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親指ナイト  作者: 真中39
◆2章:眠れる屋敷の美女の夢
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4.ティアリングエタニティ

 

 ◇



 疲れた……。


 エイリの頭の中は目下、それだけだった。

 城の外はいろいろなことが起こりすぎる。かといって城の中より悪いことは全くないのだが。

 裸の男がうろうろしていると思いきや、自分より年上の落ち着いて見える女は終始おろおろとしている。進む先にはむきむきの男が睨んでいるし、フチには薬を盛られるし。


 疲れた……人間って難しい……。


 エイリが再びそう思ったところで、目の前に座るカイがとんとんと黒板を鳴らした。


『疲れてる?』

「貴方のせいでね」


 エイリはじろっと目の前の男を睨んだ。


「露出癖でもありますの? 貴方。何でわざわざ裸で寝てますの?」

『だって服が濡れたら困るじゃない。身体は拭けばいいけどさ』

「うん、正論だな」


 余計なことを言ってフチが頷いた。

 カイは目を細めて笑って、興が乗ったように黒板に文字を連ねていく。


『意外とお姉さんたち、僕が裸で寝るの、喜ぶし。神秘的でえっちだって言ってさ』

「え、ルルさんってそういう……」

『ないしょ』

「ええ……」


 引いたエイリに対して、フチは相変わらず冷静である。


「エイリ、カイはルルのような女性に養ってもらって生計を立てる、俗に言う『ヒモ』だ。こういう人間もいる」

「どうでもいいですわ……」


 そこでルルが戻ってきて、エイリの視線に怪訝な顔をした。


 エイリ達は30分ほど足止めをされていた。

 馬車でニール渓谷に架かる橋を渡ろうとしたところ、やばそうな男達にに通せんぼされ、ルルが御者と共に話を聞きに行っていたのである。


 戻ってきたルルは相変わらずおろおろと背を曲げ、落ち着きなく指をいじり倒していた。


「よ、呼ばれちゃいました」

「?」


 フチがぐいと形の良い片眉を上げた。


「呼ばれた?」

「ええ。お医者さんを探していたんですって。……橋を通りたいなら、一度屋敷に来なさいと」

「ずいぶん脈絡のない話だ」


 フチがばっさり言った。

 エイリもフチの言葉に同感だ。何故、橋を渡るのに誰かの許可がいるのだろう。


「この橋……ポッツ橋というんですが、代々、ポッツ家という家が管理しているんです」


 ルルは自分が悪いわけではないのに、申し訳なさそうに肩を落として言う。

 話によると、このニール渓谷に架かる橋は2つあり、大きな馬車が通ることができるのは、このポッツ橋という橋の方。だが、管理は国ではなくここに居を構えるポッツ家が行なっており、わりと高めの通行料を通ることで有名だったらしい。


「お医者さんを探しているなんて、初めて聞きました。どうやら、相当困っているようです。治せる自信はありませんが、……診てきたいと思います」


 ルルは自信なさげにしながら、それでもきっぱりと言い切った。医師の誇りが垣間見え、エイリは少し、彼女に対する認識を改めた。


「そして、お願いなのですが!」


 ルルはぎゅっとフチを握った。


「助けてほしいのです。貴方のお薬の知識が活かせるかもしれません」


 フチは半目になった。義理堅い彼に、断るという選択肢はないのだろう。エイリも同じ顔になった。






 ポッツ家の屋敷はニール渓谷の崖っぷちに建っており、屋敷の半分が渓谷にせり出している、変わった構造だった。玄関から廊下まで、荒っぽい木が剥き出しになっており、シナンの城やイースの王宮のように、繊細な装飾などは一切見られない。


 そして、そのささくれ立った壁の前には、必ずと言っていいほど壁のような大きな男達が立って、エイリ達を威嚇していた。どうやら、ポッツ家に雇われている男達らしい。皆、顔に傷があったり指がなかったり、目つきがやばすぎたりと、尋常じゃない雰囲気をまとっている。


「肩の筋肉が発達しすぎて俺は乗っても滑り落ちそうだな」

「……フチ、貴方って意外とユーモアがありますのね」


 耳元でお気楽に聞こえる声に、エイリは溜め息をついた。もともと彼は修羅場慣れしているのだろう。普通はこんな怖い男たちに囲まれたら怖くてたまらないはずだ。

 案の定、ルルはビビリまくってエイリの背中に隠れている。

 そして何故か、その後ろにカイがのっそりとした様子で付いてきていた。


「何で来たんですの?」

『みんな行っちゃったら寂しい』

「貴方何才ですの?」

「エイリ、口が悪いぞ」

「ひっ! こ、こっち見ましたよ!」


 ひそひそ喋りながら屋敷の奥の一室に入ると、パイプを咥えた小柄な老人が、大きなソファに腰掛けてエイリ達を待っていた。


「……数が多いな。全員医者か?」


 眼光が鋭く、いの一番にフチを見つけて驚いた仕草に、エイリはこの老人はただ者ではない、と唾を飲み込んだ。

 案の定、ルルはガタガタ震えて喋れなくなっている。


「老翁、貴方がポッツ家当主か?」


 ルルを気遣ったのか、フチが話し出したので、エイリは慌てて彼を手の平に載せた。

 老人は目を丸くしてから笑い出した。


「なんと! 小人がまともに話し出すとは思わなんだ。いつのまにか世間は変わったのだな」

「ちょっと!」


 憤慨したエイリを手で制し、フチは自分達を紹介し、ルルは医者であること、自分は薬に精通していることを簡単に説明した。

 老人は胡乱げにエイリ達を見やっていたが、しばらくしてから「わかった」と手を振った。


「まあいいだろう。ハナから期待はしていない……お前達のような怪しいのに頼むのも、また一考だ」

「……ずいぶんな言い草ですわね。ご自身の立場を分かっていまして?」


 エイリはイライラしながら言い返したが、フチが首を振って留めてくる。

 老人はエイリをしばらく見て、疲れたように溜め息をついた。


「……私の名はナーシル・ポッツ。診てほしいのは私の妻、ダリアだ。ついてくるが良い」


 杖をつきながら、老人ーーナーシルは部屋の奥の扉を開け、さらに奥の部屋に4人を案内した。

 大きなベッドだけが置いてあり、生活感がない。まるで空気が固まっているような、固い雰囲気の部屋である。

 そして、そのベッドに、1人の少女が仰向けに横たわっていた。

 固まっているエイリ達の横で、パイプをしまったナーシルは低い声で言う。


「ダリア・ポッツ。私の妻だ。何人もの医者に診せても、まるで役に立たん」


 生きているのかと疑いたくなるような美貌の少女だった。肌の滑らかさから、年の頃はまだ20にも届いていないように思わせた。ブロンドの長い髪と揃いの長いまつ毛が、よく見ると時折思い出したように揺れている。

 エイリは青ざめた。


「……サイッテーですわね……貴方、一体何歳ですの? ……こんな若い人を妻って」

「ほんとだな……身の程を知れというか……」


 今度ばかりは小さな声でフチが同意し、ナーシルは顔を真っ赤にして床に石突を叩きつけた。


「黙れ! ダリアは私と同い年だ! ……歳を取らないんだ、50年前から!」

「……」


 どういうこと?とエイリは眉をひそめる。

 ルルがびくっと身体を揺らした。

 ナーシルは苛立ったように吐き捨てた。


「そして、眠ったまま50年、起きない。……どんな著名な医者も匙を投げるばかりだ」






 ナーシルの妻、ダリアの眠りを覚ましてほしいというのが、ポッツ家当主の依頼だった。

 ナーシルが咳をして部屋から出て行くと、代わりにガタイの良い男が4人現れ、それぞれ部屋の隅で仁王立ちをする。エイリ達の見張り役らしい。


「うーん……」


 ルルはベッドのそばの椅子に腰をかけ、難しい顔をしながらダリアの脈を測っている。フチはといえば、ダリアの枕元で背負っていたザックを引っ掻き回していた。


『何か分かりそう?』


 カイが見せた板を数秒眺めてから、ルルは首を振った。


「この方自体からは正常に眠っている、以上の情報は分かりません。脈も安定しています」

「試しに着付け薬を打ってみた。そろそろ変化があっていい頃だが……ないな」


 いつのまにか薬を打っているフチにエイリは呆れてしまった。仕事が早すぎて周囲がついていけないタイプではないだろうか。


「……薬なんか効かねーよ」


 ぼそっと声が聞こえて、振り向くと部屋の隅の男が話し出した。初老に見えるが、鍛え上げられた身体は年齢を感じさせない。


「ダリア様は絶対に目を覚まさない。……だってナーシル様が生きてるからな」

「オイ!」

「……どういうことだ?」


 フチが鋭く言い、止めに入った他の見張り役達は、舌打ちをしながら最初の位置に戻る。

 喋り出した男は、吐き捨てるように言い募った。


「だって結婚してからすぐだ、ダリア様が目を覚まさなくなったのは。きっとナーシル様との生活が嫌だったんだ」

「……そ、その、目を覚まさなくなったと同時に、年を取らなくなってしまったのでしょうか、ダリア様は」

「はっ、年を取らなくなったどころか!」


 男は鼻で笑った。


「ダリア様はその頃から何も食べようとしないし、髪も爪も当時のままだ。まるで時間が止まっちまったみたいに!」

「……」


 エイリは男の言葉を反芻しながら、ダリアにゆっくりと近づいた。

 ベッドに深く沈む身体。密やかに上がっては落ちる胸は、最低限の呼吸だけをしていることを示していた。


 ……本当に、時間が止まっているみたい。


 エイリはおかしいな、と思う。


「エイリ?」

「……私は、理解できませんわ。嫌なら、逃げれば良かったのに」


 男が激昂した。


「逃げられるわけないだろ! ポッツ家はこの辺りで一番の資本家だったんだ。ダリア様は破格の金と引き換えに嫁いだんだぞ。逃げられるわけがない」

「……では、ナーシルか自分の命を断てば良かったのですわ。手を尽くして、この状況から逃げ出せば良かったのです」

「なんだと……!?」


 それなのに、彼女はここでどこにも行かずに眠っている。


 ということは、つまり。


 急に頭が重く感じて、エイリはふらふらとダリアのベッドの端に腰をかけた。


「だから、違うのでしょう」

「?」

「彼女は多分、この状況が嫌で眠っているわけではないと思いますわ」


 ダリアの閉じられたまぶたに、いつのまにか涙が浮かんでいる。

 その雫が目尻から滑り落ちる頃、エイリは頭を抱えてベッドに倒れた。


「……え!? 皆さん?」


 ルルの焦った声を意識の上澄みで聞きながら、エイリは穏やかに意識を失った。眠りに落ちるように。


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