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親指ナイト  作者: 真中39
◇3章:嘘つき子供の涙と決意
21/67

4.

 


 子供たちはいなくなってしまったが、代わりに、部屋の入り口から立派な雄鹿が2頭、現れた。そのまま角を互いに交差させ、入り口にバリケードを張ってしまう。逃してくれる気はないらしい。


 屋敷の2階からは、ドタドタと慌ただしい音が聞こえてきた。どうやら子供たちはわりとビビって逃げ惑っているらしい。

 無理もないとエイリは思う。

 小さな身体からあれだけの殺気を感じるなんて。イースの騎士であるフチという男がどんな経験をしてきたか、垣間見えたような気がした。


 シータは上を見上げ、再度「やり過ぎだろ」と呟いた。


「黙れ」

「……」


 フチは首をぱきぱき鳴らしてシータを睨みつけた。かなり荒っぽい雰囲気で近寄りがたい。

 エイリはもしかしたら、自分は今までかなりフチに優しく接してもらっていたのかもしれないと、微妙な心持ちになる。

 フチはそのまま低い声でシータを責め立てた。


「お前、俺達を見つけにわざわざこんなところまで来たらしいな。暇人か? さっさとシナンに降って祖国の復興に手を尽くすべきだろう」


 シータは歯を食いしばった。


「うるさい! 俺はもう、騎士じゃない! 好きに生きることに決めたんだ!」

「で? それが俺達を追い回すことか?」

「そうだ! 俺はお前たちに踏みにじられたプライドを取り戻すために、お前たちに復讐をするために追ってたんだ!」

「くだらないな」

「……なんとでも言えよ!」


 シータは身を起こし、姿勢を低くしたまま不穏に笑った。


「ちょうどいい。ここで果たしてやる!」

「へ?」


 急に飛びかかってきたシータに、エイリは目を丸くした。完全に油断していた。多分フチも。

 というか、シータの行動が予測できないほど脈絡がなく、唐突なのである。


「エイリ!」


 シータの小柄な身体がぶつかってくる。

 エイリは気づけばシータに押し倒されていて、後頭部を床にぶつけて気が遠くなりかけた。


「よくも俺を虚仮にしてくれたな……!」

「……シータ」

「俺は、ずっと、……」

「?」


 シータの顔が目の前にある。その視線には間違いなく熱がこもっており、抑えてくる腕にエイリは総毛立った。


 ……こいつ、男だ。


 エイリは思わず、彼の頭に頭突きを決めた。


「っぐ!」

「……フチ!」


 頭を抑えたシータを部屋の隅に放り投げ、エイリは身体を素早く起こした。

 そして、驚きに目を見張る。


「あれぇ、せっかく今からお楽しみだったのに」

「……な」


 フチと同じサイズの少女が、床に仰向けに倒れたフチに馬乗りになっている。腰に乗り上げたまま、こちらを振り向いた。

 フチはといえば、何故か顔が蒼白になっている。


「え、ちょ、誰!?」

「うふ、教えて欲しかったら、ちょっと見てて」


 小さな少女は怪しく微笑んだ。緑色のワンピースに、華奢な背中からは乳白色の羽根が生えている。

 思わず童話の中の妖精と見紛いそうな容姿に、エイリは身体が動かない。


 少女はそのまま、フチの上着を勢いよく左右に引っ張った。バリッという音。現れたフチの腹を、少女が撫でる。


「!」

「キレーな腹筋。舐めちゃいたい」


 え、これ、いいの!?


「エイリ……!」


 少女の背中の向こうから、フチが苦しげにエイリの名前を呼んだ。

 はっとする。


「ちょ、ちょっと待って!」


 エイリは思わず、少女をがしっと掴んで引き上げた。心臓が早鐘を打っている。


「何するのさ。せっかく良いところだったのに」


 唇を尖らせた少女に、何故かエイリは真っ赤になるのが止まらない。


 ……この子、何なの!? フチの友達!?


「な、だって、フチが嫌がってたじゃない!」

「そうかなあ。一回すれば堅物だって善くなったのに。ボク自信あったのになあ」

「へえ!?」


 素っ頓狂な声をあげるエイリに、少女はニコニコと微笑んだ。愛嬌溢れるその表情は、心底楽しそうである。


「……おい」


 そこで、フチが起き上がった。顔を青くしたまま。


「お前、何なんだ……というかお前、男だろう!」

「えっ!?」


 男?


 口をパクパクしたままのエイリにむかって、少女がぺろっと舌を出して、可愛らしく首を傾げた。


「ボク? ベリィだよ。シータの親友。よろしくね」





 フチは服を整えて、険しい顔をしながらシータとベリィを横目に睨みつけていた。恐ろしく怒っているように見える。

 対してシータはエイリを盗み見ながら、目が合うと気まずそうに俯いていた。もう襲いかかってくる気にはならないらしい。

 そしてシータの肩付近には、ふよふよと浮かぶベリィがいる。


 そしてエイリ達の前には、武装したトルクとグローアが、思い思いの武器を構えて威嚇していた。


「……ふ、不審な動きをすれば、これで刺しますよ!」

「刺すの!」


 鍋を被ったトルクが槍を構え、隣ではグローアが包丁を握りしめている。

 ライアだけが先ほどと変わらず、狼を従えながら姉弟の後ろに控えていた。

 とりあえず、今はシータとベリィについて言及している場合ではない。パニックになったこの姉弟は、何をしでかすか分からないと、エイリは判断した。


「とりあえず、それを下げてくださいませ。フチも今すぐあなた達に何かしようとするわけではありませんわ」

「どうだかな」

「フチ!」


 かなりささくれているフチが、じろりと姉弟を睨みつけた。いつもはエイリを諌める立場の彼が、今回はエイリにたしなめられている。それほど苛立っているらしい。


「……待たないで」


 混乱する場に、ライアがすっと入ってきた。狼を連れずに。


「お、お願いと言うようにします。それでも、私は、あなた達を獣を使って脅してまで、ネックレスを取り戻して欲しくない……!」

「ライア……」


 ライアの顔には決意が滲んでいる。

 グローアは包丁を握った手を下げ、トルクは槍を床に置いて、ライアの言葉を翻訳した。


「ら、ライアは……。『お願いとは言わない。それでも私は、あなた達を獣を使って脅してまで、ネックレスを取り戻して欲しい』と、言っています」


 フチが鼻を鳴らした。


「俺達の返事などいらないだろう。どちらにしろ従わせるんだから」

「ざ、ざまあ……」

「自己満足の謝罪などするな。腹が立つだけだ」


 ライアはしゅんと肩を落とす。

 ベリィが羽根をひらひらさせて、フチをおちょくった。なかなか怖いもの知らずのようである。


「厳しーい! でもそこが好き! たまんない!」

「黙れ……」


 トルクとグローアは顔を見合わせ、ライアの両脇に歩を進めた。それぞれに、何か考えることがあるのだろう。子供には見えない強い意志を目に光らせている。


「わ、わたくし達からも、お願いなの」

「ライアの両親が亡くなって、ローリアンの買い叩いた土地を彼から任され、派遣されたのが……僕らの両親です。ライアはその頃にはもう村から出て行ってしまっていたけど、彼女の妹と、僕らはよく遊んでいました。……だから、どうしても、彼女に、アリアに、お母上の形見を返してあげたいのです」


 エイリは何とも言えずに手に載ったフチを見つめた。

 ただただ面倒くさいことに巻き込まれたな、困ったなとしか思えない。

 そうすると、同じような顔をして、フチがこちらを振り向いた。全く同じ感想らしい。


「……」


 とりあえず、早いところライアの母親の形見であるネックレスを取り戻して、この子供達から解放されるしかないだろう。現状彼らから、これ以上の要求がされるとは考えにくい。


 非常に不本意だが、ローリアンとやらの屋敷に潜入することに、エイリは決めた。


「とりあえず、やりますわ。これが終わればすぐに解放してくださるのですわね?」

「もちろんです」


 そうと決まれば、と言いたげにトルクとグローアが手を叩いた。


「では、4日後の夜会にむけて、僕たちの持っている知識を全て、あなた達に授けます」

「夜会では話を合わせるのがとっても大切なの」

「夕食後から始めましょう。食事はこちらで用意しますから、お部屋でお待ちください。呼びに行きます」

「今からお部屋に案内するの」


 さくさく進んでいく話に、エイリは溜め息をついて、手の中のフチをそっと労わるように両手で包んだ。





 ライアは甲斐甲斐しくエイリ達の世話を焼いた。

 夕食は素材そのままが並び、エイリの部屋には蔦が侵入して、隙間風が入ってくる。それでも、ライアはエイリ達が不満そうな顔をすればすぐに寄ってきて、改善しようと努力をするのだった。


 トルクとグローアは、自分では知識も体力もないというようなことをのたまっていたが、とんでもない。すらすらと近隣の村や街の情勢を述べ、夜会に訪れる人々の特徴や思惑、果ては趣味にまで精通しており、エイリとシータを閉口させた。


 ……何でこんなことに。


 夜、エイリはさっきの決意を覆しそうな気持ちで、部屋のベッドに倒れこんだ。

 壁際の灯だけが光る薄暗い部屋だが、同時に蔦の花がやんわりと香る、不思議な部屋である。


「大丈夫か?」

「……うん」


 フチは弾みで、エイリの隣でぽんぽん跳ねながら聞いてくる。

 エイリはそれを見て、なんとなく溜飲が下がって窓の外に目をやった。

 三日月が上がっている。その手前を通り過ぎるのは、フクロウだろうか。時折目がキラリと光るのは、おそらくエイリ達を監視している証拠だろう。

 全くもって、とんでもないことに巻き込まれてしまった。


「フチ」

「うん?」


 エイリはベッドの背もたれに寄りかかり、首を傾ける。

 フチは窓際にマントやブーツを置いて、身軽になっている。広げたエイリの手の平の上に飛び乗って、彼女を見上げてきた。


「……ライアのことなんだけど」

「うん、シフォア人だな」

「フチもそう思う?」


 動物と意思疎通が出来るが、人間には嘘しかつけない。

 これは通常の人間には起こり得ない、全く不可思議な現象である。

 ルルの言っていたシフォア人の特徴に、ライアはぴったりと当てはまっていた。


「彼女は動物と話したくて、その願いが叶ったのかな」


 フチはさあな、と顔を逸らした。あまり興味はないらしい。

 エイリも特にそれを確かめる気もなかったので、話題を変えることにした。実は本題はこっちである。


「あの、シータとベリィのことなんだけど」

「……」

「さっきはその、すぐに助けてあげられなくてごめんね」


 人に抑えつけられる感覚は、不意に思い出したりして背筋が寒くなるものだ。エイリはよく知っている。

 それをフチにさせてしまったことに対して、エイリは申し訳なく思っていた。


「……いや、」


 フチは瞬きをしてから、俯いてうなじを抑えている。どうやら彼は、何故だか恥じ入っているらしい。


「いや、エイリは何も悪くない。俺こそ、びっくりして……。すぐに助けられなくて、ごめん。大丈夫か? 今更だけど、何もされてないか?」

「大丈夫だよ。それに、びっくりするのも無理ないよ」


 エイリは頷いた。

 さっきのベリィの話が本当なら、フチはそれはそれは驚いたことだろう。

 どう見ても少女にしか見えないベリィが男だなんて。


「その、エイリを助けようとしたら引っ張られて……あいつがいたんだ。俺は、俺と同じ大きさの人間なんて見たことがなかったから、びっくりして。気づいたらすごい力で抑えつけられてて……」

「当たっちゃったんだよねえ。興奮しすぎてて、ボク」

「!?」


 エイリとフチはびくっと身体を跳ねた。

 窓際に、脚を組んだベリィがいつのまにか座っている。


「お前!」


 フチが鬼気迫った表情で腰を落とした。

 対するベリィはぺろりと舌を出して手を振る。気軽な感じだ。


「やー、もう急に襲ったりしないよ。さっきので充分。しばらくオカズに困らないよ」

「……」

「何しに来たんですの?」


 ドン引きしたフチを守るようにしながら、エイリは厳しく言った。


「シータが寝ちゃってつまらないから、遊びに来たの。シータはねえ、あんな高飛車な感じだけど、ほんとはあんまり頭が良くないから、さっきのお勉強タイムで参っちゃったんだよね」


 ベリィは溜め息と共に頬杖をついた。


「大変なことになったね」

「半分お前たちのせいだけどな」

「そーだねえ」


 あっけらかんとしているベリィに気がそがれたのか、フチは緊張を解いてぞんざいな反論をする。

 エイリは気になっていたことを聞いてみることにした。シータには近寄りたくないが、ベリィになら聞ける気がする。


「あの、貴方って、シータの友達って言ってましたけど……」


 ベリィは頷き、にっこりとエイリに微笑んだ。


「うん。改めて、ボクはベリィ。エイリもフチも、ボクに会うのは初めてだけど、ボクは前から君たちを知ってたよ」


 ベリィはシータが幼い頃から、ずっとそばにいたのだという。特にエイリに関しては、シナンの城で見かけるたびに、目を留めていたとのこと。


「何故ですの?」

「シータがキミを気にしていたから」


 予期せぬ答えに、エイリは首を傾げた。

 ベリィは初めて、眉尻を下げて切なそうに微笑んだ。


「さっきはシータが失礼したね。あんなことを言ってるけど、シータがキミを害する気は実は全くないんだよ。さっきだって、キミの隣でちゃんと子供達の話を聞いてたでしょ?」

「……」


 エイリは微妙な顔をした。


「よく考えてみてよ。エイリはフチを人質にされて否応なしに子供達に協力せざるを得ないけど、シータはフチがどうなったって構わないんだよ。でも、キミと一緒に屋敷に潜入する気なんだよ」

「……酷い言い様だな。そもそも半分、お前たちの責任があるだろう。まともな人間なら責任を取って最後までついてくるのが筋だ」

「まあ、そうなんだけどね。でもほら、責任なんて今の状況じゃ何にも説得力なんて持たないじゃない」


 たしかに、シータは先の件から気味が悪いほど大人しくなっていた。

 エイリはシータが何を考えているのか分からず、男嫌いも手伝って、一切彼を無視していたのだが。


 ……シータが私を害する気がない?


 だが、乗り上げてきたシータは、間違いなくエイリを欲していた。


「……何が言いたい」


 フチが静かに言う。分かりにくい遠回しな言い方を好まない彼は、イライラしているらしい。

 ベリィはよいしょ、と立ち上がってから、首をすくめた。


「いや別に。でも強いて言えば、親友のフォローだよ。あいつね、お馬鹿さんで不器用で、ちゃんと年齢は重ねているのに子供っぽくて。……でも良い奴なの。それだけ知っておいて欲しくて」

「……」

「じゃあ、そろそろボクもシータの部屋に戻るね。4日間の短い間だけど、仲良くしてくれると嬉しいな」


 ベリィはそのまま空中に浮かび上がった。月明かりの中で、半透明な羽根から粒子のようなものがキラキラと舞い落ちた。

 それは本当に幻想的な光景に見えて、エイリは目を細める。


「ちょっと待て。肝心なことを聞いてない」

「?」


 相変わらず冷静なフチに、ベリィは首を傾けた。


「お前は一体、なんなんだ?」


 ともすれば失礼極まりない質問に、ベリィは愛らしくウィンクを決めた。


「内緒。でもこれだけは教えてあげる。フチ、キミはボクの姿を借りているだけの、言ってしまえばただのニセモノ。……ボクとキミは、残念ながら全く別の存在だよ」


 フチはぎょっとしたのか、小さな身体を強張らせた。

 それを悪戯っぽく眺めてから、掴めない性格の彼女……もしくは彼は、部屋の隙間から消えていった。

 エイリはなんと言ったらいいか分からず、フチの背中を見つめるだけしか、出来なかった。


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