エピローグ.エゴ天使と永遠妖精
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シータ・シーカーシニアは木に縛られたまま、しばらく項垂れていた。さわさわと木々が揺れ、シータの心中とは裏腹に、穏やかに時は過ぎていく。
こんな領土の端に、そう簡単に旅人が通りかかるわけがない。このまま馬鹿みたいに待つ選択など、シータには考えられない。
「シータ、やられたねえ」
ややあって、鈴の鳴るような声がシータをおちょくった。
シータは憮然とした表情で、うるさい、と言い返す。
「八つ当たりしないでよ。最初から最後までキミの負けだよ。あの子何にも考えてなさそうなのに、ちゃんとシータのこと覚えてたんだね」
そう言いながら、シータの外套の首元から、小さな小さな少女が飛び出した。背丈は、およそ親指と同じ大きさであり、その背中には半透明なつるりとした羽が二対、備わっていた。
「これからどうするのさ?」
少女は羽をパタパタとさせ、緑色のワンピースを揺らしながら浮かび上がった。項垂れたままのシータの肩の上に腰かける。
「あの話が本当なら、キミはもう、そりゃあ無駄なことをしていたことになるけど」
「うるさい」
「……うーん、へこんでるねえ」
華奢な足を組みながら、可愛らしい少女は頬杖をついた。その視線は、シータを面白がって見つめることはあれど、失望は決してしないことを、シータは思い出した。
ゆっくりと顔を上げるシータの目に、光が宿る。
「まずは、シナンに戻る。宰相スバルの情報を確認する。多分、あいつの話は正しいような気がするけど」
「うん」
「そして……あの女を追う」
「なんで?」
シータは言い淀む。不可思議な感情に名前をつけられるような心の余裕はまだ、ない。
なので。
「復讐してやるんだ……俺の力をいいように使い、強引に従わせ、俺のプライドを踏みにじった!」
エゴでしかないその理由を、少女はクスクスと笑った。
「良いね! とっても単純だ。ボクはそういうのが大好きだよ」
シータは横目に頷いた。長い付き合いで、この少女がシータのこういうところを気に入っていると知っている。
「手伝え、ベリィ」
「もちろんだよ」
ベリィと呼ばれた少女は、少年のように悪戯っぽく微笑んだ。
「それに、ボクも興味があるんだよ。……あのフチって騎士に」
「俺もベリィ以外に初めて見た、あんな小さな人間……いや、人間なのかも分からないけどさ」
「うふふ。とってもセクシーじゃない?」
シータは眉間に皺を寄せる。全く共感できなかったからだ。でも大概はシータにしか興味の湧かないこの相棒が、珍しくフチという男には興味を寄せている。何故だろう。
とりあえずまあ、それは後にして、ここから抜け出さなければならない。
シータは身体を捩らせ、地面に足裏をくっつけた。
「どうするのさ?」
「飛んで沈んで木肌にゴシゴシやったら縄も切れるだろ」
「キミって本当賢いね」
「他にやり方ないだろ!」
ベリィはややあってから「確かに」とにやにやして、シータはしかめっ面をした。