敗北
「敗北とは勝利である」
この男はそう言った。
何を言っているのか分からなかった。励ましてくれているのかと思った。いい人なのかと思った。
しかし,今では理解できる。
この言葉は最低最悪で,この男は至上最高の悪人なのだ。
「よし!もう少しでこのダンジョンはクリアだ!」
先頭の勇者は,剣を高く上げ,仲間の士気を高める。
「やっと...ここまで来たのですね...」
仲間の女騎士は今までの苦労を思い出し,目に涙を浮かべる。
魔法使いとドワーフもうなずいては互いに微笑みあう。
そして,彼らはダンジョンの最奥へと向かう。そこで待ち受ける“ラスボス”との対決である。
その“ラスボス”の名前はクロロコ・ロコモ。いわゆる魔王である。
魔王と勇者の対面の瞬間。そして魔王は叫ぶ。
「ハッハッハ!よくここまでたどり着いたなぁ勇者ども!ここから生きては返さんぞ!」
......誰も返事をしない。
(あれ?へんじがない。ただのしかばねのようだ。いや,そんなわけがない。さっき威勢のいい声が聞こえたんだが...)
(もしかして勇者って冷たいの?仲間への情には厚いくせに俺に対しては無視とかする感じなの?)
魔王ロコモは首をかしげる。
そのとき,隣の部屋から声が聞こえる。
「あれ,魔王がいないぞ?どこだ?」
勇者たちの困惑する声だ。
(……あ,座る部屋間違えたわ。隣だったわ。)
ロコモはしばらく椅子から立ち上がれなかった。
(なんかこう…恥ずかしさがふつふつと湧いてくる感じがする。自分もう帰っていいっすか?)
仕方なく立ち上がり,隣の部屋に向かう。部屋間違えた感を出さないようにできるだけ尊大な態度をとりながら勇者達のいる部屋を覗く。するとそこには勇者たちが大量の魔法陣や罠を設置していた。
(暇なら談笑とかしとけよ!徹底的に勝とうとしてくるじゃん…ていうか部屋に仕込みするのどっちかというと悪役のイメージあるけど)
ロコモは苦笑もしつつ,部屋のドアから遠ざかろうとする。
「お前が魔王か!隠れていたのか,卑怯な奴め!」
勇者にあえなく見つかってしまった。
「ふーん,やるではないか!私が魔王だ!さっさとかかって来い!ここまで来るのが遅えんだよ!」
ロコモは焦りながら,崩壊しかける威厳をなんとか抑え,必死に叫んだ。
(やべぇ…すげぇ負けそう。こうなったらもうあの手しかないか…)
ロコモは究極まで思考をめぐらす。相手の動き,攻撃のパターン,仕掛けられたトラップを完璧に考え尽くす。そして最適解を導き出す。これがクロロコ・ロコモの戦い方である。
「おら!よそ見してるんじゃねえぞ!」
勇者が剣をふるいながら,突進して来る。
その剣劇を避け,隙を見て勇者の腹を思いっきり蹴っ飛ばす。すると勇者は吹き飛ばされ,壁に激突した。しかし,魔法使いの炎の攻撃を正面から被弾してしまう。
ロコモはそれをものともせず,魔法攻撃をくらいながらも,魔法使いの方に突進し,首元をつかもうとする。
「させるかー!」
ドワーフはロコモの正面に立ち,斧を振りかざす。しかし,ロコモはそれを全く回避せず,斧の直撃し,体が真っ二つになる。
「ふーん!それは分身だ」
二つに割れた体は見る見るうちに砂のよう溶け,消えてしまった。
本体は魔法使いの首根っこをすでにつかんでいた。首を絞めて気絶させようとした次の瞬間,女騎士がロコモの首元を剣で一撃で刺した。
「グハアアアーオレノマケダー」
ロコモは久しぶりの敗北ボイスを口にした。
「やったー勝ったぞ!ダンジョンクリアだー!」
勇者一同は歓声を上げ,肩を組みあって,帰っていった。
「ふう…一か月ぶりの敗北かな」
ロコモの体はいつのまにか元に戻っていた。
「相変わらず変な商売しますよね,これいつか訴えられませんかね?」
彼女はエルエ,このダンジョンの秘書であり,ロコモの最もの側近である。
「いや純粋な等価交換だよ。彼らは“冒険をしている”という感覚を得て,我々はお金を得る。まあ今回は負けてしまったからお金は手に入らないけどね。無賃金で成功体験を与えるなんてどれほど素晴らしい仕事なのだろうか」
ロコモは意気揚々と自己弁護を図る。
このダンジョンはダンジョンっぽいだけで実際に魔王軍が潜伏している場所ではない。エセダンジョンである。
そしてこの男,クロロコ・ロコモは魔王っぽいだけで魔王ではない。エセ魔王である。
彼らは魔王軍のふりをして冒険者をおびきよせ,その冒険者を倒すことで持っている装備や所持金を奪うことで収入を得ているのだ。
しかし,たまに冒険者に“敗北”する。でもそれは冒険者に成功体験を与えることと同等だ。彼らがそのダンジョンでの成功体験を他の冒険者に語れば,その冒険者がやってくる。いいカモが釣れるのだ。
「たまに負けることが大切なんだよ」
そしてエセ魔王,クロロコ・ロコモはこう言うのだ。
「敗北とは勝利である」