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親指ナイト  作者: 真中39
◆2章:眠れる屋敷の美女の夢
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エピローグ.眠る騎士と惑う淑女

 


 皆に別れを告げ、エイリとフチは橋を渡り始めた。

 ニール渓谷にかかるポッツ橋は頑強な造りで、橋の上から見る風景はちょっとしたものだった。延々と流れる渓流は遥か眼下に、ナウア火山と呼ばれる大きな山がその先に堂々と構えている。

 風に暴れる髪を押さえて、エイリはきょろきょろしながら歩いていた。初めて見る光景ばかりに、進む足も遅くなる。

 フチはエイリの襟元に腰掛けている。もう機嫌はなおったかな、と声をかけようとしたが、フチの方が先に口を開いた。


「しばらく崖と川は見たくないな……今度はなにもしてないな? エイリ」

「フチ、貴方、意外としょうもないことを言いますのね」


 フチはわりと軽口を叩く男らしい。最初は冗談など受け付けないような真面目な人柄かと思っていたが。

 フチの新たな一面を見て、エイリはまた嬉しくなった。


「橋を渡ったら、西に進もう。後で行程を確認する」

「了解ですわ」

「あとエイリ、」


 フチの声のトーンが急に落ちた。エイリは眉をひそめる。


「フチ?」

「あー、……エイリ、一応、相談なんだが」

「?」


 そこでフチはぽつぽつと、昨日の夜にあったカイとの出来事を話し出した。





 エイリは話が終わるのと同時にあんぐりと口を開けた。

 とっくにポッツ橋を渡りきり、畑と森の間の道を歩いている。太陽は真上に昇り、歩くと汗ばむ陽気だった。


「カイが?」


 エイリの手の平の上でフチはうん、と頷き、見慣れた仕草で考え込んでいた。時折エイリのことを心配そうに見上げてくる。

 エイリはもう、それはそれは驚いていた。フチとカイと一緒にダリアの頭の中に入ったことに、理由など考えようとしなかった。そして、都合のよい夢を見て、目覚めたことも。ダリアの夢の中で起こる不可思議な現象として一緒くたに考えていた。

 フチはそれをせず、ずっと疑問を抱え続けていたのである。


「その……カイに狙われる理由は、エイリはもちろん心当たりはないと思うが……気をつけた方がいい」

「……そうですわね」

「……本当は、こんなことは言いたくなかった」


 フチは歯切れ悪く言う。


「カイが俺たちに悪意を持って接してたのは、恐らく俺のせいなんだ。だから、エイリが気に病む必要はないし、本来だったら知る必要もないことだ」

「……」

「だから伝えたくなかった。ポッツの屋敷でのことは、ルルとも友達になれて、エイリにとって良い体験になっていたはずなのに。……でも、知らないと対策できないから……」

「フチ、あの」


 エイリはちょっと語気を強めた。

 フチは少し、エイリに庇護欲があるらしい。

 少し嬉しいような気もするが、まあそれは置いておいて。


「私、子供じゃありませんわ。カイのことはまあ、怖いですけど。それはそれでしょう。私は屋敷でのことは、経験できて良かったと思ってますわ」

「……」

「それに何より、話してくれたことが嬉しいですわ、フチ。少しは信頼してくださったと言うことでしょう?」


 ちょっと怒ったような言い方になったエイリに、フチはややあって真顔のまま頷いた。分かりにくいが、どうやら驚いているらしい。


「あの、出来れば、これからは色々と教えて頂けると嬉しいですわ。私、フチみたいに頭が良くありませんから。……でも、メンタルは意外と自信がありますから、気にしないで、まずはどーんと来てくださいませ!」


 本当に。自分の知らない大事なことを、大切な人がわざと教えてくれないのは、それこそ結構心にくるのだ。


「お分かりになりまして?」

「……うん」


 フチは目を逸らして頷いた。エイリはその反応に心配になったが、再度肩に彼を乗せて、歩き始めた。





 しばらく歩いて、遠くに街並みが見られるようになってから、すっかり黙り込んでいたフチが再び、口を開いた。


「あー、エイリ」

「?」

「眠いんだ。ちょっと休んでもいいか?」


 エイリは頷いた。

 さっきの話を聞くに、フチはずっとカイを警戒して、気を張っていたのだろう。朝数時間寝ただけで、疲労は取れていないことは明白だった。


「何かあったら起こしますから。休んでくださいませ」

「うん、ありがとう。あと、落ちるから服の中に入れて」

「え? ……ってちょっと!」


 フチはどうやら、エイリのワンピースの首元と、肌の間に挟まったらしい。ちょうど鎖骨あたり。

 エイリは顔を真っ赤にして慌てたが、フチは全然気にしておらず、再度声が眠そうになり始めた。


「ふ、フチ、そこで寝れますの?」

「寝れるぞ……あったかいし、良い匂いだし」

「……」


 また言った。

 エイリはもしかして、このフチという男はわざとこういうことを言って自分を弄んでいるんじゃないかと、わりと真剣に考え始めた。


「……」


 私、もしかして、ちょっと面倒くさいひとを好きになったのかもしれない。


 すぐに聞こえ始めた寝息に、エイリは頬の熱を冷ますように手をパタパタしながら、次の街を目指して歩き始めた。



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