を生みそうだし…。
「せっかくだし勉強を教えてあげようと思いまして。
授業の内容も、ノートだけだとあれかなとも思いますし、しっかり勉強して貰いたいって話をしてたんですよ。
私からもお願いできませんか…?長くはならないので…。」
と、まさかの天堂からのサポート。
天堂…そこまで看病で面倒を見るのだろうか…?天堂の優しさには脱帽するばかりだ。
「んー…。
…わかりました。でも、19時までですからね?」
そう言うと、何故か少しムッとしながら了承して、キッチンの方へ向かっていく。
莉珠葉の許可が下りた俺と天堂は、俺の部屋に移動することになった。
「ここが秋野くんの部屋かぁ〜…へぇ〜…」
そう言って、ジロジロと俺の部屋を見回す天堂。
天童が来るとわかっていれば、もっと綺麗にしてたんだけど、こうも普段通りの部屋を見られると恥ずかしいものがある。
「あ、ごめんね!ジロジロ見ちゃって!男の子の部屋に入るの初めてだったからつい…!」
「そうなのか…?今日みたいに、ノート届けに来るために、色んな人の部屋に行ってるのかと思ってた…」
「そうでもないよ、ノート届けるのだって、そんなにした事ないし…。」
おお…。
学校内で天使と呼ばれるほどの天堂に、ここまで特別なことをされると。
なんともこう…嬉しいのは嬉しいんだけど、同時に健の一件もあるので、明日からの学校が怖く感じてしまう。
でも、その怖さのおかげで、心臓のドキドキと理性を抑えられてるような気もする。
まぁそれはさておき。
天堂には悪いけど、俺には話したいことや聞きたいことが沢山ある。
「天堂、悪いんだけど勉強より先に話したいことが…」
「うん、私もそのつもりだから。何があったの…?」
俺の話を遮るように、天堂は俺の言いたいことの核心に触れた。
…そんなにわかりやすく出てたのだろうか…?
「そっか…色々あったんだね…。」
天堂は、俺の話を疑うことなく真剣に聞いてくれていた。
「で、秋野くんはその、蔦江さん?って人に会うつもりなの?」
「まぁ、そのつもりだけど…。
バクも協力してくれるって言うし、また家にこられたりしたらこっちも溜まったものじゃないしね。
出来るなら和解したいんだけど…。」
俺の意見に天堂は頬杖を着いて考える。
あの化けていた人(そもそも人なのかもわからない)に、どう立ち向かうのか、そもそも和解は出来るのか、球体のレンズを仕向けた人とは別人なのか。
色々考えることはあった。
数分した後、天堂はついていた頬杖から顔を上げて口を開いた。
「その蔦江さんと会う時って、私も行っちゃダメかな…?
秋野くんが危険な目に遭うかもしれないし。
そうなったら、少なくとも悪魔の私も力になれると思うから。」
「ああ、多分大丈夫だと思う。天堂が来てくれるならありがたいよ。」
天堂の性格から、こうなることは何となく予想できた。
俺なんかの事を心配して、わざわざ危険かもしれない所に出向いてくれる。
本当に性格が天使だなぁ…。
っと、感心してる場合じゃない。聞きたいことはまだあるんだった。
「天堂、もうひとつ聞きたいんだけど。
黒いこの位の球体で出来たレンズみたいなものって、見た事あるか?」
そう言って俺は、手で大体の大きさを表す。
「ん〜ごめんね。私にはわからない。…なにかあったの?」
「ああ。今日休んだ理由にもなるんだけど…。」
と、今日の朝のことを天堂に話すと、段々と天堂の顔色が真剣になって行くのを感じた。
「ごめんね、秋野くん。
私のせいで指輪を外すだけで不幸になっちゃうことに…。
あの時の私、バレたことに凄く焦ってて。バレたくないって思ってあんなことを…。」
そう言って深くお辞儀をする天堂。
「い、いいんだよ!元はと言えば、見つけちゃった俺が悪いし。
それにほら!まだわかってないけど、少なくとも俺の願いがなにか叶ってるかも知れないんだろ?
だったらお互い様だし、大丈夫。
それに、あれがあったおかげで、こうして天堂と話が出来てると思うと、俺は嬉しいよ。」
こう、正直なことを口にしてる間に、恥ずかしくなってきて、無意識に頭をかいてしまう。
「そ、そっか…うん……ありがとう。」
そういって俺に向かって微笑んでくれる天堂の顔は、少し赤いような気がしたが、多分気のせいなのだろう。
仕切り直すかのように、一つ呼吸をして、天堂は喋り出す。
「人の足をそこまで重くできるほどの力を持つとなると、今の悪魔の力では到底できるものじゃないと思うの。」
確かに、今の悪魔の力は絶滅寸前。ほぼ虫の息と言っていた。
そうなると、悪魔の可能性はないと言ってもいいか。
ってことは…。
「そうなると、消去法的にこんなこと出来るのは、恐らく天使のうちの誰かだと思う。
問題はカバンにつけられてたシールが何時付けられたのか。」
天使かぁ。
天使という言葉を聞くと、背筋がピンッと貼るのを感じる。
無意識に1度殺されたことを体が意識しているのだろう。
あの殺意のあるようにも思える足の激痛なら、疑うことなく天使だと俺も思う。
何時つけられたか。少なくとも今可能性が一番高いのは。
「やっぱり三鏡と会った時かな…。」
「うん、私もそうなんじゃないかと思う。シールが天使のもので、もしあの天使がまだ秋野くんを狙ってるとすれば、近いうちにまた会いに来るだろうね…。」
「あぁ、覚悟しておかないと。」
また身が引き締まる。
そうか…またあの天使が…。
殺されるかもしれないという恐怖はあるけど、あくまで狙いは指輪。
間違えて殺しただけとも言ってたし、大丈夫だと思いたい。
そんな風に天堂と話していると、もう時刻は18:50を過ぎていた。
「そろそろ帰らないとだね。ノートはまた明日返してくれればいいから…。」
そう言って、部屋から出ようとする天堂に、何を思ったのか。
「ちょ、ちょっと待って!」
俺の勇気が天堂の足を止めた。
「どうしたの?」
「あの…さ…。
今後、こういう事が起きてもすぐ連絡できるように…。」
「…!!うん!いいよ!」
俺の勇気が言葉を言い切る前に、あっさりと天堂からの返事が来た。
ってか、え?いいの?
「お、おう…じゃあ…。」
そう言って俺と天堂はスマホを取り出し、トークアプリを立ち上げる。
スっと入ってきた『てんし』と平仮名で書かれた可愛らしい名前が輝いて見える。
『てんしさんが新しく友達になりました。』
たった17文字に、ここまで心が踊ってしまうのは、俺がいかに単純な男であることか証明しているようだった。
でも、今日くらい素直に喜んだっていいだろう。
だって天堂だぜ?天使だぜ?悪魔だけど。
天堂は後ろを向いてしまったが、あの日の屋根裏のように、小さくガッツポーズしているのがうっすら見えた。
こうして、天堂と友達になれた俺は、帰る天堂を見送った。
天堂が帰ったあと、トークアプリに通知があるのに気づき、アプリを開いてみると。
『よろしくね!秋野くん!』
と、天堂からのメッセージが届いていた。
『こちらこそよろしく』と、簡単に返すのにも時間がかかったが、何とか送ることに成功した。
明日の学校は怖いが。
とりあえず今日はこの喜びと、莉珠葉の作った飯を噛み締めて寝ることにした。




