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親指ナイト  作者: 真中39
◇3章:嘘つき子供の涙と決意
22/67

5.揉めに揉める子供

 

 ◆



 フチは実は、あんなことを言っておきながら、子供が嫌いではない。特に困っている子供は、孤児院時代を思い出してどうにも情が移ってしまう。子供たちはフチと目が合うと卒倒しそうなほど怖がるようになったが、この状況で子供たちの命を奪う気は、フチにはさらさらなかった。

 というわけで、朽ちかけの屋敷で奇妙な共同生活が始まって、1日目。


「おやすみなさい!」

「ライアは、おはようと言っています」

「……おはよう。分かりにくいな」

「ざ、ざまあみろ」


 朝食の場で、フチはニンジンを抱えていた。

 どこから調達してくるのかまるで分からないが、ライアは野菜や果物、きのこやクルミなど、相当な量の食材を保管している。今もフチの食べるペースに慌てて、ほかの食材を取りに食堂から出ていった。

 トルクもフチと2人きりになりたくないようで、バタバタとライアを追っていく。


「……」


 入れ替わりで緊張した面持ちのシータがやってきた。着ていた分厚い外套を脱いでいて、シャツに半ズボンと、どう見ても少年にしか見えない様子である。

 ベリィはいるのいないのか、フチからは確認できなかった。


「……」


 フチはシータを見ながら真顔でニンジンをモリモリかじり、シータは一瞬固まった。その後、なんとも言えない顔で横歩きをしながら、フチの相向かいの席にゆっくりと座った。


 気まずい空気に、耐えられなくなったのはやはりシータである。


「え、エイリは?」

「黙れ」

「……」


 フチはシータが嫌いである。もともと敵国の騎士同士でもあるし、20歳だという割には短絡的な様子だし、何よりこいつはエイリに並々ならぬ感情があるらしい。そんな存在と慣れ合う気は、フチにはこれっぽっちもなかった。


 シータはしばらくしてから、じわじわと赤面しながら目を釣り上げた。


「何だよ! お前らだって、最初、良いように俺を利用しただろ!」

「……」

「なんか言えよ!」


 シータがギャーギャー喚きだしたところで、食堂の扉が勢いよく開いた。エイリとグローア、その後ろにバスケットに大量の食材を抱えたライアとトルク……つまりはこの屋敷の全員が、食堂に集まった。


「フチ、これ、似合います?」

「とってもお似合いだと思うの!」

「私はフチに聞いてますの」


 エイリは萌黄色のドレスを着ていた。ふわふわの裾と、まとめて結い上げられたストロベリーブロンドの髪の毛に、一気に場が華やかになった。

 エイリは朝一でグローアに呼び出され、グローアが着る予定だった夜会での服を試着させられていたのである。

 グローア曰く、ドレスにサイズが合わないところがあれば手直ししなければならず、時間がかかるから先に一度着てみろ、とのこと。

 エイリは着飾るのがあまり好きではないらしく、眉をひそめてしぶしぶついていったのだが。


 フチはほー、と溜め息をついた。素直にとても綺麗だと思う。


「似合うと思うぞ。エイリはそういうドレスの方が似合うな」

「イースから出るときは男好きのするのを着てましたから……私は、ちょっと子供っぽいドレスの方が合うのかもしれませんわね。……うーん、でも、15歳に見えます?」

「気にならないくらい綺麗だ」

「うへ!」


 エイリはおよそ彼女のものとは思えない変な声を上げ、グローアはプリプリし始めた。


「子供っぽくないの! わたくしの一番気に入ってるドレスなの!」

「……じゃあ貴女が着ていけば良いじゃありませんの」


 エイリはグローアと言い争いながらフチの座るテーブルについたが、グローアに「汚れるの!朝ごはん絶対ダメ!」と言われ、ぶつぶつ悪態をつきながら席を立つ羽目になった。さらに胸がキツイだの腰が余るだのグローアが言い始めたので、エイリは目を三角にしてグローアを引っ張って食堂から退出した。


 嵐のように女性2人がいなくなったあと、食堂には再び重い空気が満たされていた。


「……」


 ニンジンより真っ赤になったシータが、エイリが出ていった扉をぼーっと眺めている。

 分かりやすい仕草にイラッとして、フチは舌打ちをした。

 ライアが、 不穏な空気に怯えながらリンゴを切って皿に配り始め、トルクがやれやれと言いたげに首を振った。


「とりあえず、エイリさんがとても綺麗な方で安心しました。これなら心配なくローリアンの部屋に侵入出来るでしょう」

「思っていたんだが……」


 トルクの言葉を受けて、フチは改めて違和感を覚えた。もともと昨日からその違和感はずっと胸にあって、良くない予感がしていた。


「お前たち、俺たちにまだ言っていないことがあるだろう」


 ピリッとした雰囲気に、トルクが息を飲む。


「4日後の夜会というのは、ローリアンとやらに取り入って資金提供を請うものだと言ったな」

「……はい」

「招待されたのはお前たち姉弟だろう。……何故、子供がそんな大事な夜会に招待されたんだ?」


 シータが目を細め、ただならぬ雰囲気に備えている。

 フチはテーブルの上で立ち上がり、ライアとトルクを交互に見上げた。


「……」

「思うに、推測なんだが……ローリアンとやらは、ビジネスの話など関係なく、若く、容姿さえ優れていればその家に資金を提供してくれるんじゃないのか。……おそらく、その身体と引き換えに」

「!」


 ライアが身体をびくっと揺らした。トルクが目をそらし、唇を噛む。

 図星か、とフチは息を長く吸い込んだ。


 フチは考える。

 トルクとグローアは、やけにエイリの容姿が美しいことに言及していた。それはつまり、ローリアンの屋敷からネックレスを奪うのに、美しい容姿が必要だということ。

 つまりローリアンに気に入られれば、ローリアンの個人的なスペースに踏み込める可能性が出てくるということだ。


「エイリなら問題なく綺麗で若い。ローリアンの細かい趣味は分からんが、まず間違いなく、エイリは屋敷の奥まで入り込めるはずだ」


 ローリアンに連れられて。


 トルクが唾を飲み込むようにして、ライアと目を合わせてから俯いた。


「その通り……です」

「……嘘だろ」


 シータが肩を怒らせた。


「お前ら、承知でエイリを行かせようとしてるのかよ! ローリアンとかいう、その……悪趣味な奴に、エイリがどうされたっていいのかよ!」

「当たり前だろう」


 フチは冷たく言い、トルクとライアは青ざめて後退りし始めた。


「最低だな、お前ら……!」

「ざ、ざまあみろ、わ、私たちは……」

「だ、だって!」


 勢いよく立ち上がったシータに、トルクが語気を荒めた。泣きそうになりながら。


「仕方ないじゃないですか! 姉さんは、まだ15歳になったばかりで、好きな人もいたことがない! そんな姉さんをあんな悪どい奴に差し出すなんて、出来なかったんです!」

「だからってーー」

「ご、合理的だと思いませんか!? エイリさんなら、ローリアンの隙をつける確率は、姉さんなんかよりずっと高い! きっと、エイリさんなら、ローリアンから逃げて、ネックレスを奪い返せるはず……何より、エイリさんは、大人でしょう」


 ガタン!という音がした。

 シータが机を飛び越えてトルクを引き倒している。


「ふざけんな! なんだその言い方! エイリならどうされても良いだろって言いたいのか!」

「シータ! ……」


 果物や皿が机から落ち、ものすごい音がする。

 ライアが悲鳴をあげて、殴りかかるシータからトルクをかばうように動いた。

 フチも腰元の針を抜いて走り出した。


「ヴゥオ!」

「うわっ! ……」


 しかし、フチがシータ達に到達するより早く、大きな灰色の塊が食堂の窓を突き破ってそのままシータに体当たりした。

 シータはそのまま壁まで弾き飛ばされていく。

 ライアを守る狼が、牙を剥いてシータに吠えていた。


「トルクは悪い! 悪くないのは、私!」


 ライアが、床に転がって泣くトルクを庇いながら高い声で叫んだ。ぼろぼろと涙をこぼしている。

 シータは子供達を睨みながら、頬に引かれた赤い線をぐいと拭って吐き捨てた。


「悪い悪くないだの、どうだっていいんだよ! ふざけんな! 子供だからって泣けば済むとでも思ってんのか!」


 そこで急に、狼とシータの間に、エイリが慌てて飛び込んできた。


「ま、待って! なんでシータがキレてんの?」

「……エイリ」


 シータは毒気を抜かれたようにエイリを見上げた。

 そこでさらに、シータの肩口から、ベリィが欠伸をしながら這い出して、能天気な声で朝の挨拶をした。


「おはよう! 何か揉めてるね! ボクよく分からないから、整理がてらもう一回説明してくれると嬉しいな!」


 シータもライアもフチも、狼でさえも、その声に萎えて肩をぐったりと落とすのだった。





 結論から言うと、エイリはそんなことは最初から百も承知の上だった。元のワンピースに戻った彼女は、朝食のリンゴをかじりながら、皆がもめている内容について理解しかねるような表情である。


「若い女性を呼ぶ夜会って、そういうことでしょう」

「いいのかよ!?」


 噛み付くように怒鳴ったシータを、エイリは胡乱げに見やった。

 面倒くさいなと言いたげな表情に、シータは意外にも怯まない。


「良いも悪いもないですわ。やらなきゃしょうがないのですから」

「それは、そうだけど! でもローリアンって奴が、どんな奴かも分からないのに……」

「慣れてますから何とかなりますでしょう。合理的とまでは思いませんけど」

「ご、ごめんなさい……」


 再び泣きそうになったトルクに、エイリは肩をすくめた。


「というか貴方方のご両親は、言っては悪いですが薄情ですわね。それを承知で貴方方を行かせたのでしょう?」


 フチもそれは思っていた。

 グローアとトルクの両親は、ローリアンの屋敷での夜会で何が起こるかも全て織り込み済みなのだろうか。だとしたら最低の両親である。


「承知でっていうか……」


 グローアが眉尻を下げて、トルクを見る。ぐすぐす泣いている彼に代わって、グローアは俯きながら話し始めた。


「多分、わたくしたち、こういったことのために引き取られたのでは、と思っているの。確信はないけれど」

「……」

「トルクもわたくしも、遠くの孤児院から引き取られた養子なの。だからほんとはトルクもわたくしも両親も、誰も血は繋がってないの。似てないでしょう?」


 フチはエイリと顔を見合わせた。

 何と言っていいのか分からないが、出てくる登場人物がもれなく酷い奴ばかりである。詳細は余所者のフチ達に分かるわけがなくて、本当は何らかの事情があるのかもしれない。

 だが、フチは心中で子供たちにかなり同情していた。


 沈黙がおりた場で、グローアは慌てて言った。


「だ、だから、エイリさんとシータさんが似てなくたって全然問題ないの! わたくしたちは初めて夜会に参加するのだから、どんな容姿だって誰も疑問に思わないの!」

「……」


 フチは隣のエイリを見上げる。


「……大丈夫か」


 エイリはシナンの寵姫であり、たしかに、夜会などという行事やその思惑まで嫌というほど、それこそ、身を以て理解しているかもしれない。

 でもだからこそ、エイリにはしんどい部分があるかもしれない。


「……大丈夫だよ、フチ」

「……」


 エイリは切られたリンゴを手に取り、1つは食べきれないと判断したのか、2つに割ってフチに渡してきた。微笑んでいる。


 ……やっぱり強いのだ。この娘は。見た目よりもずっと。


 フチはそれを両手で受け取って、エイリに無理を強いるかもしれないこの状況と、エイリの判断に甘んじる自分を恥じて、俯いた。


「大丈夫だよ!」


 再びの能天気な声の出所は、やはりベリィである。シータの周囲をくるくる飛び回っている。


「だってシータがいるもんね! シータがエイリを守るよ」

「……どうだか」


 エイリが机に肘をついて半目になった。相変わらず彼女はシータに冷たい。

 シータはといえば、しばらく唸っていたが、顔を逸らしてしぶしぶと頷いた。


「……仕方ない。貸しを作ってやるよ」

「……」

「そういうのやめた方がいいぞ」

「そういうやめなってシータ」

「う、うるさい!」


 一体どうなることやら。

 フチは頭を抱えて、自分はどうするべきかと考え込んだ。



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