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親指ナイト  作者: 真中39
◇3章:嘘つき子供の涙と決意
25/67

8.空に追い出された騎士

 

 ◆



 時は遡り、ライアの屋敷にて。


「フチさん!」


 屋敷の中庭にてライアを眺めながら考え込んでいたフチは、トルクとグローアに呼ばれて顔を上げた。


「僕の汚れっぷりはこれでどうです? 襲われたばっかりに見えませんか?」

「……甘いな。背中が綺麗すぎる。基本的に一番汚れる場所だ。念入りにやった方がいい」

「フチは厳しいの」

「グローアはもっとダメだ。ドレスぐらい捨てる気でやれ」

「お気に入りなの! ……んもう! 分かったの!」


 エイリとシータが無事にネックレスを奪い取り、混乱のさなか、抜け出せたと仮定した後。グローアとトルクは夜会に向かう途中で襲われ、招待状を奪われたと訴えにローリアンの屋敷に向かう。

 そうすれば姉弟への疑惑はとりあえず消せるだろうと、フチは考えた。ライアの息のかかった見知らぬ者たちが忍び込んでやったことだと。

 そしてローリアンがライアへの追手を増やした際には、すでにライアは拠点を鞍替えしているというわけだ。長年使ってきたこの屋敷を失うのはライアにとっては辛いはずだが、彼女は目的を果たせたからあとはゆっくり遠くの小さな森の中で生きるだけだから、とこの案を承諾した。


「あと荷物をまとめて、……もうこの屋敷は捨てるんだろう。特にお前達の生活の跡は残したらまずい。注意しろ」

「……部屋にお絵描きしちゃったの。可愛くしたかったの」

「何やってんだ」

「消してくるの」


 だからとりあえずグローアとトルクにはそれっぽく偽装しろと言っているのだが、最近、この姉弟はうだうだと文句を言うようになった。大人に甘えられる状況ゆえに、相応の子供っぽさが見える。

 自分の甘さに、フチは溜め息をついた。


「うわぁ、鳥がいっぱいです」


 白い羽が辺りに舞って、トルクが歓声を上げる。

 ライアの頭上には何百羽という鳥達が代わる代わる訪れ、ライアの伸ばした手に嘴を寄せて、しばらくしてから空に飛び立っていった。彼女は鳥達を使って、エイリとシータの様子を探らせているのだという。


「ん?」


 そのうちの一羽が、フチが立っている朽ちた噴水の縁にパタパタと止まって、フチを見下ろしてきた。

 真っ白い体に鮮やかなオレンジ色の嘴、ツンと尖った黒目の双眸。

 ライアが振り返った。


「あ、その子……フチのこと、不味そうだって」

「え?ーー」


 何分かの死闘を繰り広げ、フチは生意気な鳥の頭を片足で踏みつけていた。

 ライアが慌てている。


「ざ、ざまあみろ! フチさんを怪我させろって、言ってないのに!」

「ら、ライアは、鳥達にフチさんには手を出すなと言っているはずなのに、と言っています」

「いい度胸だなこいつ」


 鳥はバタバタと羽を散らせながら「グエー!」と間抜けに鳴いている。

 トルクが立ち上がり、食べる物でも持ってきますか、と屋敷の中に走っていった。


「ざ、ざまあみろ……」

「ライアは動物と意思疎通が出来るだけで、言うことを聞かせることが出来るわけじゃないんだな」

「いいえ。彼らは、私の友達じゃないんです」


 フチが制服を直しながら確認すると、ライアは頷いた。大人しくなった鳥を優しく手で持ちながら、額に鳥の嘴をくっつけて目を瞑っている。どうやら生意気な鳥に説教しているらしい。


「この子の名前はソルと言わないです。短い距離しか飛べない、しょぼい鳥なのです。頭も悪いはず」

「……つまり体力もあって頭も良いと。分かりかねるが」

「グエー!」

「ソル!」


 暴れる鳥をしっかり捕まえて、ライアが不意に微笑んだ。


「フチさん、……ざまあみろ」

「?」

「私たちに、手を貸さないでくれて、本当に、当たり前」

「……感謝してる、でいいのか?」


 ライアはぱっと笑みを深くして頷いた。

 実は、フチに一番最初に心を開いたのはライアである。屋敷で生活をしていくうちに、フチが自分達を害する気がないと敏感に感じ取った彼女は、積極的にフチに接してくるようになった。それを見たグローアとトルクも急速にフチを頼るようになり、最後には一番怖がらせたフチに一番なつくという、よく分からない状況になっている。


 フチ自体もそれを避けようとはしなかった。過酷な状況にいる子供達が、誰にも頼れずに、大人を脅して従わせようとする。それはあまりにも、フチにとって許せるような境遇ではなかった。


 ーー子供が困っていたら、大人は無条件で手を貸すべきなんだ。見返りなんか求めちゃいかんぞ。助けられた子供は、大人になって同じように子供を助けてやればいいんだから。


 言っていたのは、フチの何よりの恩人であった義父である。彼はその通り、フチに見返りなど求めず、自分の貴族としての評価を落としてまで、フチを救ってくれた。彼は主張と行動はフチの根底に沈み込んでいて、こんな風に、フチの指針になってくれることがあった。


「……」


 だが、代わりに、エイリに無理をさせているが。


 フチは眉間に皺を寄せて頭を振った。自己嫌悪はあとだ。


 フチは改めて、ライアの事情を聞いてみることにした。彼女はこの後人里離れた森の中で暮らしていくと言うが、彼女の唯一の身寄りである妹とは、一緒に暮らすつもりはないのだと言う。


「ゴス村というところに、ライアの妹はいるんだな」

「いいえ……」


 ライアは頷き、ぽつぽつと語り始めた。

 ライアたち姉妹は、所有していた土地をローリアンに奪われたあと、同じ村の人間達に助けられながら何とか日々を食いつないでいた。しかしローリアンは、買い叩いたその土地に大きな利子をつけ、農家に無理を強いた。次第に苦しくなってくる村人達は、身寄りのない姉妹であるライア達を疎ましく思うようになる。

 そこでライアは次第に人に心を閉ざし、一日中森の中で動物達と暮らすようになった。動物と意思疎通が出来るようになったのはその頃である。代わりに嘘しかつけなくなった彼女を村人たちは気味悪がり、迫害し、耐えかねたライアは妹であるアリアを誘って村から出ることを決意した。

 だが、アリアは断った。人は人としか生きていけないと、アリアは考えていたのである。


「アリアの唯一の宝物は、お母上のネックレスだったんです。瞳の色が宝石と一緒で、大切にしていたんです。アリアはとても良い子で……いじめられていても一生懸命で、僕らは、隠れてアリアに色々と物を渡していました」


 戻ってきたトルクが、フチを挟んでライアの反対側に座り、説明を付け足した。手にニンジンを持ち、ソルという鳥が凄い勢いでそれを突いている。

 語り終えたライアは俯いて、膝の上で手を握りしめた。


「ネックレスを渡して、最初の挨拶をしたくないと、思っていません」

「アリアにお別れの挨拶をするんですね。僕らとも……もうすぐお別れですね」


 ライアは涙目で頷いた。


「最後に、貴方達に会えなくて、悪かった……。本当に、本当に、当たり前……」


 ぽろぽろと落ちる涙を見て、ライアの苦悩の一端をフチは垣間見たような気がした。それと同時に、ローリアンの屋敷にいるエイリの無事を再び強く思った。


 その時。

 一羽の鳥が、慌てた様子でライアの肩に舞い降りた。

 ライアの表情がさっと曇り、彼女は急に立ち上がる。

 トルクがキョロキョロした。


「ら、ライア? どうしたんです?」


 ざわざわと森がざわめき始めたように、フチは感じた。森というより、そこに住まう動物達が、何かの異変を感じて騒ぎ出したのだと気づく。

 その頃にはもう、ライアの顔色は土気色に変わり、異変を嗅ぎ取った狼が彼女のもとに駆けつけていた。


「ライア?」

「まずくない……」


 ライアは性急な様子で天に腕を突き上げた。鳥達がつんざくような声で一斉に鳴き、トルクが耳を塞いで泣きそうになっている。

 フチは何が起こったか、悪い予感に身を強張らせた。


「ソル!」


 ライアは鋭く言い、その瞬間にフチの身体は宙に攫われていた。


「ライア!?」

「まずくない、まずくない! 私、ゴス村に行かない! フチさんは、屋敷に行かない!」

「……!?」


 ソルの白い背中に乗っている。鳥の背中は不安定で、フチは思わずソルの羽毛の向こうの地肌に指を立てた。そうでもしないと落下する。

 急に変わってしまった状況に、フチはライアに声をかけるしかできない。


「ライア!? 何があった!?」

「フチさんは、エイリさんを大切にしてない。だから、それで私は良くない……行かないで!」

「!」


 信じられないことに、ライアの笑みを最後に、ソルは飛翔した。

 風圧にフチは身体を鳥の背中にぴったりくっつけて、息をすることすら出来ない。


 何があったんだ?


 それを聞こうと頭を上げる頃にはすでに、ソルは屋敷の上空で、夕陽に向かって羽ばたいていた。



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