第7部
第15章 仮想空間
そこは、野原だった。周りは、草原だった。ネビスは、前を見上げた。ずっと、一本の道が続いていた。
(これを通れって言う事か)
ネビスは、ゆっくりと慎重に歩をすすめた。だが、歩いても、何も状況は好転せず、かといって、悪転もしなかった。ネビスは、かれこれ数時間歩いているような感覚に襲われていた。
「結局、合格基準って、何か聞きそびれたな」
ふと、横を見ると、誰か泣いている。それをみて、道からそれ、泣いている人の元へ進んだ。
「どうしたんですか?」
「足を、怪我しちゃったの」
「歩けますか?」
「足が、痛いの」
7歳か8歳ぐらいの女の子だった。ネビスは、治療しつつ、おぶる事にした。
「君、名前を教えてもらえますか?」
「私、蜩朋由」
「難しい名前ですね。家はどこですか?」
朋由は、ずっと道の先を指差した。
「あっちの方向。ずっと、向こうに向かったところに、家があるの」
泣きそうな声で言っている。
「いたい?」
「ううん。大丈夫」
朋由は、楽になりつつあるようだったが、しかし、揺れる時に少し痛むようだった。
ネビスは、本当に道をずっと歩き続けた。両方に何もない草原地帯で、ずっと、朋由をおぶり続けながら歩いた。地平線のかなたから、何かが顔をのぞかせ始めた。それは、家の尖塔だった。徐々に、その家の実態が明らかになってくるにつれ、ネビスは、歩調を徐々に速めた。
「あの家か?」
「うん」
ネビスは、走る事をしなかった。朋由の足が痛いだろうと思う事からの配慮だった。
ネビスは、ようやくその家の玄関に来た。
「この家だな」
「うん」
ネビスは、巨大な玄関の扉を開け、中に入った。
「失礼します。誰かいませんか?」
これまた巨大な玄関ホールに、うつろにネビスの声がこだまする。突然、誰かが現れた。
「お母さん!」
美しい人だった。
(本当に、これは、仮想空間なんだろうか。いつの間にか、実空間に戻ったのではないか)
そう考えるほど、真実みに迫っていたが、その人が、話した。
「ありがとうございます。旅の方。これで、あなたは合格です。おめでとう」
そして、夢は、ゆっくりと溶けていった。
第16章 弟子入り
「やれやれ、無事に突破したようじゃな」
「デビスさん…さっきの空間は…?」
「あれか?あれは、昔から存在する実験空間じゃよ。あの空間を、儂らは、仮想空間と読んでおるのじゃ。そこを使って、弟子入りの試験をしているのじゃよ。じゃが、お前さんは、少し驚いたわい。これまでの最長記録を塗り替えたんじゃからな」
「え?最長記録って…」
「39時間58分じゃ。ほれ、既に報告書も仕上がっておる。あとは、大統領に届けるだけじゃろ?」
「あ、ありがとうございます…」
すでに印刷された報告書をデビスから渡される。ネビスは、それを受け取り、いつも持っているかばんの中に入れた。
「ところで、グリーブとルコーニアは?」
「ああ、やつらなら、今寝とるよ。今の時間は、ファイガン星中央標準時午前7時じゃ」
ネビスが窓の外を見ると、確かに、明るかった。
「…なるほど、彼らは、寝ているのですね。では、自分達はどうしましょう」
「ゆっくりとすればいい。じゃが、儂は寝る。また、正午になったら起こしてくれ」
言うが早いか、すぐにそのままの格好で眠ってしまった。
(やれやれ、ま、仕方ないか。自分から弟子にしてくださいって言ったんだし)
ネビスは、デビスをそのままにして、部屋から出た。
第17章 カウントダウン
正午、デビスを起こし、グリーブを起こし、ルコーニアを起動し、ネビスは、大統領の元へ報告書を提出しに行った。
「大統領、失礼します。先日受けた指令の報告書が出来上がりましたので、提出しに来ました」
「そうか…なるほどな。で、君は、これ以降も、この同様の手法を持ちいれば、神の力の分析は可能と考えるかね?」
「はい、可能でしょう」
「そうか、分かった。ああ、そうだ。魔法の訓練をしながらで悪いが、ネビス君、大統領補佐官になるつもりはないか?」
「別に、構いませんが?」
「そうか、それなら話は早い。早速手続きに移ろう…」
……………………
思い出になると言うのは遥かに早い。気がつけば、神の御前に立っているような感覚になっていた。
ルコーニアと家族が、周りにいる。ベットには、一人、ネビスが寝ていた。
「延命措置は、受けないよ。姉さん」
大統領に就任してから、数十年が経過していたサヴィナも、ネビスが危篤と言う情報を聞き、飛んできたのだった。
「何バカな事言っているんだ?お前は、これから先も長く生きるべきなんだ。なんで、こんなところで立ち止まる必要があるんだ?」
「人間だから、さ」
ネビスは、ゆっくりと、目を閉じた。命のカウントダウンが始まった。
ネビスの血筋は、この宇宙が続く限り続くだろうが、人類は、この宇宙から出て行く事ができなかった。大統領補佐官にまで昇格を果たしたネビスだが、欲がなく、大統領になる事なく、引退した。その年、グリーブとデビスが死去。それから20年後に、ネビスも死んだ。ネビスが死んだとしても、誰がこの時死んでいても、世界は止まらずに、動き続けていた。