Case 06-12「奇襲2」
空母部隊による米本土奇襲、弾道弾による米日本土に対する無差別攻撃によって開幕したとされる第三次世界大戦だが、戦場は欧州を中心に世界中にあった。
それまで同様泥の海での不健康な戦闘が続くロシア(ヴォルガ)戦線、ルフトヴァッフェが総力を挙げて襲いかかった第二次バトル・オブ・ブリテン、日本軍が主に駐留していた中東地域に対するドイツ装甲部隊による電撃戦。
そして全世界の海洋を戦場とした灰色の狼たちによる無制限通商破壊。
全てがそれまでの戦争のスケールを上回っており、ドイツ率いる同盟軍が投入した戦力は未曾有のもとなった。
もちろん、異論もあるだろう。
特に陸軍は中東に1個装甲軍が送り込まれているに過ぎないからだ。
だが、活動が活発化しているロシア戦線には、前年までの80万人だった駐留部隊が1.5倍の120万人にまで拡大され、さらには英本土での制空権獲得と共に英本土侵攻を行おうと、100万もの地上兵力がフランスからドイツ北東部海岸で待機している事を考えると、ドイツ陸軍もほぼ総動員状態でこの戦争に挑んでいる事を見て取ることができる。
また、Uボートと空母部隊以外いるのかいないのか分からないとされた同盟国海軍も、イタリア海軍の主力とマダガスカルに本拠を置くドイツインド戦隊は、中東作戦の支援のため、通商破壊戦が主任務ながら活発な活動を開始しており、欧州正面では陸軍と同じく英本土侵攻のために、戦艦部隊を中心にした主力が待機している事を思えば、いっぱいいっぱいの開戦と見るのが妥当だろう。
もちろん空軍も例外ではなく、第二次大戦から約五年の間に1個航空艦隊に匹敵する数を海軍に割かれて戦力が低下しているにも関わらず、3個航空艦隊が投入された英本土、1個航空艦隊が頑張るロシア戦線、開戦前の増設により2個航空艦隊に増強された中東戦線、そしてそれぞれの支援にフランス、イタリア空軍がほぼ全力で参加しているので、ドイツや欧州各国の本土防空は、地上部隊(高射砲部隊)に委ねられていると言う状態なのだから、開戦時で既に危険なレベルに達していると見るのが、軍事関係者にとっては一般常識以前の問題とされていた程だ。
ではここで、一旦戦場から目を離し、ドイツ軍及び欧州軍の全般的状況を少し見てから次へと進もう。
ドイツ軍は、陸軍が事実上国防軍と武装親衛隊に別れ、これが全兵員の六割を占めており、これに空軍と海軍が加わるのだが、空軍は空軍大臣にして国家元帥というナンバー2を頂点に戴く独裁組織のため純然たる地上部隊である装甲師団まで保有する特殊な状態だった。
また海軍は、三軍の中で最も割を食った組織で、第二次大戦後にようやく潤沢な予算を与えられて増勢に務めていたが、それでも最も小さな組織規模しかなかった。
これにドイツの特徴である親衛隊が加わり、親衛隊は武装親衛隊の地上部隊だけでなく、総統直属で弾道弾を運用する部隊も含まれており、ドイツ第三帝国という国家の特殊性を見せている。
そして、十数年前の再軍備から急速に肥大化したドイツ軍は、その内部に大きな矛盾を抱えつつも、世界最強の軍隊という評価を得て、この開戦に至っていた。
以下が開戦時の戦力概要だ。
・陸軍
総兵力数:260万人
重装甲師団 :2(GD師団)
装甲師団 :18(5)
装甲擲弾兵師団:10(2)
歩兵師団 :76(32)
※( )内は準動員師団もしくは動員中師団
・空軍
第1航空艦隊(本土)(約480機)
第2航空艦隊(中東)(約520機)
第3航空艦隊(西欧)(約460機)
第4航空艦隊(約420機)
第5航空艦隊(北欧)(約320機)
第6航空艦隊(西欧)(約650機)
※( )内は第一線機の数で予備機は含まないし、補助的な任務の機体を含む総数ではない。
これらを含むと総数は40%近く増大する。
高射砲師団:6
装甲師団 :2(HG師団)
空挺師団 :6
地上兵力合計:約20万人
・武装親衛隊
地上兵力合計:約15万人
装甲師団 :4(編成は国防軍を上回る)
装甲擲弾兵師団:2(編成は国防軍を上回る)
※弾道弾運用部隊など総統直轄部隊多数存在
・海軍
「X級」戦艦:(3隻建造中)
「H級」戦艦:3隻(+1隻建造中)
「ビスマルク級」戦艦:2隻
巡洋戦艦 :5隻(実質的には高速戦艦)
正規空母 :4隻(+2隻建造中)
軽空母 :2隻
航空巡洋艦:2隻
装甲艦 :5隻(※重巡洋艦扱い)
重巡洋艦 :3隻
軽巡洋艦 :11隻
大型駆逐艦:19隻
小型駆逐艦:26隻
潜水艦
各種合計256隻
(うち弾道弾搭載潜水艦18隻含む)
母艦航空隊:約400機
(※日米英と違い、基地に属する機体は全く含まない)
戦後の資料から、開戦時の戦力概要を挙げてみたが、こうして眺めてみると非常に巨大な軍事力であることが分かるだろう。
しかもこれに、イタリア、フランスという列強に属する国家の軍事力が加わるのだから、軍事力の巨大さという点において異論を挟む方が難しいぐらいだ。
もちろん第一次世界大戦での軍縮の頸城からのがれてから20年にも満たない時間で作り上げられた軍事力であるだけに、組織的な無駄や戦備的不備も多々見受けられるが、数年前に全欧州を席巻したのも頷かざるをえまい。
ただし、この巨大な軍団にあえて異論を挟むのなら、陸軍はロシア、空軍はイギリス、海軍はアメリカ、日本にその努力の主たる部分を傾けており、戦力の集中という点での力点が欠けており、しかも第二次世界大戦での人的資源の消耗から回復しているとは言えず、これも長期間の総力戦になった場合非常に大きな影響を与えるファクターであり、戦争開始当初の勢いが失われたらどうなるかは、開戦前からドイツ側でも懸念されており、その問題が露呈するまでに戦争を何とか終わらせることにドイツ全軍は傾き、これがその後の激しい戦いを呼び込んだとも言える。
しかし、そうだからこその、全面展開的な軍事力展開による短期決戦を目指さなくてはならなかったとも言えるだろう。
そして、この巨大な戦力には、この巨大な戦力が相手にしなければならない程の相手が存在しており、当然黙って殴られているばかりではなかった。
世界最大の工業力と経済力を持つアメリカ合衆国、ほんの一〇年ほど前まで世界をその手にしていた大英帝国、急速に国力を増大させている大日本帝国、それら全てがドイツの敵であり、これらは単独で対戦したとしても一筋縄でいく相手ではなく、そしてこれにねばり強く戦い続けているロシア人の国家の残骸を合わせた存在が『連合軍』であり、この度のドイツの敵だった。
これらの国々の国力を合計すれば、全同盟国軍の軍事力が有機的に運用できたとしても、二倍以上に達すると見られていた。
そして、ドイツ単独ならともかく、ドイツがあえて押さえ付けているドイツ以外の欧州地域の国力、軍事力が総力戦に対応できるかと言えば、極めて難しいだろうというのが偽らざる回答だった。
それがドイツを中心とした全体主義の結果であり、だからこそ欧州でドイツは絶対的な力を持つに至っていたのだ。
そして中でも問題だったのが、新たな敵であるアメリカと日本の存在だった。
この両国は、欧州から遠く離れており、特に日本などベルリンから1万キロ以上彼方にあることを思えば、陸軍による全面侵攻などサイエンス・フィクション以上の出来事であり、これは巨大過ぎる国力を持ったアメリカにおいてもそれ程違いはなかった。
ドイツには、人口一億人以上の抱える文明国への渡洋侵攻をする国力も軍事力も存在しないからだ。
しかもドイツにとって困った事に、この二つの国家は海洋帝国としての性格を強く持つため、海軍と空軍戦力を殊の外重視しており、空軍戦力だけでも単独でもドイツと同等かそれ以上の正面戦力を持ち、海軍に至っては正面から殴り合えば到底太刀打ちできないだけの戦力と下積みを持っていた。
そして、この日米側から戦争プランを彼らの立場から考えれば、ジョンブルとイワンを盾として、自らの剣と槍である海軍と空軍を用いて欧州全土を叩けばよく、欧州の抵抗力が弱ったところで、自らの本土で組み上げた戦時編制の巨大な陸軍をジョンブルとイワンを先鋒として叩きつけて全てを決すればよく、反対にドイツはそのような贅沢な戦争計画など持ちたくても持てるものではなかった。
だからこそ、開戦壁頭で米日双方に戦争とは如何なるものかを教育すべく、あえて本土攻撃が選択されたという経緯がある、とされている。
米日に対する本土攻撃は、米日国民に戦争の恐ろしさを植え付け厭戦気分を作り上げるどころか、その全く逆の反応を呼び起こしてしまい、米日が表面的に理解したのが、開戦壁頭に核攻撃をしなかった事は、ドイツが無制限戦争に最低限のルールを当てはめたと言うメッセージだった事だけで、アメリカという巨人と日本という巨竜がむっくりと目を覚ましたというのが、その真相だろう。
これをドイツ総統が好むというオカルトや神話になぞらえば、暗黒の世界に住む小人にだまされ何故かその従僕となっている勇者は、姫君を守るべく自ら小人が生み出したのろいの指輪をはめると共に、世界の終末、『ラグナロック』が起きたときに吹き鳴らされるヘイムダルの笛すら吹き鳴らしたと表現すべきだろうか。
なお、ドイツの引き起こした第三次世界大戦を、北欧神話の最終戦争である『ラグナロック』や、それをモチーフにしたワーグナーの歌劇『ニーベルンゲンの指輪』になぞらえる文献は、ドイツ国内はもちろん海外においても非常に多く、あえてここでもそう表現させていただいた。
ちなみに、こうした揶揄的な場合に用いられる配役だが、ドイツが勇者で、その勇者が守るべき姫君が欧州世界そのもので、アメリカが神々もしくは反対に神々を滅ぼした巨人族であり、日本が世界を飲み込んだ巨竜(大蛇)もしくは勇者を一番苦しめる邪竜で、勇者の声に遂に応えず勇者と敵対を続けた光の一族(かつての神々)が英国で、フランス、イタリア、ロシアが神々やその従属種族や魔物の配役があてがわれる事が多い。
また、本大戦が神話など寓話的なものになぞらえられる事が多い理由の一つに、世界の覇権を賭けた二大勢力による世界規模での戦いだったという事象が心理面で影響していると言われる。
キリスト教世界でなら世界の覇権を掴むことの出来るという、主の末期の血を受けたとされる「聖杯」の争奪戦であり、独特の神話体系を持つ日本ならカイザーの権威の象徴である三種の神器を巡る争いと言うことになるだろう。
そしてその世界支配の象徴をそれまで保持し、力がなくなったため手放したのがイギリスであり、その前の戦いで妥協した米日とドイツによる最終対決が本大戦というワケだ。
だがここで黙示録をモチーフにしたりしない点も、この戦争のなんたるかをよく物語っているとも言え、だからこそ勇者の戦いの記録に揶揄されるのであり、世界中の様々な神話に共通している事象が、勇者は大きな試練に立たされ、一度はそれにうち勝つも、最終的には身を滅ぼすという事だ。
勇者とは、まさに勇者のごとく倒れるからこそ勇者なのであり、それこそが神話世界での運命なのだ。




