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親指ナイト  作者: 真中39
◇3章:嘘つき子供の涙と決意
19/67

2.

 


 エイリと旅を始めてからというものの、それなりに修羅場を経験したフチでも信じられない光景というものをいくつか見てきた。

 今まさに2人が陥っている状況は、その最たるものである。


「ぎゃあああああっ!」

「え、エイリ! 落ちづ!……」


 エイリの悲鳴は、わりとワイルドである。

 がたがた揺れる足場に、フチは舌を噛んだ。

 落ち着けなんて言ったって、エイリには無理に決まっている。それでも、フチは自分に言い聞かせなければ叫び出しそうだったのだ。


「ンモー!」

「ブルルルル!」

「ワン! ワンワン!」


 走るエイリを追う動物たちが、一つの集合体のようにエイリとフチにだけ狙いを定めて迫ってきていた。


 事の始まりは簡単なこと。

 昨夜、小さな村の小さな宿で酔っ払ったエイリとともに一夜を明かし、さあナイオの街に出発だ!と村を出た瞬間。

 犬だの馬だの牛だのに追われ始めたのである。


「なんでよーーーー!」

「なんでだろうなーー! あ、エイリ! 曲がれ!」

「わあああああ」


 エイリは涙目で走り続けているが、完全に息が切れ始めていた。

 おまけに動物たちは何故か人間のように統率がとれていて、エイリの行き先を通せんぼする鹿がいたり、横から飛び出てくる熊がいたりと、それはもう信じがたい成り行きで、フチ達は森の中に迷い込んでしまっていた。


 だが、明らかに速度が落ちているエイリをとって食おうとする意思は感じられない。接近しながらも、エイリと一定の距離を取っている。

 それに気づいて、フチはぞっとした。どこかに誘導されている。


「……はあっ、はあっ、……」


 時すでに遅し。

 いつのまにか、フチとエイリの前には大きな朽ちた屋敷が現れていた。

 蔦の繁茂する壁は、どこから屋敷でどこから森なのかも判別出来ないほど緑が深い。


「エイリ、怪我はないか?」

「……うん、大丈夫。なに? ……ここ」


 こういうときにエイリを抱いて逃げられない自分を、フチは初めて歯がゆく思った。

 エイリにつられて屋敷を見上げる。ひんやりとした空気は清澄で、先ほどまでの動物たちの鳴き声の喧騒は消えていた。しかし彼らは、いなくなったわけではない。


 エイリたちと屋敷を囲んで、ゆっくりと距離を詰めてきていた。


「……なんなの!」


 じり、じりと動物たちが、目を光らせて寄ってきた。エイリは屋敷の入り口に追い詰められるような形で、後退していく。


「信じられないな。まるで誰かに従ってるみたいだ」


 一体なにが? どうして屋敷に入らせようとするんだ?


 いつものように考え込んだフチを、エイリが叱りつけてきた。


「フチ! あとにして!」

「だって、分からないぞ!」

「考えても分からないでしょ! とりあえず私、ここに入るからね!」


 エイリはぼろぼろの扉に手をかけた。木の軋みが悲鳴のように聞こえる。

 フチは慌ててエイリの襟元に掴まって、屋敷の中に目を凝らした。

 

「……ぎゃっ!」


 フチは目を丸くした。エイリが叫ぶのも無理はない。

 意外にも温かく設えられた玄関のホールで、1人の少女が、申し訳なさそうに手を合わせてフチ達を待っていた。





 その少女は、端的に言ってしまえば異様な出で立ちだった。バサバサの長い髪を伸ばしっぱなしにし、何かの動物の毛皮を纏っている。15歳か、16歳ぐらいのような少女だと思うが、どこか浮世離れした雰囲気を持っていた。


「……」


 ギイ、と音を立てて屋敷の扉が閉まる。閉まっても、屋敷の中は明かりが灯っているので暗くはならない。

 少女は明らかに、この屋敷でフチ達を待っていた。


 エイリは瞬時に身を強張らせて、それが肩口のフチにもよく伝わってきた。フチもさっと腰の針に手を伸ばした。

 不審な動きをすれば、エイリはすぐに逃げ出すだろう。屋敷の外にはおそらくたくさんの動物がいるだろうが。


 少女は警戒するフチ達に、申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げて、とんでもないことを言ってきた。


「ざまあみろ」

「は?」


 エイリがぽかんと口を開ける。


「ざまあみろ。ざまあみろ。貴方達の力なんていらない。私の話を聞かないで逃げろ」

「……」


 フチも少女の言葉に驚いて言葉が出ない。

 少女は泣きそうになりながら、違う、と言いたげに手をぶんぶん振り回した。


「違わない! 私の話を聞かないで逃げて! 願い下げ!」

「……どういうことですの?」


 混乱するフチとエイリに、意外なところから返事が聞こえてきた。


「その子は、嘘しかつけないんですよ」

「かわいそうな子なの」


 男の子と少女が、廊下の奥から現れた。


 ……なんなんだ、この屋敷は。


 フチは知れずに下唇を噛んだ。なんだか経験から、とんでもなく面倒くさそうなことに巻き込まれそうな、嫌な予感がしている。


「……どういうことですの? あと、あなた達は誰ですの?」

 

 エイリも言葉尻に警戒をにじませた。

 賢そうな男の子が、片眼鏡をクイと上げながらため息をつく。

 

「僕が説明するしかないみたいですね。うーん……けっこう時間がかかりそう、姉さん」

「トルクが話した方がいいと思うの……わたくしは、苦手よ」


 少女が口元に手を当てておろおろと言った。どうやら、似ていないが姉弟らしい。2人とも小綺麗な格好をしており、目の前の少女とは対照的な装いだった。


 エイリが仁王立ちした。イライラしている。


「そんなややこしいこと、話さなくて結構ですわ! 私達は全く心当たりがありませんから、帰ります!」

「いいよ! いいよ! 関係ないし!」


 目の前の野性味のある少女が慌てて言い、エイリはほら!と言いながら踵を返して扉に手をかけた。

 しかし。


「いいよ! 待たないで!」

「わっ!」


 フチは驚愕した。エイリの肩も跳ねる。

 扉の引き手をがっちりと抑えるように、蛇が巻きついてこちらを威嚇していたのである。


「シャー!」

「……!」


 フチは冷や汗をかいた。

 後ろで泣きそうになっている少女は、もしかしたら。


「……とりあえず来てください。紹介したい人がいます」

「暴れるから、他の部屋にいるの」


 姉弟が廊下の奥を指差した。エイリがダン!と足を鳴らして威嚇するが、蛇は一向にその場を離れる気配がない。


「エイリ。とりあえず行こう」

「……仕方ないですわね」





 渋々、エイリとフチは姉弟について歩く。

 中に入ってみれば、驚くほど整備された屋敷である。壁の灯りには煌々と輝く火が灯り、床の絨毯も古いがきちんと揃えられている。長くここで生活している人間がいる証拠だった。

 姉弟は廊下の端の扉の前で立ち止まった。男の子の方が扉を開ける。


「とりあえず、文句はこの方に。……お知り合いでしょう?」


 フチとエイリは、あんぐりと口を開けた。

 丁寧に整頓された部屋に、1人の少年が蛇に身体をがんじがらめにされている。周りには毛並みの立派な狼が円を描くように闊歩しており、危険極まりない光景だと思われた。


 だがそれ以前に、その少年に、フチは驚いている。


「……あ」

「……」


 明るい茶色の髪に、紅玉のような瞳、色素の薄い整った顔立ちが、真っ赤に染まっていた。


「貴方、何でこんなところにいますの……シータ」


 元シナンの騎士、シータ・シーカーシニアである。空を飛べるが子供のままという特徴から、天使騎士と呼ばれていた。

 マカドニアの領地の端っこ、ライヌ川を渡ってすぐのところで置き去りにしてきた彼が、どうしてここに。


「ち、違う、俺は……巻き込まれただけだ!」


 フチはうわあ……と目を細めた。面倒くさい予感しかしない。

 シータは落ち着かない挙動であたふたと言葉を重ねている。


「お、俺はただお前らに一矢報いてやろうって……そ、そこの子供達が悪いんだ」


 気づけば少女が部屋に入り込んでおり、シータの周りをぐるぐるしていた狼の頬を撫でていた。


「この子は、動物を操れるんだ!」


 狼は喉を鳴らしながら少女に頬ずりをする。

 飼い鳴らされた犬のようなその仕草に、フチは目を見開いた。

 少女は狼を可愛がりながら、フチ達にまた、不可思議な言葉を発した。


「操れる、その通り。私は動物と話せない。私の名前はライアじゃない。貴方達に協力してほしくない。……話を、聞かないでほしい」

「訳がわかりませんわ!」


 エイリが声高に叫んだ。

 フチも全く、同感だった。



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