潰されし米々の消息[4コマ漫画つき]
姉弟シリーズ、第5弾です。
弟回。
内容のわりに、長くなりました(笑)
昨今、全より個を重視する傾向が、優勢な気がするのは思い過ごしか?
個のない全など、空集合にすぎないが。
全のない個もまた、烏合の衆。
かといって、個の統率がとれない全は、内乱の火種が芽吹くのを待つ苗床だ。
全と個。
個があってこそ全が意味をなすのだから、全は個のためにあり。
全を機能させるためには、個にはそれなりの制約や義務が生じる。
どちらを、より重視するかは難題だが。
どちらも、軽視しすべきではないというのが結論であろう。
では、こういうやりかたはいかがだろうか?
個をもりあわせ、たがいの輪郭をなくすほど叩き潰し、ひとつの集合体へと練りあげる。
つぶさに見れば、ひとつひとつにちがいのある個を。そこでは、たんに同一の種と扱うのだ。
問われるのは、種としての長短と特性。そして集合体をなすべき個々の、その種内における品質の優劣も。
それでもやはり、優れた個は、優れた全をつくるのに不可欠なものというわけか。
餅米がおいしいと、お餅もおいしいよね。
仕事で長期不在の両親をもつため、姉とふたり暮らしの時期が長い弟は。多忙な姉の手を、煩わせないためか。おやつくらい、自分で用意することも少なくなかった。
とはいえ、世の中便利なものである。湯沸かしポットと電子レンジ。贅沢をいえば、オーブン・トースターまであると。簡単な調理なら、じゅうぶんできてしまう。
一定のおいしさをクリアすれば。お手軽さも、味の出来と並び得る、重要なパラメーター。もちろん、手間をかけ、時間をついやし、愛情をこめた料理にはかなわなくとも。
お、焼けたようだぞ。
弟がオーブン・トースターをあけると。灼熱を帯びた耐熱皿には、ほんのり焦げ目でメイク・アップした、白き柔肌たちが。
焼かれるまえは、切り立った辺と角をもつ、ツンとしたお嬢さまだった。だが、いまや12辺も8角もすっかりまるくなり。ややふくよかに膨らんだ、その愛らしさといったら。もとが美人なうえに、年齢を経て、若いころよりさらに魅力を増した大人の女性のようだ。
とはいえ、弟はまだ幼い少年。オーブン・トースターで焼かれたお餅に、そこまでの感慨をもちはしない。いや、年齢の問題でもないか。
まぁとにかく、きょうのおやつはお餅だ。
家事だけでなく、勤めにまで出ている姉も、本日、仕事が休みで在宅のはず。彼女は料理の腕で稼いでいるだけあって、時間さえゆるすのなら。パイやシフォン・ケーキなど、手の込んだおやつをふるまってくれるのだけれど。
お手軽なおやつも、これはこれでいいものだ。
お醤油ときなこを、混ざらないようにそれぞれのぶんの小皿と。自分用の青いおはしもいっしょに用意して、ポットが沸かしたお湯で淹れた緑茶をならべる。
では、いただきます。
そんなにいくつも食べて、晩ごはんはきちんとたいらげるのだから、育ち盛りは恐ろしい。
「あら。あんたまたそんな重いもの、おやつに食べてんの?」
洗濯がひと段落した姉が、弟の食欲にあきれて感想を述べる。テーブルに彼女のぶんのお餅がないのは、弟の気がきかないわけではなく。この時間に、姉がここまでお腹にたまるものを、食べたがることがあまりないからである。その証拠に、湯呑みはふたつめがちゃんと用意されていた。
少しさめて、飲みやすくなった緑茶をつぎながら。椅子に腰かけた姉は、のびるお餅と格闘するかのように、勇ましくかぶりついている弟を眺めた。
「季節に関係なく、年がら年じゅう。お餅、食べるのね。
そんなに好きなの?」
収穫への感謝として、お餅をついてお供えする習慣や。年末年始の行事に、必須だからなのか。秋から冬にかけては、姉もけっこうな量のお餅を食べるのだが。
弟はといえば、真夏でもおかまいなしだ。
「だっておいしいんだよ。
姉ちゃんも食べればいいのに」
すると、めずらしいこともあるものだ。きょうは、小腹がすいていたのか?姉も、ひとつわけてもらうことにしたみたい。
小皿をもう一枚と、赤いおはしを出してきた姉は。食卓に据え置きの砂糖を小皿に盛ると、そこにお醤油を注ぐ。こちらも熱々からは、むしろ適温へとさまされたお餅を。やや甘めに調合された、姉好みの砂糖醤油で染めると。彼女もまた、のびるお餅との格闘に身を投じたのであった。
「あら、ほんとにおいしいじゃない。
これ、どこのメーカーのお餅?」
今回のお餅は、弟が選んで、宅配販売で取り寄せたものであった。人家もまばらなこのあたりでは、買い物に出るのにも、バスに乗らねばならない。宅配や通信販売は、たのもしい味方なのである。
「そりゃ、あたりまえさ。
だって、ここを見てよ」
弟のことばに、お餅が入っていた袋を見ると。パッケージには、ウサギのマークが印刷されていた。
「これは、ウサギのお餅だよ。
月でウサギがお餅つきしてつくった、本場ものなんだ」
はぁ?月にウサギ?
「あのねぇ。あんたそんな迷信、まにうけてんの?」
あきれたのをとおりこして、正気を疑うかのような姉の物言いに、弟も反論する。
「迷信じゃないってば。
ちゃんと写真や映像だってあるじゃんか」
おいおい、何を言い出すんだ?
「写真?映像ですって?
月にウサギが、杵をかついで跳ねてるのがうつってるわけ?」
「う〜ん。残念だけどウサギはいないんだ。
恥ずかしがり屋なんじゃないかな。
でも、お餅をつく臼なら。それこそ、幾つも発見されてるじゃないか」
えぇっと、それって?
「姉ちゃんは知らなかった?
月はお餅をつくための、無数の臼の巨大な集合体なんだよ」
彼はそう言いながら、一枚の写真を引っ張り出してきた。そこには、月の地表が写されていたが、もちろん一匹たりともウサギはいない。
「月じゅう一面に、これだけ臼があれば。そのうえ、ひとつひとつがでっかいんだもん。たくさんお餅がつけるんだろうな。
きっとウサギだって、いっぱいいなきゃ。杵をついたり、お餅をこねるのに獣手が足りなくなっちゃうよ」
そこまで聞いて、姉はようやく弟の言いぶんを理解した。
それにしても、形状はともかく、その巨大さと数量はどうだ。
たとえ、その存在が民族、あるいは国家単位だとしても。ウサギたちの手には、まるであまるのではないか。
写真に写された月の表面には、巨大かつ無数のクレーターが並んでいた。
今回も4コマ漫画のセルフ・リメイクです。
今回も悪ふざけで、膨らませてみました。
餠だけに。
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