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親指ナイト  作者: 真中39
◆4章:廃墟と笛吹き、断罪と消滅
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11.デジデリ・ミテの笛吹き男

 

 ☆



 フチはいつものように考え込みながら、理路整然とこう述べた。


「ガクは、自分がメルンから愛されているが故にメルンの力を彼女から授けられたと言ったろう。エイリの話を聞く限り、ガクがメルンと恋仲になる程交流を重ねていたとは思えない。おかしい。そしてメルンは亡くなる直前にその力を失って、その後ガクと会うことはなかった。力をもらったと言うのはおかしい」

「……」

「つまりガクは思い込みによって記憶を改ざんしている。もしくはそう思わされている可能性が高い」


 シータは呆然としていた。


「……もっと色々あるだろ……」


 エイリの壮絶な過去の話を聞いて何でそこまで冷静でいられるのか。

 シータなんかガクのことなどすっかり忘れて、エイリになんと声をかければ良いのか散々頭を悩ませていたところだと言うのに。

 対してエイリといえば、やはり予想通り、ぼーっとしながら「そっか」とだけ言った。

 それ見たことかとシータは内心舌打ちしたが、フチは構わずにソルを呼び、どう動くべきか2人に相談を持ちかけてきた。


「だが、ガクが彼女と同じ力を持っていると言うのはその通りらしい。操られたジィリアと同じく、男たちが遺跡の出口を塞いでいる。近隣の住人とかではなく、その辺のゴロツキのようだ。腕っぷしに自信がありそうな奴らばかりだと、ソルが言っている」

「……」

「俺としては早急にここから脱出するべきだと考える。エイリはジィリアを救うためにここに向かうべきだと言ったが、ガクの目的がエイリの殺害ならば、まずはエイリの安全を確保すべきだ」


 いつの間にかシータはつられていた。そうだ、敵とエイリの関係が分かり、エイリの身が危ないのならば、まずは安全にここから逃げ出して一旦作戦を立て直した方が良い。今の自分たちはあまりにも準備がなく、状況も悪い。


「俺、囮になるよ。大体の地形は把握してるから、あんな抜け殻みたいな奴ら、何人いたってすぐに撒いて合流できるよ」

「方向音痴なのにか?」

「うるさいな!それ今べつに言わなくてもいいだろ!」


 そこで急に、エイリがべちゃっと音を立てて尻餅をついた。気が抜けたらしい。


「エイリ!?」


 しっかりしろよと言いながら腕を引っ張ると、エイリは目を瞬いてから頷いた。それからややあって鼻をすすり、何度も何度も頷いた。


「うん、うん、うん……」

「……」

「ありがとう……」


 シータも何だか泣きそうになり、一瞬だけ湿っぽくなった空気。

 いつのまにか彼女の頭に登ったフチが、よし、と何の気合いか分からない声を入れて、短く作戦を説明した。






「お前いつの間にそんなことしてたんだよ!」


 フチの語った切り札に、シータは仰天した。あいかわず抜け目のない男だ。


「ルルの屋敷で時間はいくらでもあったからな。……エイリ、そっちはどうだ?」

「大丈夫、誰もいないよ」


 シータとフチから少しだけ離れた場所で、エイリは壁の向こうの様子を探っていた。

 降り続ける雨は多少強さを増して、デジデリ遺跡に吹き込むようになって聞いた。周囲に変化は未だにない。

 ガクはやはりシナン人らしく、マカドニアの土地に不慣れであるためにエイリを探すのを手間取っていると思われる。


 フチはソルの背に乗って自らが囮になることを申し出た。

 空を飛べるフチの方が、走って移動するしかないシータより格段に生存率が高いとのことで、それは確かにそうだとシータもエイリも納得した。

 フチがガクを撹乱している間にシータとエイリはデジデリ遺跡から抜け出し、ルルの屋敷とは反対のノイ砦で落ち合うことに決めた。これ以上ルルを巻き込むわけにはいかなかったからだ。

 厄介なのはガクの笛で、それは苦肉の策で外套を切り裂いて耳栓をするぐらいしか、対策が思いつかなかった。幸いにも雨音で紛れやすいが、所詮気休めだ。


 シータの手の平の上で、フチは腕を組んでシータを見上げていた。


「お前は何があってもエイリから離れるな。絶対に守れ」

「言われなくてもやるよ。お前よりよっぽど」


 シータはイラッとして思わずキツい口調で付け足したが、フチは笑った。

 その態度に、そんな場合じゃないのに、昼間の怒りが再燃する。


「お前はそのままイースに帰れよ」

「……帰らないと言っただろう」

「エイリとずっと一緒に暮らせる身体じゃないくせに。エイリにすがりついて、どうする気だよ」

「……べつに一緒に暮らさなくたっていい。俺はただ、エイリの役に立てれば……」

「夢見てんなよ」


 フチは押し黙った。シータは言いすぎたと気付いたが、今更止まれない。


「お前は記憶を失って、今度は手近なエイリについていくことにしただけだろ。……お前、ほんとは気付いてるだろ。将来、エイリが好きな男ができたときにはどうするんだ? 俺にするみたいに邪魔するのか?」

「……」

「エイリは今はお前に惚れてるみたいだけど。この先どうなるか分からないだろ。……そのとき辛いのは、エイリだろ。よく考えろよ」


 そのときやっと、羽根を休めていたソルがバサバサと音を立てながらシータの頭の高さに降りてきたので、シータはフチをソルの方に放り投げてからエイリに駆け寄った。言われなくても絶対に守ると、エイリの華奢な背中に声をかけた。


「行こう、エイリ」

「うん」


 エイリはソルの背中にいるフチを心配そうに見やる。


「フチ、ごめんね。……絶対に、危ないことしないでね。危なくなったらすぐに逃げてね。ソルもよろしくね。フチを守ってね」

「心配するな。大丈夫。ガクもソルまでは追えない」

「……うん」

「また会おう」


 フチは短く挨拶し、ソルは間抜けな声で一声大きく鳴いてから、開いた石の隙間から一瞬で天高く飛び上がった。

 辺りに散らされる白い羽根の中で、エイリは一瞬だけその方向を見て目を細めた。

 そこに込められるエイリの感情に、シータは腹の奥がチリチリと痛むような激しい嫉妬に襲われた。抱きしめて守れるのはあの男でなく隣にいる俺なのに、なんでエイリは手に入らないんだろう、と。思い上がった感情だとは分かっていても、時折、堰を切ったように不意に溢れ出して止まらない。


「行こう。シータ!」

「ああ……ってちょっと待て! 転ぶぞ!」


 急に走り出したエイリを、シータは慌てて追いかけて自分が転びそうになった。






 デジデリ遺跡はにわかに騒がしくなった。が、未だにシータとエイリは誰にも遭遇せずに遺跡の中を息を潜めながら移動していた。

 男の怒鳴り声が聞こえるような気もするが、遠く離れた位置だとシータは推測し、そこから離れるようにルートを選んで出口を目指す。


 先に行くエイリを見ながら、彼女が淑女らしくなく身軽なのはメルンのおかげだったのだと、シータは内心先ほどのエイリの話を思い出していた。

 中庭に現れなくなった8年間、彼女はどれだけ復讐に身を焦がしたのだろう。シータに分かるわけがなくても、聞いているだけで胸を掻き毟るほど辛かったのだ。もっともっと辛かっただろう。かける言葉も、シータには見つからなかった。


 出口まで差し掛かったところで、エイリの身体がびくんと跳ねて急に止まった。

 その背中につんのめりそうになったシータは、エイリの向こう側に見える人影に喉を鳴らす。


「……ジィリア」


 イースの女性騎士は、先ほどと変わらずに虚な目で2人の前に立ち塞がった。銀の剣が雨の中、鈍く光を反射する。

 彼女の奥には何人かの男たちが同じように首を傾けながら、遺跡の出入り口を塞ぐようにして突っ立っていた。


「……ガクに伝えろ。エイリはここにいる」


 ジィリアの男達への簡潔な指示に、シータは背中に冷や汗をかいた。ガクの方に向かおうとする男と、エイリを捕まえようとする男たちに別れ、彼らはゆっくりと、だが的確にシータとエイリを追い詰めた。


「フチ!」


 シータは作戦通り声を張り上げた。遥か上空にいるフチには聞こえなくても、ソルにならきっと届くはずだ。


「ウアアア!」

「……!?」


 突如聞こえた獣の声に、男たちは歩みを止めた。

 次の瞬間に、遺跡の周りの森から飛び出してきた黒い塊たちが、一斉に男たちに襲いかかった。

 それは猪と狼の大群である。


「なんだ……!?」


 フチが一斉に指示を出したのだ。

 彼と契約を結んだ獣たちは、男たちを地面に押し倒してから嬉々としたように雄叫びを上げた。


「妙な真似を……!」


 ジィリアは唇を噛んだが、次の瞬間には驚愕の表情を浮かべて自身の足元を見下ろした。

 シータの放った矢が、深々と彼女の太腿に突き刺さっている。


「エイリ! 行くぞ!」

「うん!」


 シータは鋭く声を上げ、2人は出口に向けて駆け出した。

 その時だった。


「ーー……」

「!」


 雨音に紛れて笛の音。

 それは、不気味なほど切ない音色だった。


「シータ!」

「!」


 エイリの悲鳴に近い声に、シータは反射的に耳を覆う。

 間違いない、ガクが笛を奏でた音だ。


 まずい! 操られる……!?


 だがしかし、ガクが操ったのはシータでも、エイリでもなかった。


「ヴヴ……」


 周囲の獣達が、ゆっくりと頭を振りかぶりながら、シータとエイリを見つめてくる。


「……おい、エイリ……」


 ……まさか、ガクは動物まで操れるのか。


 考えてもみなかった最悪な状況に、シータはゾッとしてエイリを振り返ったが。


「フチ!!!」


 エイリは来た道に疾駆していた。

 シータは驚愕に顔を歪めるが、さらに彼女の向こうを見て声も出せずに驚いた。


 小さな黒い塊が上空から凄い勢いで落ちてきた。フチだ。

 ソルはどこにもいない。


「フチ!!!」


 エイリがまた叫び、彼を受け止めようと手を伸ばす。

 そして遺跡の横の角から、黒い不吉な塊がゆっくりと這い出てきたのが、シータには見えていた。

 黒い円筒形の筒は、男達が3人がかりで引っ張ってやっと動くほど大きなものだった。あれは、シータはシナン城でしか見たことがない。


 大砲だ!


「エイリ!!!」


 シータの目には、全てがひどくゆっくり見えた。

 エイリが大きく飛び上がってフチを受け止めた瞬間、大砲の口が不気味に戦慄きーー。


 嘘だ、と思った。

 シータの目の前で、正真正銘、爆発が起きた。


「……!」


 シータは立っているのがやっとだった。

 地面は大きく揺れ、風圧に目を開けていられず、顔を腕で覆い隠した。飛んできた石で身体のあちこちに痛みが走るが、そんなことには気にもつかず、シータは目を開けた。


 遺跡の入り口から伸びる石の道の真ん中に、エイリが倒れている。


 嘘だ、嘘だ、嘘だ。


「エイリ!!!」


 駆け寄ろうとして、転がった石に躓いてシータは大きく転倒した。胸が悪くて吐きそうだ。

 倒れる直前に見た光景が恐ろしくて、起き上がることが出来ない。


「エイリ……」


 シータがのろのろと顔を上げたときには、エイリを中心に大きな血の水溜りが広がっていた。

 エイリの着ていた外套は爆風によって弾け飛び、ワンピースもすでに役割を果たしていない。特に腹部は剥き出しになって、夥しい血の量によって真っ黒に見えた。華奢な腰が大きくえぐれ、腕があらぬ方向に曲がっている。


「嘘……」


 どう見ても、死んでいた。


 いつのまにか雨は止んで、不自然なほど素早く雲が捌けた。

 夜空にぽっかり浮かぶ満月の中、遺跡の高い位置に、ガクのシルエットが浮き出ている。


「……」


 ガクは何も言わず、何の表情も浮かべていない。まさに虚無。彼に操られている人間よりもずっと、ガクは空っぽに見えた。あれだけ望んだエイリの死を叶えたというのに、これっぽっちも喜んでいなかった。


「ーー……」


 しばらくしてから、ガクは再度笛を奏でて、それを聞いた男達はぞろぞろと並んで移動を始めた。

 月夜の中、その異質な集団は、どこへ行くのだろう。


 どこでもいいかとシータは思った。

 そんなことより、目を離した隙にエイリが生き返っていないかと、一縷の望みをかけて、その方向に目を戻す。せめて近くへ行きたいとも思いながら。


「……?」


 エイリは全くさっきと変わらず、死の気配に色濃く侵食されていた。


 ただ。


 仰向けに倒れた彼女に覆い被さるように、1人の男がエイリのそばに膝をついて、鼻の先が触れ合うほど真上から見つめている。

 艶のある黒髪に、ぎょっとするほど明るい緑の瞳。大きさを変えた見慣れた男。


「……」


 フチは、まるで彼も死んだように、瞬きも呼吸もせず、ただひたすらにエイリを覗き込んでいた。


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