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親指ナイト  作者: 真中39
◇5章:親指は踊る
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9.憂鬱ツバメ、謎を解く

 

 ☆



 ベリィ。


 シータはここ最近、ずっとそばにいた小さな相棒のことを考えていた。シータがシナンの騎士にと望まれた時も、シナンが戦争に負けて崩壊した時も、シータはベリィに相談をしてから自分がどうすべきか決めていた。と言ってもベリィはシータが何をしたいかを引き出して、結局シータの結論を面白がるだけだったのだけど。


 ベリィ。俺は今、何がしたいんだろう。


 エイリはどうやったって自分のものにはならないことを受け入れた。フチには勝てないことを自覚した。アンリにはシナンで密偵として働かないかと持ちかけられた。

 でも、シータにはしたいことがあった。真意を引き出してくれるベリィがいなくても、シータはもう、自分の一番やりたいことが自分で分かるようになっていた。


 ベリィ……お前は、俺にとっての一体何だったんだ?


 シータはそれが知りたい。あの意味深な相棒はきっと、すべてを知っている。





「だからね、僕の部屋が臭いの! ほんとに臭いんだよ! 他の使用人じゃだめだって。みんなあの匂いにやられるもの。君ぐらいだって、勝てそうなの」


 ルルの部屋で酒を飲んでから3時間後。夜も更けて、使用人たちもほとんどが寝静まる頃合いで、シータ達は行動を開始した。

 必死に訴えるアンリの前でおどおどしている兵士は図体ばかりは大きいが、対応を見るに愚鈍な方に寄っているらしい。彼は夜勤の兵士で、レニア家の地下室を守る役目を負っているようだった。


「いいの? 僕イースの王弟だよ? このままじゃ明日の祭典に鼻が曲がったまま出席することになるよ〜」

「それは別にいいだろ……」

「シータさん、しっ!」


 シータはルルと廊下の影に隠れてその様子を窺っている。

 アンリは不可思議なこと捲し立てて兵士を混乱させ、結局その兵士はその勢いに押されて少しだけ持ち場を離れることにしたらしい。

 アンリはこちらにウィンクを投げて寄越したあと、慌てる兵士の手を引っ張ってスキップをしながら奥の廊下に消えていった。


「よくあれでついてったよほんと」

「さあ、行きましょう!」


 レニア家にまつわる伝説の調査。それがシータとルルの目的である。

 アンリは鍵は地下室にあると睨んでいた。何故かと言うと入ろうとしたらめちゃくちゃ怒られたからであると言う。

 王弟のくせにはしゃいだ子供のようなことをすると、シータとルルは呆れ返ったが、まあ他にアテもない。もし収穫がなかったら間違えて迷い込んでしまったと押し通そうと、シータとルルは2人でお互いを納得させた。


 レニア家の地下室はひんやりとして、潮騒の似合う屋敷にそぐわないほど暗く、埃っぽい匂いがした。

 日常的に人が出入りしている場所ではないと、シータの偵察によって培われた経験が告げていた。


「なあ、ルルさん」


 ランタンを持って弓を背負ったシータは、後ろでガタガタ震えているルルを振り返った。

 行きましょう!と息巻いたルルは見る影もなく、階段を降りながら自分の影に悲鳴を上げている。


「ひっ! ひっ! な、なんですか!」

「落ち着けよ!」

「すみません!」


 シータは溜め息をついた。


「……そもそも、何でシフォア人を消そうとしてるんだ?」


 暗闇の中に浮かび上がったルルの顔は蒼白だった。その原因が恐怖だけではないことを、シータは察している。


「……は、母は、シフォア人でした」

「……」

「鏡に向かって唱えることで、自分の知りたいことを知ることができるという力でした。過去や未来のことまでは分からないとか、細かい制約はあったみたいですが……。母はその力で父の事業の大きな助けになり、父は一代でマカドニア随一の資本家となり、……自治区を持つまでになりました」


 ルルは首を振った。


「ですが、アンリ様が先ほど仰ったように、母はその力を欲するカイに殺されました。絶望の淵にあった父はカイへの復讐のためにほとんどの事業を兄へ引継ぎ、自身はシフォア人……ひいてはカイの消滅のために尽力するようになりました。ですが私は、……」

「?」

「ずっと、母やその力を利用した父そのものが間違っていたと、心の奥底で思っていたのかもしれません」


 ルルは滔々と語る。

 シフォア人として、ルルの母の力は絶大だったが、もう一つの力はその姿が醜く変わり果てていくことだった。父はそんな母を受け入れ愛したが、母はルル達子供に見向きもしなくなり、ひたすらに父に傾倒し、依存するようになっていったという。

 ルルはそんな母と父が嫌いだった。


「そんな力など無くたって、家族は幸せだったと、子供の私は思っていたのです」

「……」

「だから、私はもちろんカイが憎いですが……シフォア人そのものも、元から憎んでいたのかもしれません」


 階段を下って、分厚い扉が現れた。

 シータはゆっくりとその引き手に手をかけたが、ルルの言葉は続いていた。


「そう思うようになれたのも、フチさんのおかげです」

「またあいつかよ」

「私、フチさんが好きです」


 びっくりして振り返ると、ルルは眉根をひそめて険しい顔をしている。


「不毛すぎて自分に呆れています」

「……そ、そうか」


 全然気づかなかったシータにとって、それは少なくない驚きだった。ルルはフチに対して態度が変わるようなこともなかったからだ。

 ルルの顔は、まるで自分が悪いことをしてしまったかのような、後悔の表情だった。


「ダメ元で言ってみれば良いのに」


 あのフチのことだから、きっぱりさっぱり断るのだろうが。

 思わず言ってしまった言葉に、ルルはちょっと笑ってから急に目元を拭った。


「そんな自分がすっきりするだけの自己満足なんて、絶対嫌です。……って、ずっと言いたかったんです、私。シータさんならそう言ってくれると思ったから……」

「……」

「甘えました。すみません」

「……謝るなよ」

「すみません」


 ルルは拭っても拭っても消えない涙に辟易したように、肩を落として溜め息をついた。





 地下室は広く、真っ暗で埃臭い陰気な場所だった。四方の壁が本棚になっており、本や書類がうず高く積まれている。中央には豪奢な机と椅子が鎮座しており、血判の押してある契約書のような書面がそこらに散らばっていた。


「うえ」


 そしてその机の上には、何かどす黒いものがこびりついた大量の試験管やガラス瓶が置かれている。

 シータはあえてそこを見ないようにしながら、不穏な音を立てる心臓を無視してランタンを掲げた。光に踊る大量の埃がよく見えた。


「怖いです……死んじゃう……」


 ルルはとはいえば完全に足が止まっており、シータが呼ぶと泣く泣くルーペを取り出して遠くから書類を眺めるようになった。


「シータさんがいなかったら失禁してました……」

「そういうことを言うなよ」

「シータさんはどうして一緒に来てくれたんですか? 喋ってないと気がおかしくなりそうです」

「……」


 シータはちょっと考え込みながら何の気無しに棚から本を1冊抜き出し、パラパラとめくりながら取り留めなく、話し始めた。


「確かめたいんだ、シフォア人の真実を」

「……」

「確かめて……ベリィに会いたいんだ。ルルさんは会ったことがないと思うけど、俺の親友だったんだよ」


 会って何を話すのかはまだ決められていない。でもシータは多分、ベリィがシータと一緒にいた本当の理由を知りたいのだ。


「アンリは寄生虫って言ってたけど。ベリィがそれだって確信もないけど、……ベリィはそんなんじゃないって、確かめたい」


『ボクはベリィ。多分、ボク達きっと大親友になれるよ!』


 そう言って笑った相棒がシータの何かを食っていたなんて、思いたくなかった。とどのつまり、シータは相変わらず目の前の感情に振り回されるばかりで、それが彼の行動の指針であった。

 ルルはしんみりしたシータをおどおどしながら一瞬だけ見やったが、次の瞬間には契約書を指差して目を丸くしていた。


「これ……!」

「あんた本当にどうでも良さそうだな……俺のこと……」

「いえ、いえいえ! これ見てください!」


 言ってルルが指さした契約書には、ネド王家の紋章が刻まれていた。


「比較的最近ですね……ネド王家はレニア家に対して巨額の資金援助を行っていたようですが……それが15年ほど前に打ち切られています」

「?」

「『当初の契約に反故が生じたために』……。シータさん、レニア家は代々、シフォア人を輩出することによって栄えていた一族だったようですね」

「???」


 ルル曰く、レニア家はシフォア人を生み出すことのできる力を持った血族だったらしい。それによってネドを陰から支え、レニア家はネド王家の支援も受け栄華を極めたらしいが、どうやらそれは過去の話。近年になって、何が理由か不明だがその力を扱えなくなったレニア家は、ネド王家から代々行われてきた資金の提供を受けられなくなったらしい、とのこと。


「貧乏で困ってんのか? レニア家は。エイリに貸してくれる金もないかもな」

「……」

「……じゃあ俺に『願い事があるか』って聞いてきた婆ちゃんは、エイリの親戚ってことか?」

「……親戚というより祖先の1人、かもしれません」


 ルルはそれきり真っ青になって考え込んでしまった。

 頭の良い人間はどうして断片的な情報だけでそう色々と考え込めるんだろうと、シータはルルを放っておいて、手に取った本を読むことにした。それは本というよりは、びっしりと細かな字が書き込まれた日記のようだった。かなり古く、インクがところどころ擦り切れていて読みにくい。


 ……ストーリィの新種を確認。……塔の内部及び外部を意思の力によって操作……毛髪が切断できず、伸び続ける反作用……軍事利用に有用と判断……。


「分かるかこんなの!」


 シータはイライラして日記を投げそうになったが、なぜか不意にエイリの顔が浮かんで、再び日記に目を落とした。


 ……語り部が災厄と遭遇。語り部は脳および体幹の大幅な損傷によって一時的に死亡。6時間後に蘇生。蘇生までの時間が伸びていることから次代への引き継ぎの開始を検討……。


「なんだこれ」


 シータはいつのまにか口の中がカラカラに乾いていることに気がついた。


 死んだ後に生き返った?


 それってエイリもそうじゃないかと、残酷な自分が頭の中で囁いた。反対に、考えたくないとも叫ぶ自分がいる。

 なんだかとても恐ろしいことが書いてあるような気がして、手の中の日記が汚らわしく感じて、シータは思わずルルを呼んだ。


「?」


 返事はない。

 ルルは怖がって部屋の入り口付近から動くことは無かったから、シータは首を傾げながら振り返って目を剥いた。


 ルルはいない。

 その代わり何よりも怖気を感じさせたマスクの男が、ルルのいた場所で棒立ちのまま、にやにやとシータを眺めていた。






 シータは青空の下、甲板の上で喉が枯れるくらい叫んでいる。


「ふざけんな!!!」


 身体中の血が沸騰したように熱い。怒りで頭がクラクラする。


 シータを縛り上げたカイは相変わらずおぞましい笑顔で、甲板に転がるシータを見下ろした後、固まったままのエイリに視線を移した。

 エイリの顔はこの上なく真っ青だった。いつか見たように瞳がぐらぐらと揺れている。シータのもう二度と見たくないエイリの表情だった。


『大切な人が増えたんだよね? エイリ。よかったね。僕にも君にも』

「……カイ、やめて」


 船の縁に後ろ手に縛られているシータの頭の上には、きらきらと日光を反射する氷の剣が浮かんでいた。それは実は3本目で、前の2本はシータの頬や肩を切り裂きながら、木の床に突き立っている。


「出来ないよ、……」


 エイリは細かく震えながらシータとカイを交互に見て、カイに懇願する。

 シータの胸が引き絞られるように痛んで、泣きそうになった。


『早く、エイリ。じゃないと大切なシータが死んじゃうよ?』

「出来ないんだってば!」


 やめてくれ。こんな奴の言いなりになるなんて。


 エイリの弱みになりたくてここまでついてきたわけじゃない。シータはそう訴えたけど、この場にいる誰一人、それは聞いてもらえなかった。

 隣には気絶しているルルがいて、床に散らばった彼女の長い髪にも、いくつもの氷の剣が突き刺さっていた。


『ほら、願って、エイリ』


 カイがまた黒板に字を書き連ねた。エイリは胸の前で手を組んで、その手の血の気は失せている。


『僕の願いを叶えてよ。フチに奪われた力をもう一度、僕にちょうだい』

「……!」

『"誰かのために生きられる"シフォアだよ。良いかい? これで僕は、あの人のために、また、生きられる』



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