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森で拾われて  作者: 睦月
1/5

1.

気長にお付き合いいただける嬉しいです。

「田舎に帰りたいなぁ……」


 上京して一年。目まぐるしい日々にやっと。という思いと、もう一年経ったのか。という考え深さを私は覚えた。


「緑が恋しい」


 一人暮らしをしているアパートの窓から外を眺めても、時折ちかちかと点滅する電灯が目に入るだけで、街中を歩いても僅かな緑しか見ることができず、転勤族の両親に預けられて母方の実家である祖母の家に身を寄せていたとだけあって、田舎の大自然に包まれて育った私にとって都会は息苦しさを感じていた。


 元々独り立ちできる年齢になれば一人社会に出る予定だったけれども。小娘一人に田舎の畑や家の管理は難しかった為に、祖母が亡くなってしまってから、故郷と呼べる実家もなくなってしまっている。


「ゆっくり過ごせる時間もほしい」


 口を開けば恨みつらみが出ていしまうくらいに多忙を極めた日々だった。

 読書に料理、あてもない散歩。数多くあった筈の趣味の殆どが手間と時間を必要としていたために、足が遠のいてしまっていた。


 つんでしまった本の数は数知れず。時間が取れず読むことが出来ない申し訳なさから新しい本すら買わないようになってしまい、数少ない生き残った趣味は寝る前のネットサーフィンと、眠る事だというのだから泣いても良い話だと私は思った。


 そうして貯金が貯まっていく一方で、実用的、というにはアレかもしれないけれど、唯一新しく増えていった物が安眠グッズだった。


 ふわふわのベッドに、丁度良い硬さの枕。今着ているゆったりとしたワンピース型の寝間着も、肌触りの良さと淡い水色という優し気な色合いに引かれて衝動買いしたものだった。

 二十代半ばに到達してしまった私が着るのはアレだったかもしれないけれど、胸元で切り替えが入ったシンプルなデザインも気に入っていたから、別に家の中ならば誰かに見られることもないのだしと気にしていない。というか、外に私服で出掛ける事がめっきり減ってしまったせいで部屋着くらいしか買えるものがなかったのだ。


 元々ナチュラルメイクを好んではいたけれど、近頃は不健康になってしまった顔色を誤魔化すばかりで、肌質だって相当悪いものになっているだろうことを考えると、私は憂鬱になった。


「はぁ、」


 溜息を吐き出したと同時に、ふわり、窓から吹き込んだ風が無駄に長く伸ばしている私の髪を揺らした。


 さらさらと肩甲骨の下まで伸びている癖のない髪は、幼い頃から褒められていた私の数少ない取り柄の一つだった。真莉ちゃんの髪は綺麗だね。と言ってくれた今は亡き祖母が、にこにことしながら編み込みをしてくれたのが良い思い出として残っていたから、これだけはとどうにか手入れして髪質を保っているものだった。


 こうやって外を眺めている暇があれば趣味に当てれば良いのに。と思われるかもしれないが、本を読み始めてしまうと途中で止められなくなってしまうし、料理は料理で作って食べて片付けるとなると思っているより時間が掛かってしまうものなのだ。


 かと言って散歩に出掛けるにしては時間が遅い。いや、案外良いのでは? と、この時何故かわからないが、例えどれだけ少ない時間であったとしても夜遅くに一人散歩に出かけようだなんて、寝不足が祟っていたせいか普段の私ならあり得ないような思考回路になっていた。


 ここ一月の間目の下のクマを隠すメイクが必須だった程の有様だったから、たぶん、度重なる疲労で疲れ切っていたのだと思う。


 どうせ眠気はないのだ。

 少し歩けば眠気もやってくるだろうと、善は急げと不用心なことに薄手のカーディガンだけを羽織った私は、部屋を借りているマンションの敷地内をぐるりと歩いて戻ってこようと考えた。


 そうして玄関の扉から一歩足を踏み出し──気が付けば、どこかもわからぬ森の中にいた。







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