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親指ナイト  作者: 真中39
◇1章:語り部は1人
3/67

3.可哀想な覚悟の騎士

 

 ◇



 エダは言葉をぶつけるように、乱暴な言葉尻で言う。


「そもそもそんな身体のアンタが普通の騎士と同じか、それ以上の待遇を受けてるのがおかしいのよ。前王のお気に入りだか何だか知らないけど、くだらないわ」

「……」

「マシュー様は正しく実力を評価してくださる方よ。アンタが足手まといだって、そういう決断を下されたのよ!」


 エイリは、手の平の上のフチの背中を眺めていた。


 ーーなんて可哀想なひと。


 エダが興奮してまくし立てているのを、フチは言葉なく聞いている。詳細は分からないが、どうやらこの小さな騎士は、仕える王に裏切られ、秘密裏に殺される運命にあるらしい。

 エイリと共に。


「諦めなさい。調子に乗りすぎたアンタが悪いのよ。マシュー様は、イース王は、アンタとあばずれの暗殺を命じたわ。他でもない、私に!」


 声高らかに宣言したエダは、今度はお前だとばかりに、エイリを睨みつけた。


「やっぱり聞いた通りの乱暴で下品なネド人。少しは腕が立つようね。その見た目で何人の男を籠絡し、罠に嵌めてきたのかしら。……我が王ですら!」

「……貴方が急に襲いかかってきたので反撃しただけですわ。それに……」

「うるさいわ! 私は、マシュー様から全て聞いているのよ!」


 エイリはスッと顔を引き締めた。まだだ。まだ、ここでぶちまける訳にはいかない。


「何が『失礼をした』よ。マシュー様を誘惑し、油断させた上で暴行を働き、怪我をさせたくせに……!」

「……それで、私を殺せと命じられたのですね。あの方は」


 エダは憤怒の表情を浮かべたまま頷いた。

 エイリは冷静を心がけ、殊勝な様子を装ってエダに尋ねる。


「もともと、私を祖国に帰す気はなかったのですね。だから二人という少数で私を護衛するという案が持ち上がったと」


 そもそもエイリもある程度を察していた。

 あの傲慢で視野の狭いイース王に蹴りを入れた時点で、その場でお尋ね者にならずに、次の日には素直に祖国に帰してくれるだなんておかしいと思っていたのだ。なんてことはない、全てすっ飛ばして葬ってやろうと考えただけなのである。あの馬鹿は。


「そうよ。しかも厄介払いしたかった騎士まで一緒に殺して、事故扱いにすれば、誰も何も疑わない」

「そうですわね」


 エイリがエダに合わせて頷いたところで、エダが気味が悪そうに身体を引いた。


「なんだ、お前……?」


 どうやら、あまりにも冷静に同意をしてくるエイリが不気味に映ったらしい。


「なぜそんなに落ち着いていられる?」


 エイリはにっこりと微笑んだ。が、口の端が引きつって不自然な笑顔になった。


「それはもちろん、貴方がどうしようもないお馬鹿さんだからですわ」

「は?」


 エダはぽかんと口を開け、舟番の男達も互いに顔を見合わせた。


「同じ女性として、分かって頂けたかと一瞬期待致しましたが、無駄でしたわ。……貴方はイース王から私が彼を誘惑した上で乱暴を働いたと聞いて、信じたのですね?」

「……」


 沈黙を肯定とみなして、エイリは続けた。


「何故でしょう? 私には全くメリットがありませんわ。それに、王を誘惑して油断させて殺すなら、股間に蹴りを入れるなんて()()()()方法はとりませんわ」

「それは……」

「私は感謝しておりました。シナンの城の中で囚われの生活を送り続けていた私が、それから解放されたのですもの。……なんという幸運かと、一人喜んでおりましたわ。昨晩、夕食の宴に招待していただく時までは」


 エイリは話しながら自分の腕に力が入るのを感じた。

 昨晩、突然エイリに馬乗りになった男の下卑た顔を思い出す。


「愛妾の手管を見せろと突然襲いかかってきた男に、蹴りを入れてやるのは、正当防衛と思いますわ」

「……」

「イース王が私を身請けするお話も、正直考えておりましたわ。ですが、きちんとした手続きを取っていただかなければ、ぜんぜん、全く、納得出来ませんわ!」

「いたたたたた!」


 手元から悲鳴が聞こえ、エイリは慌てて少年を解放した。どうやら力のあまり、抱きしめていた少年を締め上げていたらしい。


「……まあでも、貴方は騎士なのですものね。王の『私を殺せ』という命令は、理由はどうあれ、絶対なのでしょう。そこらへんは私も理解しております」


 少年に謝ったあと、エダに向かって呟くと、彼女はイライラと剣を揺らした。


「何が言いたいのよ! さっきから大人しく聞いていれば無駄口を……」

「だから、私は私を守ります」


 ドン!という音と共に船が戦慄いた。

 男達は甲板の上に転がり、恐怖の悲鳴をあげる。


「なんだ!?」


 エダだけが、顔を青くしてエイリを顧みた。剣を床に突き刺し、かろうじて体勢を保ちながら。


「お前、何をした!」


 エイリは少年を抱きしめたまま、にっこりと不気味な笑みを振りまいた。


「貴方の手先から逃げ回るついでに、爆弾だらけだったので全部に火をつけてまいりました」

「は!?」

「船ごと消し飛ぶ量に見えましたわね」


 男達はエイリの言葉を聞いて、血相を変えて次々に甲板から飛び降りる。

 あっという間に、エイリとエダだけが船上に取り残されていた。


「無駄ですわ。この流れなら飛び降りたところで流されて死にますわね……ねえ、愚かな騎士」

「お前……!」

「あばずれだなんてよく言える……頭が悪くて腹が立つ。全員死にやがれ、ですわ」


 一層大きな揺れが船を襲い、船体が大きく傾いた。

 エダは騎士の執念でもって剣を掴み、投げ出されそうな身体をとどめている。血走った目でエイリを睨みつけた。


「……この! なんということを!」

「……」

「諦めないわ! 今この場で、たとえ死のうとも! お前たちの命だけは! 私が!」


 木の板に大きな音を立てて、エダが着地する。素早く剣を構え、彼女はエイリに向かって走り始めた。


「……それはさせない。エダ」

「!?」


 だが、彼女の身体はぐらりと傾き、急に床に転げ落ちた。エイリは驚いたが、一番驚いているのは、他でもないエダ自身である。


「なんだ、……身体が!?」


 そして、エイリの目の端から小さな黒い騎士が見えた。

 フチはエイリの腕を滑り、エダからよく見えやすい途中で背筋を伸ばして立ち上がった。


「……遅効性の麻痺毒だ。ここから1時間、お前の四肢は意思に反して動かない」


 エダは目を剥いた。


「なんだと……!?」

「おかしいとは思ってたんだ。護衛につくのはお前と俺だけなんて。仮にも友好国の貴族の娘。あまりにも杜撰な対応だ」


 フチの声は相変わらずはきはきとしていて聞き取りやすいが、どうしようもなく低く沈んだ声音だった。


「しかも、お前と俺はあまりにも有用性が違う。接点もない。……ただ、お前は王に気に入られているように見えて、俺は王に嫌われていた」

「まさかお前……!」

「信じたくはなかったが……やはり、お前はそう命じられたんだな。俺を殺せと」


 フチの赤いマントがバサバサと揺れている。


「だから……ここに来る際、お前の肩に乗ったとき、前もって毒を体内に仕込んでおいた。お前に何もないと分かれば……解毒をするつもりだった。死ぬ毒じゃない」

「な、なん……」

「エダ、お前は、前王が俺を重宝していてくれていた本当の理由を知らなかったのか? ……同期だったのにな」


 そこで急にエダが笑い出した。どこか狂気じみた笑いに、エイリは悪寒を感じる。


「は、……ははははは! そうか、お前は、そうやって要人の暗殺を行なっていたのね。珍しい身体だから玩具として気に入られた訳じゃなかったのね」

「……」

「だけど、もう終わりよ! アンタは王から死を望まれているのよ!」

「……俺は、エイリ・シェリエ・レニアの護衛を命じられた」


 エダは口の端を釣り上げて笑っている。

 この世の何よりも残忍な顔だと、エイリは思った。


「だから、それが全くの無駄だと言ってるのよ。アンタの命を預けたマシュー様がそう言ったの。もう、死ぬしかないわ!」


 エイリは再度、フチに同情した。拠り所のなくなった彼は、この先いったいどうなるのだろうと。

 だが、フチはこれっぽっちもその小さな身体を揺らすことなく、凛と背筋を伸ばして言った。


「王が俺に命じたのはエイリ・シェリエ・レニアの護衛だ。俺はそれを全うする」

「……」

「お前が命じられた内容なんか知ったことか。俺は騎士の矜持にかけ、ーーお前に邪魔はさせない!」


 エダが驚愕の表情を浮かべた瞬間、再度の爆発が起き、船はエイリのいる場所を残して沈み始めた。

 水飛沫の中、エダはズルズルと水面に飲み込まれていく。


「く、そ、くそおぉぉ……」


 涙を流しながら、動かない身体のまま、エダは船の半分と共に川の中へ沈んでいった。

 フチの背中はそれを背景に、微動だにしない。


 ……なんて強いひとなのだろう。


 エイリは自分の中に、一陣の風が吹いたように感じた。


「エイリ様!」

「!」


 フチは急に身体をひねってこちらを向き、エイリは慌てて居直した。

 彼はいつのまにか、銀の針を剣のようにして持って構えている。


「一か八かですが、この薬を打って川に飛び込んでいただきたい。一定期間、仮死状態になる薬です。これで呼吸を止めれば、肺に水が詰まらない状態で川下に流れ着くはず!」

「……まあ」


 便利ですわね、と感心していると、フチがイライラしたのか怒鳴り散らした。


「早く! あと数十秒もないだろう!」

「まあ、落ち着いてくださいまし」


 エイリはにっこり笑って、抱きしめていた少年の顔を覗き込んだ。


「もちろん、私も対策は分かっていて爆弾などに火をつけたのですよ」

「なんだと?」

「ねえ、天使騎士。……お久しぶりですわね」


 黙り込んでいたシナン人の少年は、いつのまにか、およそ少年に見えないような険しい空気をまとい、憮然とした表情を浮かべていた。



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