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親指ナイト  作者: 真中39
◇3章:嘘つき子供の涙と決意
31/67

エピローグ.疑念の淑女と怖れる騎士

 



「皆さん、本当にお世話になりました」

「感謝してもしたりないくらいなの」


 エイリがルルも驚く速度で回復し、歩けるようになってから数日後。

 グローアとトルク、そしてアリアは、北のセイリーン自治区の孤児院へ向かうこととなった。屋敷の大きな門の前で、馬車に乗る前に見送りに来たエイリ達に、彼らは深く頭を下げた。

 すでにアリアは馬車に乗り込んでおり、虚ろな様子で窓からこちらを眺めている。結局最後まで、彼女は大人たちと言葉を交わすことはなかった。


 グローアとトルクは、アリアに元気になってもらえるように頑張る、と張り切っていた。彼女の心の傷は深いから、無理を強いないように、ゆっくりと。


 エイリは気丈な姉弟を内心で応援しながら、アリアに笑顔が戻る日がいつか来ればいいなと、強く思った。


「元気でな」

「……シータさん、別人のようですね、本当に」

「ちょっと格好いいの」

「だから言ってただろ。俺は大人だったんだって」

「信じられなかったの、あらゆる意味で」

「……」


 姉弟はシータと軽口を叩きながら、荷物の積み込みが終わるまで、そこを離れようとしなかった。そしてエイリの方を見上げて、何度目かも分からない謝罪をする。怪我をさせてしまって本当にごめん、と。


「謝らないでくださいませ。……孤児院で、たくさん友達が出来ると良いですわね」


 グローアとトルクはその言葉に顔を見合わせ、穏やかに微笑んだ。


「僕たち、割と立ち回りは器用なので、その辺りの人脈づくりはお手の物です。孤児院にも慣れたものですよ」

「心配しなくても大丈夫なの。あとトルクはもう弟じゃないの。もはやどっちが孤児院の覇権を握るかの争いが起きるの。今から楽しみなの」

「相変わらずですわね……」


 そして最後に、手の平にフチを招き入れ、彼らは陽光のように明るく笑い合った。


「フチさん。本当にありがとうございました。最初はやばい人だと思いましたが、貴方を頼って良かったです」


 フチは最初から最後まで、穏やかな口調で小言を言いながら、姉弟に別れの挨拶を告げた。


「俺はずっと失礼な子供達だと今も思っているが……。まあ、頑張れ。しんどくなったら誰かを頼れ。見返りを求められたら別の奴を頼れ。トルクもグローアも、賢くて力があると、俺は思う。上手くやれるはずだ」

「……」

「フチさん」


 トルクが急に泣き出した。


「あの、僕、フチさんみたいになります。いや、小さくなりたいわけじゃなくて」

「……言われなくても分かるが」

「誰かを助けられる大人に、なります」

「……それは、嬉しいな。頑張れ」


 グローアも顔を覆って泣き出し、御者が気を使ったようにおどおどと声をかけてくるまで、姉弟は静かに泣いていた。

 エイリは彼らとフチを見て、自分が憧憬を感じていると思った。エイリも昔、焦がれた人がいて、彼女のようになりたいと、今でも思っている。


 やがて見えなくなっていく馬車を見て、エイリはある思いが胸の内に湧き上がるのを、ゆっくりと感じていた。





 部屋に戻ってから、再びルルの診察を終えたところで、エイリは鳥による強襲を受けた。


「グエーッ!」

「!?」


 エイリはベランダのある客間をあてがわれていて、今日は天気が良かったので窓を開け放っていた。白い鳥はそこから侵入したようで、バッサバッサと羽根をはためかせながら、エイリの頭の上を旋回する。

 なんなの!とエイリが怒る前に、鳥の背中からフチがひょこっと顔を出した。


「ごめん、エイリ!」

「フチ?」


 フチはエイリの診察の間、気を使って部屋から出て行くので今までどこにいたのかエイリは知らなかった。だが鳥の背中に乗っていたとは。


「友達になったの?」

「これが、友達に、見えるか?」

「グエーッ」


 フチと白い鳥は部屋の絨毯に転がって激しい攻防を展開した。

 あんまりにも双方必死なのにどこか間抜けなその姿に、エイリは久しぶりに声を上げて笑ってしまう。


 しばらくして決着がついたのか、鳥は身体に細いベルトのようなものをフチに巻き付けられ、テーブルの燭台の上で毛づくろいを始めた。どうやらフチお手製の、馬でいう鞍のようなものらしい。


「勝った」


 フチはちょっと得意げにエイリに説明してくれた。


「1日1本のニンジンで雇用した。名前をソルという」

「……あ、この鳥、ローリアンの屋敷でも見かけた子?」

「うん。ライアの友達だったんだ。彼女がコイツを遣わしてくれた。力が強く、俺が乗っても特に変わりなく空を飛べる」


 ソルと呼ばれた鳥は、不満げに羽根を突いている。確かに空を羽ばたく鳥の力を借りられれば、フチの移動は格段に便利になるはずだ。

 エイリはちょっと落ち込みそうになった。


「じゃあもう、私の肩には乗らないの?」

「いや、疲れるからたまにだけっていう契約だ。ニンジンだってタダじゃないのに割りを食う……。まあ、悪いが、変わらず世話になる。怪我が治るまでは乗らないつもりだが」

「そっか!」


 うふふ、と笑ったエイリを数秒眺めてから、フチは乱れた頭を直した。そして俯きながら、数段落ちた声のトーンで言った。


「あー、エイリ」

「?」

「ちょっと相談があるんだが」


 エイリは身構えた。

 フチがこういう様子になるのは、相当深刻なことがあって、それをエイリと共有するときだ。

 一体何があったのか、エイリの胸がぎゅうと絞られたように痛む。


「えっ?」


 だが急に、フチはベッド脇のテーブルでマントを落とし、詰めっぱなしの制服の襟を緩めた。

 そのまま服を脱ごうとする姿に、エイリは混乱してから真っ赤になる。


 え!? なに? 何で? 脱ぐの!?


「エイリ」

「へ!?」


 フチは脱ぎかけのままエイリを振り返り、動きを停止した。エイリが真っ赤な頬を抑えてフチを見つめていることに、一拍遅れて気づいたらしかった。


「あー、あ、ごめん。そんなに良いものじゃないが。男の裸なんて大して価値もないと思うし……」

「……え! いや、あ、ごめんなさい! そんな気はなくて!」


 エイリは焦りながら、ベッドの上で後退した。恥じ入ったからである。いくら好きな相手だとて、自分は何て反応をしてしまったのか。フチだって嫌がるに決まってる。


「……は、はは」


 フチの愛想笑いのような声に心が折れそうになったエイリは、涙目で彼を盗み見た。


 ああ、ほら、やっぱり、ベリィの時みたいにドン引きしてる……。


「いや、ごめん、俺、ちょっとこれは急だったな」

「……」

「ごめん……」


 エイリは固まった。

 耳まで赤くなったフチが、制服を綴じて下を向いている。どう見ても照れていた。

 フチの赤面なんて見たことがないエイリは、言葉も出ないまま、脳内にわっと単語が溢れかえった。


「いや、エイリは悪くない。……出直してくる」

「え!?」

「すぐ戻る」


 そのまま踵を返して、不満げなソルの背中に飛び乗り、フチは部屋から出て行ってしまった。

 なんなの、とエイリは膝を抱えた。


 嫌そうじゃなかった! すっごい照れてた! 何だったの! ……嫌がってなかった! これ大事!


 やかましい脳内をしゃっきりさせるために、エイリはまるまる5分間使ってしまった。





 5分後、戻ってきたフチは咳をしてエイリのベッド側のテーブルに立っていた。口がへの字になっている。

 エイリはちょっと申し訳なくなり、反省の意を示した。


「ごめん……。浮ついてる場合じゃなかったね。大事な話があるんだよね?」

「いや、説明もしない俺が悪かった。見てほしいものがあったから。卑猥な意味ではなく」


 フチはそう断り、今度こそしかめ面をしながら上着を脱いだ。そして「これ」と言いながら自分の胸の中央を指す。

 ただでさえ小さなフチの身体に、エイリは目を凝らすしかない。

 だが、フチの言うそれは、案外簡単に見つかった。


 心臓の真上に、黒い蝶のような痣。それは美しいようでもあり、恐ろしいようでもある。


「ライアを手にかけて、動物達の声が聞こえるようになった。これは多分、その時に現れた」

「……これ」


 エイリは目を見張った。既視感があったからだ。


「気づいたか」

「カイの身体にあったのと、おんなじ……」


 海のような掴めない男、カイ。水中でしか息が出来ず、寝る時には常に水の中で浸されていた。そんな男の身体には、確かに同じような模様の痣が刻まれていたはずだ。


 エイリはゾッとした。

 カイの痣は蝶だとも分からないほどの夥しい量だった。


 フチが静かに、だが確信を持った様子で言う。


「推測だが……カイはきっと、何人ものシフォア人を殺してきたんじゃないかと、思っている」

「……」

「ライアを殺して、俺はライアの力を手に入れた。ライアのように、嘘しかつけなくなるわけでもなく。ーーであれば、カイは、一体どれほど普通の人間にはありえない事が出来るのだろうと、俺は怯えている」


 フチの明るい緑の瞳が、光を湛えている。

 エイリは不穏な様相を見せ始めた世界に、否応無しに自分が巻き込まれていくような、そんな気がした。



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