reach the stars
目の前には、周りの水蒸気が水に変わっているんじゃないかと錯覚するぐらいに顔を好調させ、汗をかき、興奮している人々がいた。
彼らに応じるように俺はエレキギターでメロディを弾き始めた。後ろから背中を押すようにドラムがリズムを刻み、そのリズムに合わせて拍動が早くなっていく。隣を見ると、同じようにこちらを見ていて、ニヤッと笑うベーシストがいた。
音が重なり、曲となってホール中を震わせる。
今日はやけに良いじゃねぇか。
いつも以上に心が踊っていた。
さぁ、決めてやるさ。オレの魂のBLUESを!
「じゃあ、この問題は...永野」
その言葉が僕を現実に引き戻した。口を開いたら歌を歌いそうになっているのをグッと堪えて、手元のドリルに目を落とす。
「えっと...分かりません」
「分からないわけないだろー。いまさっき説明したばかりだそー?」
その説明聞いてなかったんだってば。いや、聞こうとしてなかったんだってば。僕の意識は想像の海へ潜ってたんだから。
「全く。じゃあ、前の杉下答えて。この問題の答えを永野に教えてやれ」
うわ。今、絶対スギ笑ってたろ。今も肩がピクピク痙攣してんだよ。
「ほら、永野分かったか?」
いや何がだ。何がだよ。聞いてなかったわ。スギの肩が震えてるのに意識いってたわ。
「...はい」
「よし。じゃあ次の問題解いてみろ」
...ふざけんなよクソが。分かるわけないって。
問題を考えながら、僕は天を仰いだ。
「お前、さっきの授業また意識飛んでたろ?w」
「箸を向けるなよ。というかさ、いや、寝てたわけじゃねぇって。ちょっと考えごとしてただけだから」
「知ってるって。その話何回も聞いたわ。で、何?今日は何考えてたの?」
「るせぇ!人の思考に踏み込む権限、お前にはないから!」
お昼の放送と称して、放送部が最近の有名アーティストの曲が流れる中、俺とスギはご飯を食べていた。
勘違いしないで欲しいが、俺は授業で寝たことは無い。いつも想像、考えごとをしているだけだ。
僕は中途半端に16年間生きてきた。色んな習い事をやった。習字、塾、ピアノ、サッカー、水泳、テニス、中学のころは部活動でバスケもやった。
けど、どれも長続きしなかった。ただただ面倒になる。
思うに、世界中の人間を足してその数だけで割れば俺ができるんじゃないかと思うくらいに俺は平凡だ。流石にそれは言い過ぎかもしれんが、中途半端な習い事のせいで運動はできない、勉強も普通。良い意味でも悪い意味でも目立つことがない。
「教えるくらい良いじゃんか。教えて減るもんじゃねぇだろ?それともなんだ。教えられねぇような想像ででもしてたのか?」
「あぁ、少なくとも僕の中では教えたくないね」
「...まぁ、なんでもいいけどよ、ちゃんと現実見てねぇとそのうち痛い目見るぜ?」
なんでもいいなら聞くなよ。なんて突っ込んでたらキリがない。
「現実に見る価値を感じない。想像の世界は良いもんだよ。全てが自分の思い通りに行く。想像の世界では僕はヒーローにだってなれる。空も飛べる。可愛い彼女もいる。なんだってできる」
目をキラつかせる僕を横目にスギはお弁当を頬ばっていた。
「おい!それ僕のウィンナーだろ?!」
「全部思い通りに行く。それが現実だったらつまらん世界なんだろうな」
空が赤色から紫色に染まり、道行く人が空を見上げる中、横を歩くスギが突然呟いた。
「突然なんだよ」
「昼間、お前言ったろ?想像の世界はなんだってできる!って」
「声まで真似ようとするな。...確かに言ったが。別に良いじゃんか。自分の頭ん中で考えることくらい自由だろ」
「そりゃそうだけどよ。けど、想像するってことは少なくともナガはその世界に憧れてるんだろ?」
不思議なことを聞くものだ。でも、よくよく考えれば、憧れているのだろう。
「...かもな。そんなこと聞くって事はスギは思わないのか?」
「どうだろうな。確かに、こうなりゃいいのにって思うことは山ほどある。けどよ、失敗ってのも人生には必要なんじゃねぇか?失恋、浪人、ニートとか」
「...それ無い方がいいんじゃね?」
その言葉に思わずスギは考え込んだように見えた。
「まぁ...そうかもしれねぇけど。でもよく言うじゃん。失敗からしか学べないものがあるって」
「失敗ばっかしてる人からすると、これ以上失敗なんか経験したくないんだ。うんざりなんだ。
星のように輝く人をいつも暗い地面から眺めてる。自分もあんな風になりたいって思って、手を伸ばすよ。伸ばすけど、星に手は届かないんだ。そして改めて気づくんだ。自分はなんも出来ないんだなって。手を伸ばしても届かない。それが現実だよ」
スギは僕を見つめていた。でも、その目はどこか俺を見ていなかった。後ろのもう青くなった空をを見ているような、そんな目だった。
「...ナガ。良いことを教えよう。今、ナガは何を見ている?」
「...スギ?」
すると、スギは大笑いした。
「ちげぇよ!いや、合ってるけど!そうじゃねぇんだ。いいか?今ナガは現実を見ている。そうだろ?」
「...そうだな」
「だろ?ナガは今しか見てねぇんだ。もっと先を見てみろよ。今、星に手が届かないかもしれねぇ。惨めに感じるかもしれねぇ。でも、いつか技術が発達して星に手は届くかもしれねぇんだよ」
「未来なんか期待したくないさ。どう転ぶか分かんないだろ」
「あぁそうだ。未来は色んな方向に転ぶ。じゃあ、どうすればいい?自分の思う方に転ばせりゃいいんだよ」
「少なくとも俺には無理だ」
すると、スギはニヤッと笑った。
「俺達ならできるさ」
『ナガー!!!』
そう連呼される声に俺は現実に引き戻される。
火傷をするかと思うくらいの暑さに思わず口に水を含む。
「今日はやけにノリがいいじゃねぇか?」
その声に呼応するように歓声が至る所から湧く。
チラッと横を見るとベーシストは相変わらずニヤッと笑っていた
「...特別だぞ?」
その声を待っていたかのようにホールを歓声が満たす。
「じゃあ聞いてくれ。俺達の歌を。」
「reach the stars」
こんにちはヒラメです。ただただ暇だったのもあり、勢いで書きました。
こういうThe小説というのには今まであまり手を伸ばしませんでしたけれど、たまにはありかなと思ったり。
宣伝ですが、普段は深夜radioという、ただ僕が話すだけの番組をお届けしています。是非。
ではまた。




