第4部
第5章 おかしなこと
そして、ファイガン暦3920/12/13となった。ネビスは、研修の最終日を迎え、定期点検についていっていた。その時、第1024建物群で、異常が起こったと言う情報を受けた。ネビスとコリオが1組で、一番近くにいたので、彼らが急行した。
警備員が立っており、IDカードを見せると説明をした。
「地下1階付近で小規模な爆発を確認しています。さらに、感染症研究室第34支部がこの建物にあり、ウイルスが飛散したとの情報もあります。現在、380階以下を完全封鎖、1000階以下を警戒封鎖としております」
「何の種類のウイルスだ?」
「それが…いわゆる最終兵器で使用するようなウイルスらしいです。内容は、感染後1時間から10時間。長くても1日以内で発症し、発症確率は、99.9%以上。発症後の致死率は、100%です」
「そのウイルスの名前は?」
「サイクロプト・レトロ・ウイルスと言うのが正式名称だそうです。しかし、通称として、一つ目ウイルスと言う名前がついています」
「知っているか?ネビス君」
「え?ああ、いいえ、自分は知りません」
突然話が振られたので、どぎまぎしながら答えるネビス。そして、道を見たら軍の緊急事態時部隊が出動してた。すでに、仮説テントひとつと、赤十字のマークが入ったテントひとつが設置されていた。マークが何もついていない方に入り、入室許可を得る。しかし、許可はされなかった。但し、先遣隊が帰ってきて、安全が確認されたら入ってもいい事になった。
この事態が発生した時、第1024建物群の周辺及び、全ての宇宙船の入港停止、さらに、出航も停止と言う措置が取られ、それから数分後には、無期限外出禁止令も布告された。軍が防衛出動の名目で出動し、すぐに現場を制圧していた。
ネビスは待っている時に思っていた。
(今回の出来事、何か軍の行動が早すぎないか?ここから基地までは、約10分。先ほどの事故が発生してから、約5分後にここに自分達は到着した。しかし、既に軍が制圧していた。どういう事だ?既に軍はこの事故を予見していたと言う事か?それに、あの手紙。お父さんは何も知らないっていうし…なんだったんだろう)
そうこうしているうちに、先遣隊が帰って来た。
「どうだった?」
現場総指揮官が先遣隊の隊長に言った。
「爆発により、建物の中央部が吹っ飛んでいます。さらに、ウイルスが拡散している恐れも濃厚です。しかし、外は宇宙空間。真空状態なので、ウイルスは生存できないでしょう」
「それは間違っています」
隊長の後ろから来たのは、救出され、ウイルスが付着していない事が確認された白衣を着た女性だった。
「どういう事ですか?インディア博士」
「この、一つ目ウイルスは、氷点下273度で、生存が確認されています。さらに、マイナス10気圧という悪条件下でも生存可能です。よって、ここから導かれる結論は、宇宙空間に流出した場合、近隣10光年以内の生命体は全て死滅します。ただ、ごくごく一部は生き残るでしょうが、元の環境には戻らないでしょう」
「すぐに、非常事態宣言を発動し、周囲10光年以内の住人を避難させろ」
「了解しました」
伝令兵が速やかにテントから出て行く。
「しかし、なぜ10光年なんですか?」
博士が答える。
「真空中での生存期間、飛翔速度、さらに、ウイルスとしての特性を考慮して、10光年と言う結論に達しています」
「さて、我々は、ここの建物群を復旧する必要がなさそうだし、さっさと立ちさらさせてもらうよ」
だが、テントからは出れなかった。
「ここから出てはいけません。すでに、外部に漏出しており、この周りの空気も汚染されていると考えるのが妥当でしょう。この空気を一掃し、さらに、封印措置も取れたらいいんですが…」
「それは、魔法でも使わない限り無理だな」
その時だった。ネビスの心に何か、力が芽生えてきた。その力は、さらに大きく、さらに強くなっていった。最終的に、力は体の許容量と言う一線を越した。
ネビスの体は白く輝きだした。その輝きは、建物の白さによってさらに眩しくされた。
「うっ、なん、だ?」
コリオは目を覆った。他のものは何も見えなかった。ただ、目の前が白くなっていた。
「我が名は、癒しの神、第10銀河の神、サトミ神だ。この者は憑依体として、絶好の位置にいたので、少し使わさせてもらっている。さてと、通称一つ目ウイルスの特徴は?」
博士がよどみなく答えた。しかし、目は覆ったままだった。
「形状、ナノメートル分子。通常はたんぱく質の殻の内部にて生存、但し、強力な紫外線又は赤外線を、一定以上浴びるとたんぱく質の殻が分解され死滅。体内に入ると、脳細胞のみを局所的に破壊。結果、99.9%以上の発症率、発症後100%の死亡率。但し、体内にある酵素の一種、ピリドキサルリン酸によって、たんぱく質の殻は分解され、無害化が出来る。但し、他の方法では、無害化はきわめて困難」
「なるほど、では、このようなものだな」
白い輝きがさらに勢いが増していった。テントが焼けるほどに熱くなった。そして、衝撃波が襲った。しかし、それはとても弱かったので、微風として観測された。それと同時に、光も収まってきた。
ネビスが気がつくと、もう片方のテントのベットも上で寝かされていた。
「ここは?」
近くにいた看護師に聞いた。
「ここは、緊急事態時部隊の救急テントの中だ。だが、君は特に以上も何も無いからすぐに帰ってもいいよ」
「ありがとうございます」
そして、ネビスは帰っていった。
上空、宇宙の外では、会議が開かれていた。
「では、これより、通常会議を開きます。さて、今回の議題は、第18銀河「シャウド」の神について。現在まで、旧来の神々の集合体が、神の代理としていましたが、すでに、140億年ほど経っております。それを考えると、新たなる神が必要と思われます。何か提案はありますか?」
スタディンが司会をしていた。すると、レモングラスが手を挙げた。
「はい、レモングラス神」
「その最後に神ってつけるのはやめようって言ったじゃない。それよりも、元々神が存在しているならば、それらをあわして新たなる神を作ればいいと思うわ。その方がいいじゃない。それに、4柱神の一人でしょ?さっさとひとつに混ぜ合わすべきだと思うわ」
「では、それの反対意見の方は?」
見回して、誰も手を挙げなかった。意外だったのは、集合体自身、何も意見を言わなかった事だった。
「では、そのような方針で進みます。次の議題…………」
そして、時間は過ぎていった。
第6章 研修終了後
ファイガン暦3921/3/4。ネビスが誕生日を迎えた。
「これで、やっと16歳だな…」
感慨にふけっている横から肩を叩かれた。
「ネビス、感慨にふける余裕はないぞ。ファイガン中央発電所で異常があったらしい。点検に行ってくれ」
「分かりました。すぐ行きましょう」
今年の1月1日付けで、ネビスは、人事異動となり、エネルギー関連の部署に回された。そして、ここは、ファイガン政府環境省エネルギー部発電所危機管理室異常発生時調査部隊という長ったらしい肩書きだった。こんなにいうのはややこしいので、みんなは、発電所調査部と呼んでいた。ネビスは、明らかに普段着のような風体で、部屋から出て行った。その姿を見ていた部隊長は腕組みをしながら、どうにかなると自分自身に言っていた。
「ああ、君がネビス君だね。早速見てくれ」
すぐに、中央発電所に到着したネビスは、すぐさま調査を開始した。ここの発電形態は、重力発電と核融合発電の両方を併用していた。重力発電は、早い話、重力差を利用してエネルギーを取り出す方法で、核融合発電は、核融合をしてそこから出たエネルギーを利用していた。今回異常が発見されたのは、核融合発電の燃料抽入機だった。
「ヘリウム3の部分が常に入っていない事になってしまうんです」
「実際は入っているんですね」
ネビスが職員に確認するように言った。
「ええ、そうです。その証拠に、これを見てください。これは、今ヘリウム3を格納しているポンプの稼動状態ですが、フル回転状態になっています」
「…現場を見せてもらいますか?」
「それは出来ません。この発電は、トカマク式と呼ばれており、強力な磁場を発生させて運転しています。この磁場内に入れば、確実に死に至ります。そして、抽入機は、その磁場内にあるのです。この時間、夕方から夜にかけては、最も電力を使うので、これから止めるわけにはいかないのです」
「しかし、とめない事には、恐らくこれは復旧しないでしょう。電話、借りれますか?」
「ええ、どうぞ」
今、ネビス達がいる中央制御室は、核融合炉の真横に設置されており、ガラスで中が確認できるようになっていた。しかし、その影響で、電磁場が異常に強く、携帯電話はもちろん、通常の電話は使えないのであった。それは、この発電所構内全ての場所で言える事だった。ネビスは、自分の上司の、川草岱明に電話をかけた。彼は、第7銀河系出身だった。第7銀河系は、ずんぐりとした体格で、ドワーフ類に属している、キメニと言う種族だった。キメニは、目が素晴らしく良く、ファイガン星の通常の視力検査では、最低レベルでも、10.0だった。
「はい、川草です」
「隊長、ネビスです。いま、現場の中央発電所にいるんですが、これは、復旧するには大規模な停電が必要なようなんです」
「そうか…停電を回避するにはどうする必要がある?」
「旧来の発電所を使う方法があります。人工衛星を利用した、マイクロ波発電が今でも出来るはずです。それをする必要があります。さらに、一部でもいいですから、電力のカット、それに、住民に対する分散発電所の起動も」
「分かった。こちらで何とかしよう。それと、ネビス。こっちにお客が来ているぞ」
「自分にですか?」
「ああ、大樹岳洋と言ってた。知り合いか?」
「彼、エネルギー関連の大統領補佐官ですよ。もうそろそろ任期切れですし、分かりました。後任の人をこっちに派遣してください。それで、彼と話しましょう」
「分かった。じゃあ、グリーブ・トルンをそっちに向かわす」
「了解です。では、それまで待機しておきます」
ネビスは電話を置き、発電所所長室に向かった。
「失礼します」
ノックをしてから、中に入った。所長は、木で作られた、荒削りの椅子に座って、寝ぼけていた。
「所長、起きていますか!」
机を拳で殴る。その衝撃で、びくっとして、所長はおきた。
「ああ、君か…驚かさないでくれ。こっちは、もう100歳になる」
「でも、これから来るのは、世界2位の高齢者ですが?」
「なんと!あの、銀河革命中を知っていると言う伝説の、グリーブ・トルンがここに来るのか?」
「ええ、ファイガン暦3129年6月14日生まれ。いまは、私の同僚ですよ。最も、ここ最近は、視力も弱ってきているようですが」
「そうか…彼が来るのか…」
その時、誰かが中に入ってきた。見た目は50歳ぐらいの、一人の男だった。
「失礼します。グリーブ・トルンただいま出頭しました。で、用件はなんでしょうか?」
ネビスは手短にここの発電所のことを話した。
「分かりました。では、対処しましょう」
非常に、ゆったりとした口調で話すトルン。
「頼んだ」
そして、ネビスは、客と会いに、部隊へ戻った。
「ただいま、戻りました」
発電所調査部に戻ると、お客は、コップに水を入れて飲んでいた。給水気の横で水を飲んでいる時、ネビスに気がついた。そして、近くのソファーに案内した。
「ああ、座りたまえ。先に自己紹介をしておこう。前にも会ったが、大樹岳洋だ。いまも、エネルギー関連の仕事で大統領補佐官をしている。そして、君が、研修中に起こった事も知っている。そこで、君にある事をしてもらいたい。これをすると、確実にここの職場からは離れる必要がある。それでも、聞きたいか?」
「はい」
確固たる意志を持って返事をしたつもりだったが、声にわずかな震えが入っていた。
「よろしい。実は、スタディン神神殿の事なんだ。あれは、この惑星が発見されていた時には既に存在していたんだ。ファイガン暦は、いつから始まったか知っているよね。あれは、第1銀河統一政府が発足してから作られた。その前に使われていたのは、惑星暦で、今は、7878年3月4日。その後、銀河革命が起こり、第1銀河統一政府は、第1銀河中央政府と名称変更、さらに、それぞれの惑星ごとに政府を置き、地方自治を進めた。それこそ、異様な感じがするほどなスピードで…これが、今から、300年ほど前の話だ。その時に、銀河革命中と言う事だが、その時使用された力は、神の力と呼ばれていて、この第1銀河、恒星数390億、惑星数678億、内生存可能惑星590億。内宇宙法指定原住民居住惑星37億。その中でさえ、数人しか扱えなかったと言われる、きわめて珍しい力だ。さて、君に頼みたい事と言うのは、その者達を探し出して欲しい。こちらでは、既に誰かは分かっている。どいつもこいつも、死亡、行方不明、挙句の果てには、借金取りに追われていて、立て替えてくれとまで来た。そうそう、君には、国家予算を付ける。大体、数千万だが、生活には苦労しないだろう」
「と言う事は、その人達を探せばいいんですね。でも、その人達の特徴とか知らないですよ?」
「当然だろうな。だから、これの出番だ」
ゴルザレフは、持ってきていたかばんから一枚のシートを取り出した。そこには、いくつか色の違ったボタンが右側についており、全体は名刺程度の大きさしかなかった。ボタンのすぐ横に表示画面があり、そこに表示される仕組みらしい。さらに、ゴルザレフは、球体の物体を取り出した。それを、ネビスに渡した。すごく軽かった。しかし、わずかな痺れが手のひらに走り、球体から光が出てきた。その光は人の形を取り、話しだした。
「あなたは?」
ネビスは光からできている人を指差して言った。
「誰です?」
ゴルザレフは笑っていた。横にいつの間にかいた男性が話していた。
「この機械は、一番最先端のAIです。いわゆる人工知能ですよ。世界最高の研究機関である、全宇宙総合技術開発研究所、通称MSTDLの所長が、私にその試作機をくれましてね。記憶用領域はその研究所の中にあるので、気にする必要がありません。人格が入っているので、実際に会話も出来ますし、それに、感情も持っています。ただ、感情面は、3歳児並ですが、会話をする最中で成長をする事もあるそうです。知能は、IQ480と言うのを記録しているそうです。で、このAIの名前は、実はまだ決まっていないんです。あなたが付けてくれますか?」
「それはいいですが…あなたは何者ですか?」
「あ、申し遅れました。自分は、こう言う者です」
名刺をスッと内ポケットから取り出し、ネビスに渡した。そこには「放出和義」と書かれていた。
「ほうしゅつ、わぎ、ですか?」
「そこまでの読み間違いは初めてですね。最初は誰も読んでくれないんですが、MSTDL研究員で、このAIのプログラムを担当した、放出和義と言います」
「はなてん、かずよしさんですか。自分は…」
「ファイガン・ネビス。現在16歳、去年度史上最年少タイ記録で、第1銀河中央大学院首席で卒業。専攻は宇宙物理学で、素粒子関係のことをされていたとか、だが、論文の数だけでいくと、エネルギー関係の論文も多く、結果として、そちらを取った」
「素晴らしいですね。その通りですよ」
「で、この子に名前を…」
「ああ、そうでしたね、えっと、女性ですか?男性ですか?」
「女の子です。現在、生後、つまりプログラムを終了して全て正常に起動する事を確認してから、1ヶ月半たっています」
「正確には、1ヶ月14日3時間39分です」
「さて、名前か…」
ネビスはさんざん考えてから言った。
「マスト・サンドラ・トリック・ディール・ルコーニアはどうでしょう」
「なぜ、そのように長い名前を?」
和義が聞いた。
「いえ、ただ単に、それぞれの頭文字をつなげると、MSTDLになるんですよ」
ネビスが言った。
「それと、これ、なんですか?」
ネビスは、先ほど渡されたシートを持ちあげながら言った。大樹がそれに対して答えた。
「そこに対象人物の、年齢、体格、特徴が記載されている。それを元にして探して欲しい。操作方法は…自分でどうにかしてくれ。見つけたら、この紙を渡してくれ」
そのまま、風が吹いた。気がつくと、二人ともいなかった。ネビスの手元には、第1銀河公務員であることを示す名札と、AIと名刺サイズの人物データが入っていた。
それから、3時間ほど、AIと一緒に、このデータ集の使い方を調べつくした。そして、全て分かった。その上で、ネビスは辞表を提出した。みんなに残念がられながらも、この職場から去った。