Case 04-00「主の帰還」
「で、被害の程度はどのぐらいだね」
新大陸の王者は告げた。
「ハイ、端的に申し上げて深刻です」
王の臣下というより、企業秘書といった肩書きの方が似合いそうな立ち振る舞いの側近が答えた。
「どの程度深刻なのかね?」
王者は言葉とは裏腹に、それ程事態を深刻に受け止めていないようだ。
もっとも、それについては王者の側近達も同様で、何か重大な事態が発生した、と言うよりは新たな未来が開けたような明るさがあった。
だが、側近の報告内容そのものは、深刻そのものだった。
「ハイ、東海岸各地が受けた被害は、物理的には大したことはありません。ですが、心理的には大きなダメージとなるでしょう。
何しろステイツの本土が「Civil War」以後初めて外国から攻撃を受けたのであり、しかもその場所はステイツの心臓部と呼ぶべき東海岸北部で、市民たちが受けた心理的衝撃の大きさは目を覆わんばかりです」
「それだけではありません」海軍提督の軍服を着こなした男が、なぜか自信ありげに続けた。
「ドイツ軍の攻撃の主力は、海軍最大の根拠地ノーフォークに集中されており、他にもフィラデルフィア、ニューポートニューズなど軍用艦艇を建造する地域が集中的に狙われています。
これは明らかに、我が国の洋上戦力の活動低下を狙ったものであり、実際数ヶ月間我が海軍が大西洋で大規模に活動する事は、極めて難しいと言わざるを得ません」
「敵の・・・その新兵器による攻撃を防げなかったのかね?」
先ほどと違い少し不快そうに告げた。
もっとも、手もなく攻撃を受けた軍の無能をなじる、という風ではなく自国の科学力が相手より劣っていると感じるところからくる不快感と見て取れた。
それを察した提督が続けた。
「ミスター・プレジデント。音速の3倍の速度で発射された物体を撃墜することは、今世界のどの国も保有しません。もちろん、発射したドイツにおいてもこれは同様の筈です。彼らも矛は持っていますが盾は持っていないのです。
ですが、朗報もあります。我が海軍の駆逐艦部隊が、発射直前の「敵」潜水艦の拿捕に成功しており、今現在チャールストン鎮守府に向けて回航中です。これを研究すれば、我が国がこれを作り上げることも、対抗策を考えることも可能でしょう」
そう、このカードを持っていたからこそ、提督の態度は余裕に満ちていたのだ。
ミスター・プレジデントと呼ばれる王者は、それに対して急ぎ行動を起こすよう発言し、それに対する支援を約束した後、自国の被害については書類でまとめての報告を待つと伝え、次の議題へと移った。
「諸君、ステイツは言われ無き攻撃を受けた。これに対しては断固たる態度で臨まなくてはならないが、確か我が国と同様の事態に見舞われてた場所が東洋の果てにあると側聞したが、そちらはどうなのかね?」
いささか芝居がかった調子で続け、これに対しては先ほどの提督と国務大臣が答えた。
提督は軍事の事を述べ、国務大臣がその地での反応について補足した。
要約すれば、中東で地上戦が始まり、インド南端にぶら下がる場所に位置するセイロン島の軍事基地が東海岸同様の攻撃を受け、港湾施設に被害が及び、彼らのキャピタルポリス周辺にも数発のロケット兵器が落下し、すでに彼の地の軍の一部は行動を開始しており、一両日中にも劇的な政治的変化が訪れるだろうと言うものだった。
これを聞いた王者は満足そうに頷くと、全員を見回して続けた。
「では、サムライ達との緊急の会談が必要になるな。何しろこれからは「戦友」として共に歩まなくてはならないのだから。しかし、『昨日の敵は今日の友』とはよく言ったものだ。総統閣下には感謝せねばならないかもな。
・・・そうそう、敵と言えば旧大陸の宰相閣下にも緊急に連絡を取ってくれたまえ。シベリアの奥地で逼塞する男にもだ。どこか適当な場所で諸国間会議も開かねばな。さあ、諸君忙しくなるぞ」
その言葉を受けて、俄然側近達の動きもあわただしくなったが、王者は何かを思いだしたように、言葉を続けた。
「そうだ諸君、これからしばらくは軍主導のものとなるだろう。そうなると、これからの戦いに対して何か納税者に対するメッセージになるような作戦名が欲しいと思うのだが、何かよいものはないか。何、今すぐでなくてよい。今夕の演説までに間に合えばそれでけっこうだ」
大半のものが、景気づけの一言ということで、この言葉を聞き流し部屋を出ようとしたが、その言葉を待っていたと言わんばかりのように、一人の男がそれに対して勢いよく答えた
「ミスター・プレジデント、『Over Load』は如何でしょうか?」
「『上帝』と『逆流』を掛けたのかね?・・悪くはないが、もう少し分かりやすい方が良くないかね?」
王者は妙なこだわりを見せた。そして一瞬した後一言続けた。
「『Return of the Lord』。これでどうかね。世界の秩序を取り戻し、自由世界を広げるための言葉としては良いとおもうのだが」
『主の帰還』。いかにも開拓者の国アメリカ的なストレートな言葉ではあったが、異論を挟む者は特になく、この時ドイツ率いる欧州帝国と米日を中心とした海洋国家連合の未曾有の大戦争は始まりを告げる。
時に1949年5月15日の事だった。
Case 04-01「アメリカ略史1」 ▼




