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森で拾われて  作者: 睦月
3/5

3.

 目を覚ましたら、古めかしさを感じさせながらも、温かみのある木目が目に入った。


 寝ぼけ眼でぱちぱちと瞬きしてから、あれ? と首を傾げる。まだ夢の中にいるのだろうか。

 私が一人暮らしとして借りていた部屋はありきたりな真っ白な壁紙だから、これは見たことのない天井だ。と、そこまで思考を巡らせてから、がばりと身を起き上がらせた。直後、貧血でも起こしてしまったのか、くらりとした眩暈を覚えた私は額を片手で抑えた。


 その時もう片方の手を壁についたつもりだったのだけど、たまたま縁のようなものを掴んだことによって、窓があることに気が付いた。

 身をしっかりと起こして窓の外を覗いてみる。すると、何が育てられているのかは全くわからないけれど、おそらく人の手が入っているだろう低い木の柵に囲われた草が生い茂る畑と、その奥に続く森を見つけた私は驚きから目を見開いた。


 確か、そう。私は散歩に行こうとしたら見知らぬ森の中にいたのだ。夢ではなかったのか。という落胆と共に、誰かに見つけてもらえたのだ。という正解に辿り着いた。


 ぱっと自身の身体を見てみたところ、服装に変化は見られない。

 掛けられていた布団を捲ってみると、大袈裟なことに足首ら辺から先に掛けて丁寧に包帯が巻かれていた。たぶん、素足で歩いていたから怪我をしてしまったのだろう。手当てを施してくれるような人格者に拾ってもらえたことに、私はほっと安堵の息を吐き出した。


 一先ずの余裕を得られたから、私は周りを観察してみることにした。


 部屋の持ち主は読書家らしい。ワンルーム程度の広さの部屋の中でまず目に入ったのが、溢れんばかりの本棚と、その足元に積み重なった本達。よくよく見てみると紙の束のようなものが間に挟まれていたから、何かの資料なのかもしれない。と当たりをつける。

 残念ながら距離があって積まれている本がどんな本なのかはわからなかったけれど、本好きに悪い人はいないだろうと、私はまた一つ安堵した。


 次いで服を入れているのだろうと思われるタンス。こぢんまりとした机と椅子に、私が寝転んでいたベッドの隣にあるサイドチェストには、私が着ていたカーディガンが畳んで置かれていた。

 家具の類はそれくらいで、統一感のある雰囲気が安心感を私に与えていた。


 しかしそれも束の間の事。ぐるりと部屋を観察し終わってから思い出したのは、声が出ない。という事だった。

 喉に手を当てて、おそるおそる声を出してみようと試みる。


「……、……」


 当たっていて欲しくなかったというのに、変わらず声は出なかった。


 こればっかりは仕方がないというか、原因がわからない以上、医者でもない私にはどうすることもできない。家に帰れたら何としてでも休みをもぎ取って病院に行こう。と私は一人頷いた。流石の黒い企業でも声が出なくなったら仕事に支障が出るから、病院には行かせてくれるだろう。


 続いて私が考え始めたのは、とりあえずの身の振り方だった。このまま助けてくれた誰かを待つべきだろうか。それとも目を覚ましたと、おそらく廊下か部屋へと続いているのだろう扉の先へと誰かを探しに行くべきなのだろうか。

 でもやっぱり他人の家の中を好き勝手歩き回るのは気が引けたし、すれ違いになってしまったら目も当てられない。


 ベッドの上に座り込んでいる状態は流石に不格好だろうと、ベッドの縁に腰掛け直してから私が悩んでいれば、とんとんとん、と軽やかな音が扉の奥から聞こえてきた。人の足音にしては小さい。


 間もなくして扉が開けられ、部屋へと入ろうとしていた人物は、こちらを見るなり動きを止め、同じく誰が入ってくるのだろうかと扉の方を見ていた私もピタリと固まっていた。

 前者はおそらく、私が目を覚ましているとは思っていなかったのだろう。私の方はというと、まるでお伽噺の中に出てくる魔女のような真っ黒なローブを身に纏い、そのフードを頭にかぶった人。という存在に驚いていた。


 コップも手にしていることから想像するに水差し、と思わしきものの二つを手に持っているその人物は、ローブの所為で顔は見えなかったが、靴の上からでも女性と比べてしっかりとして見える足元から男性である事が伺えたのだけれど、予想にもしていなかった存在に私は目を丸くしてしまっていた。


 気まずげな時が流れる。


 そうやって双方動きを止めていれば、びくりと男性が肩を跳ねさせた。何があったのかと見てみれば、あ、と。声が出ていたならば私はそんな声を漏らしていただろう。


 先程の軽い足音の正体は、森で出会った狼だった。うっかり存在を忘れてしまっていたのだけれど、狼も保護(?)されていたらしい。男の慣れていなさそうな反応から察するに、飼われていたわけではなさそうだった。


 待ちきれないとばかりに男の足の間をすり抜けるようにして、狼がこちらへと駆け寄ってきた。

 野生の筈が、随分とお行儀が良いらしい。こんなに懐かれている理由もわからないのだけど、座っている私の前──男性と私を遮るように身を横たえた狼は私と男性を交互に見た。

 その視線につられるようにして、再びばっちりと男性と目が合った、ような気がした。と表現したのは、フードで男の表情が伺えなかったからだ。


「……」

「……」


 少しして、男性がマグカップと水差しをそれぞれの手に持ち、少し間を離してからゆっくりと手を上げた。おそらく、敵意はない。という事を示しているのだと思うのだけど、声が出ない中でどう反応をして良いのかわからず私が戸惑っていれば、狼の存在を伺うようにして、ゆっくりと近づいてきた。


 まずサイドチェストのカーディガンを横にずらして水差しとコップを置き、狼に見守られながら椅子を運んできた彼は、私との間に狼を挟んで腰を下ろした。

 ゆっくりと行われた一連の動作を、喋れないとだけあって黙って見ていれば、うっかり忘れていたとでもいうように、彼がフードを下した。どうやらずっと被っているわけではなかったらしい。


 不審者感が強かったフードの下から現れたのは、偶然か何か、間にいる狼と同じ灰色の色彩を持った、しかし狼とは違って草臥れた雰囲気を纏った人だった。


 年は二十代後半くらいだろうか。ほんの少し、微々たるものだが和の雰囲気も持ち合わせた、でも明らかに西洋寄りな顔立ち。きっと、シャキッとしたら何も問題ないのだろうが、私と同じく、目の下に薄っすらとある隈が幸薄さを醸し出して、頼りなさそうというか、雰囲気を残念なものにしていた。

 ローブの首元に白いシャツが見える事から、私と同じ社畜なのだろうか。それにしては、随分と時代錯誤な恰好なように思える。なんてことを、嫌な予感を一生懸命頭の片隅へと押し込みながら私は考えていた。


 一方彼は、えーっと、とでも言うようにぽりぽりと頬を掻いてから、口を開いた。

 男の第一声。たぶん「大丈夫?」とかそんなことを尋ねてくるのだろう。そんな私の予想は、一瞬にして裏切られてしまうことになる。


「■*%▽●?」


 ああ、神様。

 早速嫌な予感が的中してしまったことに、私は天を仰ぎたくなった。都合の良い時だけ神頼みしてしまうのは民族性だろう。


「……■*%▽●?」


 私がいつまで経っても返事を返さないからだろう。どこか困ったように眉を下げた彼の口からもう一度繰り返された、どこの国かすら推測できない、聞いた事もないような言葉に私は悟りを開いた。


 拝啓、天国のおばあちゃん。

 どうやら私は、海外かもどうかも怪しいところに迷い込んでしまったようです。







タイトル回収お待たせしました。

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