第3部
プロローグ
宇宙の分裂がおこなわれたのはいつの事だっただろうか。遥かに遠い出来事となっていた。
9番目に出来た宇宙空間。メフィストフェレスは、独自の宇宙を築き、さまざまな事をさせているらしい。しかし、そのような情報が途絶えてから久しい。
カオス神から最後の贈り物として受け取った宇宙空間の種は、今、大きな花をつけた。
古き神々は去り、新たなる神が現れた。
世界は大きな変動期を迎え、そしてその時期は去った。
今、スタディン神達の前にあるのは、この、「ニュー・スペース」と名づけられた、第9宇宙空間のみであった。神の社を引き払い、新たなる場所を設け、そこからは、絶えずエネルギーが全ての銀河、と言っても、神の数と等しい18の銀河系のみだったが、それらにエネルギーを供給する源となっていた。一般的な観測では、発見する事が出来ない闇のエネルギーであった。
それぞれの銀河系は発展していった。複数ある銀河団の内、銀河ひとつで存在するものもあった。それは、忘れられていた宇宙空間であった、「シャウド」であった。
第1銀河系から第17銀河系までは、固有の神がついていた。
第1銀河には、エネルギーの神であり、最高神でもあるスタディン神。
第2銀河には、スタディン神の実の妹であり、エネルギーの神である、クシャトル神。
第3銀河には、知恵の神として成立した、ナガミ神。
第4銀河には、商売の神として成立している、ショウヘイ神。
第5銀河には、魂そのものを管理している、カナエ神。
第6銀河には、タカシ神の姉であり、魄を管理している、サダコ神。
第7銀河には、人間の悪心を司る、ユウタ神。
第8銀河には、悪心に対抗する良心の神の、アユ神。
第9銀河には、武力や戦争の神の、クニサキ神。
第10銀河には、癒しの神である、サトミ神。
第11銀河には、空気の神である、タカシ神。
第12銀河では、神になる前、魔法学校の話の中で代理の先生として登場し、今、水の神になっているクリオネ神。
第13銀河では、サダコ神、タカシ神の父親であり、水の神である、ヒデキ神。
第14銀河では、サダコ神、タカシ神の母親であり、火の神である、タマオ神。
第15銀河では、植物の神である、ミント神。
第16銀河では、旅、つまり往来の神である、レモングラス神。
第17銀河では、物質そのものの神であり、精霊信仰の対象神であるハーブ神。
但し、第18銀河のみは旧来の神々である、カオイン神、ガイエン神、エクセウン神、アントイン神、サイン神、カオス神、イフニ神、それぞれの宝玉でひとつの擬似的な神を作り上げていた。名前は、オールド・ゴット。
さらに、第1銀河、第2銀河を合わせて、第1銀河団、第3銀河から第5銀河を合わせて、第2銀河団、第6銀河から第14銀河を合わせて、第3銀河団、第15銀河から第17銀河を合わせて、第4銀河団といわれる集団を形成してた。
現在、宇宙が出来てから140億年が経過した。それぞれの銀河に、固有の種族が生まれたのは約1億年前。そして、科学技術水準が高い種族から、順次、宇宙航行種族として、銀河系外、最初は銀河団内、そして宇宙全体へと生域範囲を広げていった。さまざまな宗教が生まれ、そして消えていった。
その多数ある銀河の中でも、第1銀河系内、この宇宙で最初に知的生命体と呼ばれるにふさわしい存在が生まれた惑星「ファイガン」で、一人の少年が旅立とうとしていた。
第3章 研修旅行
「ふー、寒いな。さすがに、12月か…太陽はひとつしかないし、衛星だってひとつしかない。こんな惑星、他には無いだろうな…」
ファイガン暦3920年12月7日。ファイガン惑星統一政府主催の銀河政府研修旅行は、15歳のファイガン・ネビス、職業は政府役人という、どこにでもいそうな人に当たった。
彼は今、ファイガン政府特別航宙機の中にいた。人間の形体に近いファイガン人は、第1銀河固有種だった。
発射の時間となった。
航宙機の中では、中年太りが始まった研修旅行企画庁長官であるグリオール・サルダンがマイクを握り締め、どうにか立っていた。
「えー、皆さん。お忙しい中、よくお集まりくださいました。今回のファイガン惑星統一政府主催、銀河連邦政府研修旅行の企画、運営をしております、研修旅行企画庁長官のグリオール・サルダンです」
一応拍手が起こる。
「これからの日程の方を確認させていただきます。まず、第1銀河連邦統一政府の本舎のところで、1週間研修を受けます。内容は各自違うと思いますので、ここでは言えません。それが終わりますと、研修の発表会となります。それは、帰りの便の中でいたします。では、これより、ファイガンを離れてセンター・プラネットへ向かいます」
船は、新しく開発されたばかりのワームホール航法という方法で、一気に進んだ。
ワームホール航法というのは、宇宙空間に第4次元目の空間の穴を開け、そこを通り抜ける事によって短い時間でかなりの距離を進む技術の事である。これを使えば、銀河の端から端、だいたい10万光年ほど離れた地点まで直接行く場合、わずか1日と半日で着く。これが開発されたのは、ファイガン暦2980年の事だった。偶然作られた穴が、銀河の端まで通っていたのだ。さらにすばらしい事に、この穴は一度作られると、半年ほど消えないのだった。それ以来、このようなワームホール航法が多用されるようになった。
センター・プラネットまでは、約3時間で着く予定だった。ネビスはそれまでの間、自分の将来の夢について考えていた。
(やっぱり、惑星をひとつ作る事だな。そのために、今は金が要る。こんな、政府役人でずっといるなんてごめんだからな)
そして、スッと、目を閉じた。
目を開けると、到着5分前だった。すでに、白い地表面に降り立とうとしていた。
センター・プラネットは第1銀河のちょうど中央部に位置しており、第1銀河連邦政府がおかれている中央惑星でもあった。世界で最初に人工的に作られたこの惑星は、近くにある3重恒星系から、エネルギーを得ていた。
近くといっても、大体、太陽から冥王星ぐらいの距離はあった。
それぞれの構成の質量は、太陽の8倍ほどあったので、最終的には超新星爆発を起こし、この惑星を巻き込みながらブラックホール化すると思われていた。センター・プラネットは白い地表面をしており、建物が超高密度に密集しているのが遠くからでも分かるほどだった。
現在の惑星表面からの高さが船内に表示されていたが、7800mと書かれていた。しかし、駐機場の高さは、すぐに手が届きそうなほどの距離にあった。ネビスは、ここに来る前に読んだ資料が頭の中に浮かんできた。そこには、こう書かれていた。
「センター・プラネット。現人口、590億人。ファイガン星の約7倍の惑星表面積の所に、30倍の人口が存在する。そのうち、第1銀河中央政府関連の仕事に業務しているのは、500億人に達する。銀河間交易の中心地で、観光資源が豊富である。超高密度の建物群は全て白塗りにされ、強力な紫外線、赤外線を反射する構造になっている。惑星大気は存在せず、建物の外は直接宇宙に繋がっている。衛星は存在せず、現在、人工衛星の事について研究されている。連邦政府は現在の地表面からの最高高度の建物を、8900mと発表。年々その距離を伸ばしている。センター・プラネットには、第1銀河の神、スタディン神の神殿が設置されており、エネルギー関連を司っている」
その間にも、駐機場に着陸していた。少しと奥の所に強力な光源があり、その光が目に刺さってきた。ネビスは、すぐに船から降りて建物の中に入った。
建物の中は、常に気温が27度に設定されていた。今の所、建設されてから600年が経過しているが、一回も大規模な改修工事をした事がなかった。建物の窓から下を見ると、地表面が見えないほど周りの建物が白く輝いていた。逆に上を見ると、宇宙がとても暗く見えた。そして、一行は建物を下に降りていった。その後、それぞれの研修先へと散らばっていった。
ネビスは今回の研修生の中で、最も若かった。しかし、研修先はエネルギー関連の最も重要な部署だった。ネビスは、そこに一人で入っていった。
「失礼します」
扉を開け中に入ると、少し蒸し暑かった。
「ああ、いらっしゃい。ファイガン星からの研修生だね?えっと、名前は?」
ネビスより何歳かだけ年上の、入ってから数年も経っていないような人が言った。
「ファイガン・ネビスです。今回は、お世話になります」
丁寧にお辞儀をするネビス。互いに自己紹介をした。
「僕は、この第1銀河連邦政府、まあこれからは第1銀河中央政府って言うけど、そのエネルギー省、旧環境省のエネルギー開発・維持部局局長の、サファイア・コリオだ。これから1週間、よろしくな」
手を出して握手をした。その時、誰か入ってきた。
「失礼します、局長。あら?この子は?」
「ああ、ちょうどよかった。紹介しよう。ファイガン星から来た研修生のファイガン・ネビス君だ」
「お願いします」
ぺこりとお辞儀をする。それを見て、少し含み笑いをしながら、彼女が言った。
「よろしくね。私はこの部局の局長補佐をしている、エメラルド・ミントよ」
そして彼女とも握手をした。終わった途端に、仕事に入った。
「さて局長、これを見てください。第38ゲート付近から、少量のエネルギー漏れを確認しました。それと第80建物群付近では、エネルギーが不足気味と言う連絡です。後、これが前回のエネルギー施設の改修工事の報告書です」
「分かった。じゃあ第38ゲートに、コリエットと君が行ってくれ。で、第80建物群付近のエネルギー施設に、ジュリオとロミオを行かせろ」
「了解しました。で、この子はどうしますか?」
ネビスを指差していった。
「ネビス君は、僕がまずこの建物について説明をしておこう。そうじゃないと、迷子になりかねん」
「分かりました。では、伝えます」
彼女は扉を閉めて出て行った。コリオは、ネビスの方に向き直っていった。
「さてと、まず何から説明しようかね」
第4章 センター・プラネット
「何でもいいです」
ネビスは、コリオに言った。
「そうか。じゃあ、この惑星の構造から。詳しくは習っていないはずだし」
確かに資料には、この惑星の構造についてなど書かれていなかった。ネビスとコリオは、近くの椅子に座り話した。
「まず、このセンタープラネットなんだが、誰がどのような目的で作ったかは謎なんだ。だけど、ここにはもともと惑星大気が存在せずに、星だけがあった。さらに、火山の兆候も水の存在も、それどころかこの辺りに惑星が出来るような環境すらなかったはずだった。だから、我々は、これは人工惑星であると発表したんだ。それが、ファイガン暦3320年11月14日。ちょうど、今年で600年目になる。さて、それを憶えていてくれ。まあ、憶えたとしてもどうでもいい事だが」
ここでコリオは一笑いした。深呼吸をしてから続きを話した。
「この惑星は、それぞれ建物群と言う構造単位で動いている。もともと、この惑星が発見された時に、格子状に単位を区切りそれを元に、建物を作った。それが今でも受け継がれていると言う事だ。さらに、大体10箇所にひとつと言う割合で、外に通じている道がある。それが、ゲートだ。この惑星には、第1建物群から第1024建物群まであり、第1ゲートから第128ゲートまである。平均すると8つの建物群につき、1つのゲートという勘定だ。それぞれにエネルギー発生装置があり、それを管理しているのが僕達だ。今は使われなくなっている地下通路の維持も、僕達がしている。今は空中通路が発達して、いちいち下に降りなくてもいいようになっている。さて、参照までに、重要な施設を教えておこう。まず、スタディン神の神殿。これは第1建物群にある。ここのエネルギーを供給している大元でもあり、昔使えたと言われている魔法系の神でもあったらしい。第4建物群には、中央政府施設がある。ちなみにここは、第4施設群のお隣の第5建物群だ。ここにも、政府関連の建物が集中している。まあ、ここは第1銀河中央政府の建物群が中心だな。その外に、開発順に番号が振られている。それが、ここの建物群の順番になっているんだ。まあ、そんな事を言うのもなんだ」
コリオは立ち上がり、扉を開けた。
「とにかく、この部署の人員の紹介をしておくよ。と言っても、さっき出て行ってしまったけどね」
コリオは扉の外に出て行った。ネビスもそれを追いかけた。
コリオは、とある扉の前で止まっていた。
「ここは機械室だ。この建物群のエネルギー全てを、ここから放出している。エネルギー源は、ヘリウム3と重水素と3重水素だ。核融合で発生する莫大なエネルギーを利用している。ファイガン星でも、そんな事をしているだろう?」
「はい、確かにそうです」
「では次を案内しよう」
コリオは歩き出した。歩きながらも、言った。
「そうそう。ここの惑星は、基本的に無人だからね。人の代わりにロボットならいるけどね」
「じゃあ、人口590億人と言うのはどういう事なんですか?」
「ロボットも加えた数だ。実際のファイガン星人及びその他の住民を含めると、人口30億がせいぜいだな」
「その人達の分のエネルギーも供給しているのですか?」
「ああ、そうだ」
そして、少し歩いた所にある扉の前で止まった。
「ここはさっき見た機械室やこの辺り一帯のエネルギーの制御盤がある部屋だ。通称、制御部屋と呼んでいる。この部屋だけは中央制御室になっていて、この惑星各地にある制御部屋の指示をおこなっている。ここには、2人が常駐している。彼らは24時間、この惑星が出来てから、恐らく終わるまでずっとこの部屋にいる事になるだろう。延命措置によって、寿命は多いに延びた。その弊害だな…」
ネビスはその延命措置についての話に疎かったので、よく分からなかった。
「さて、次に行こう」
早々に中央制御室から立ち去った。歩きながら、ネビスが聞いた。
「延命措置ってなんですか?どんな事をするんですか?」
歩きながら、コリオが答えた。
「特殊な体に意識を移す、禁じられている方法だ。この方法自体はファイガン暦100年代に開発されたものらしいが、時の大統領が永久に封印した技術らしい」
「なぜ、封印を?」
「人口密度の増加、不衛生化しつつあったスラム、さらに死にながら生き続けさせられるウイルスの蔓延。その他いろいろ、さまざまな弊害の方が多かったらしい。だが、成功した者はさまざまな恩恵を受ける事が出来た。そう伝わっている。でも、これも伝説の一種だろう。魔法が使えたとか、錬金術が出来たとか、そんなものと同じ事だ。それに今は、別の方法も完成されたから、わざわざそんなことをしなくても済むんだ」
コリオは言いながら、とある扉に手をかけていた。扉を勝手に開けた場所は、食堂と書かれていた。
「ここで、朝昼晩、3食食える。さらにここの食費は国庫から出るから、何でも食い放題だ。ちなみに、食券方式になっているから、あそこの食券機で買うように」
そして扉を閉め、出て行った。
「さて、これでここの施設の案内は以上だ。他にもいろいろあるが、それは必要に応じて案内しよう。あとは、観光なり、帰るなり、好きにしたまえ。但し、ホテルは第2建物群にある「パッツ・303号館」らしいから。それだけだ」
「分かりました。今日はありがとうございました。明日はいつ来ればいいでしょうか?」
「この惑星標準時間で、午前8時半までに受付前で待っときなさい。それでいい」
そして、ネビスはホテルに向かった。
パッツと言うホテルは、常に5つ星ランクと言う、とてもすごいホテルであった。この記録は歴代1位で、なんと1500年間も続いていると言う。
ネビスはさっさとチェックインして、そのまま部屋に入った。そして、翌朝までぐっすり眠った。
こうして、初日を難なくこなした。
午前4時、ネビスは空腹のために起きた。ちょうど、ファイガンから出てくる時に持ってきていた携帯食があったので、それをかじっていたら、誰か入ってきた。
「どうぞ〜」
眠そうな声を出し、食べながら入室を促した。
「昨日は、よく眠れたかね」
「いいえ、あんまり眠れませんでしたね」
そこにいたのは、サルダンだった。手には、何かの手紙を持っていた。
「そうか、これ、君宛の手紙だ。私の所に誤送されたらしい。受け取っときたまえ」
「ありがとうございます」
「それだけだ。こんな時間に起こしてすまないな。もう、帰らさせてもらうよ」
そして、かじりあとが残っている携帯食をおいて、サルダンは帰った。ネビスは、その続きを食べながら、手紙を開けた。手紙には、こう書かれていた。
「ファイガン・ネビスへ。スタディン神殿より謹んでご報告いたします。本日、惑星時間0300時にて、エネルギーの放出が観測。スタディン神のそれと酷似。なお、本報告書は、後日郵送致します。
スタディン神神殿総管理者:イワノフ・ゴルザレフ」
ネビスは首をかしげた。
「さて、こんなもの郵送されるような事は無いはずだが…」
そこで、父親に電話連絡を入れてみた。ネビスの父親も、ファイガン・ネビスというのであった。だが、息子のネビスと違って、父親には別の名前もあったので、基本的にはそちらで話がされた。
電話を入れたところ、父親は留守らしい。仕方ないので、留守電を入れた。気がつくと、午前6時になっていた。このまま部屋にいても、何も無いので、研修先に行く事にした。
研修先には、既に何人かいた。だが、一様に顔が強張っていた。理由を尋ねても、誰も答えてくれなかった。だが、ネビスには、大体理由が分かっていたような気がした。しかし、その理由とは違っていた。
数分後、誰かが護衛をつれて入ってきた。その人は、第1銀河政府首脳だった。
(なぜ、大統領が、こんなところに?)
ネビスは思ったが、脇の柱の陰に隠れて一行を見ていた。そして、さらにこう思った。
(ここは、中央政府関連の建物群だ。大統領が来ても不思議じゃないな)
そして、午前8時になるのを待ってから、受付の所に向かった。
受付では、すでに、コリオが待っていた。
「よしよし、遅刻せずに来れたな。お前が初めてだ」
「どういう事ですか?」
受付の処理をしながら、言った。
「いや、実は、ここ何年か他惑星からの研修を受け入れているんだが、10分の遅刻は当たり前で、長い時には、2時間の遅刻とかというやつもおったな。ま、ちゃんと来れたからいいや」
そして、IDカードを渡した。
「これは、なんですか?」
「それには、氏名、現住所、職業、その他の重要な個人情報がいくつも入っている。それを、ゲートにかざす事によって、好きな場所にいけると言うわけだ。但し、期限は1週間後の、ファイガン暦3920/12/14までだ。さてと、このカードについてはそれぐらいにして、今日は、特別な日だ。なにせ、大統領閣下自らが視察に参られているからな」
「そう言えば、今日、見ましたよ。大統領閣下が直々に参られているのを」
「本当か?ならば急がないとな。あのお方は気が短いらしい。さて、行こう」
そして、昨日は乗らなかった職員専用のエレベータに乗り、行き先を告げた。
「1920階、エネルギー開発・維持部局」
一瞬でエレベータは動きはじめた。勢いがよすぎて、ネビスは手すりに掴まる事が出来なかった。重力値がエレベータの階数の上に書かれていた。そこには、「8.3G」と書かれていた。階数表示は、あまりの勢いで、下1桁目が見えなかった。下二桁目もうっすらと読める程度であり、異常な早さで進んでいる事が分かった。その中で、コリオはちゃんと立っていた。しかし、手すりを使わなければ、誰でもこけてしまうような速さであった。数十階前から、一気に減速をはじめた。その時の重力は、「-2.6G」だった。ネビスは、目の前が真っ暗になり、何も見えなくなった。
「ああ、そうか。目の方に勢いよく血液が回って、一時的に目が見えなくなることがあるんだ。さあ、こっちだ」
腕をつかまれ、エレベータが止まると同時に、進みだした。
しばらくして、ネビスも目が見えるようになった。周りは、やはり白かった。部局の中に入ると、既に何人か出勤していた。
「あら、新入り?」
「いや、研修だ」
「ああ、研修生ね。あたし、コラット・ギャロン。よろしくね」
一方的に、握手をされ、そのままどこかへ行った。
「他にもいろいろといるからな。ま、心配するな。これからずっとここにいないからな」
そう言って、コリオは少し寂しいような顔をした。そして、部局長の部屋に入った。その中には、先客がいた。
「あ、大統領補佐官殿。なぜこのような場所に?」
「いや、中央大学院首席で卒業した若干15歳の研修生を見に来ただけだ」
そして、ゆっくりと立ち上がると、手を差し出した。
「私は、大樹岳洋だ。これからも、時々会う事になるだろう。その時は、よろしく頼むよ、ファイガン・ネビス君」
「こちらこそ、その時は、よろしくお願いします」
そのまま二人は握手をした。
「さて、これから、私は、延命措置に出る。コリオ君はやらないのかね?」
「いえ、まだそのような年齢に達しておりませんので…さすがに、20歳で延命措置は、病気にでもかからない限りおかしいでしょう」
「そうだな」
薄ら笑いを浮かべながら、そのまま部屋から出て行った。
「あの人、誰ですか?」
完全に部屋から出て、声も聞こえない距離に達したのを確認してネビスが言った。
「あの人は、エネルギー関連を主業務としている大統領補佐官だ。早い話が、エネルギー省の大臣だ」
そして、椅子に深々と座り、腕組みをした。
「さてと、これから、君は私の秘書的な役割をしてもらう。まあ、現場に出向いても良いがな。とにかく、最初は誰でも事務的な業務だ。がんばってくれたまえ」
「分かりました。では、最初に何をすればいいでしょうか?」
こうして、ネビスの本格的な研修が始まったのは、センター・プラネットに到着した翌日からだった。