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親指ナイト  作者: 真中39
◆2章:眠れる屋敷の美女の夢
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6.エイリとバターケーキ

 

 ◇



 エイリはぼんやりとしながら、光が燦々と降り注ぐ中庭で、お茶の用意をしていた。


 あれ、私、なんでこんなところにいるんだろう。


 違和感に、身体を見下ろす。ひらひらした、身体の線を強調するドレス。エイリはこのドレスがあまり好きではなかったので、眉をひそめた。


「エイリ?」


 そこで声をかけられ、エイリははっとして顔を上げた。机から少し離れたところに、シナンの近衛騎士の制服を着た女性が立っている。


「メルン! 早かったね」


 エイリは思わず彼女に駆け寄った。

 エイリがメルンと名前を呼んだこの女性は、ハシバミ色の長い髪を高い位置でくくり、常に気難しそうに眉根に皺を寄せている。だが、時折にっこりと微笑む彼女はとても美人さんであることを、エイリはよく知っていた。


「今日は何も不穏な動きをする人間はいなかったからな。私の笛は出番はなかったよ」

「ふーん。あ、メルン、こっちだよ」

「ありがとう」


 シナンの王宮の中庭は常に綺麗に設えられていて、他の寵姫に邪魔さえされなければ、唯一、エイリの心が休まる場所だ。鳥の鳴き声と木々のざわめきに、穏やかな心地になる。


「今日はなんだと思う?」


 メルンを椅子に座らせ、ナプキンのかかった机を指して、エイリはニコニコと微笑んだ。

 メルンは勘がいいから、こういうのは百発百中で正解してくる。


「カボチャだな。カボチャのプディング。どうだ?」

「ブー」

「ん?」

「カボチャのババロアでーす。不正解!」


 メルンは首を捻って顎に手をあてる。納得がいかないときに、一本気な彼女がよくする癖だった。


「ババロアだのプディングだの知らんな。甘いふわふわで正解だろ」

「いやいや」


 ……ああ、夢だなあ。


 エイリは笑いながら独りごちる。こんな過去はエイリにはない。メルンは中庭に来られなかったし、カボチャのプディングだって食べられなかった。

 何回も見た夢だけど、いやにはっきりとしていて、離れがたい。


 ……ずっとこうしていられたら良いなあ。


 そう思ったところで、目の前から耳なじみの良い、低い男の声がした。


「エイリも甘いものが好きか?」


 黒髪の小さな騎士が、バターケーキのバターを頭につけて、エイリを見上げていた。

 エイリは思わず、ふにゃふにゃと口角を引き上げた。


「好き」

「俺もだ。半分食べるか?」

「……身体の比例で考えたら、半分はおかしいでしょ」


 フチは唇を尖らせた。記憶よりずっと、あざとい仕草だった。


「おかしくないだろう。半分、半分でイーブンだ。権利に身体の大きさは関係ない」

「分かったよ……」

「苺も半分だ」

「ええ……」


 菓子屋の中は良い匂いで充満していた。

 周囲には大きな窓といくつものテーブルが並び、エイリと同じ年頃の女性たちが、微笑みながら歓談に興じていた。身につけているアクセサリーが夕暮れの光を反射して、穏やかに輝いている。

 クリームもスポンジも甘くて美味しい。エイリは幸せだと思った。


 フチがケーキをぱくぱくと頬張りながら、次は、と棚のお菓子を眺めている。


「あれだな」

「まだ食べるの?」


 何言ってるんだ、とフチが不満げに言う。


「全制覇するって言っただろう、一緒に」

「……そんなにゆっくりしてる時間ないでしょ」


 フチは首を傾げた。


「何故だ? 時間なんていくらでもあるだろう。これが終わったら、一緒にぼったくりの雑貨屋に文句を言いに行くとも言っただろう」

「……」

「まけてもらうんだろう。何が欲しいんだ?」


 エイリは不意に泣きたくなった。やっぱり夢だと気づいてはいたけれど。


「エイリ?」


 ぱたぱたと近寄ってくるフチに、エイリは微笑んだ。


「私、目を覚まさなきゃ」

「?」

「フチ、貴方の手伝いをしに」


 フチはエイリの護衛を命じられた騎士で、彼は騎士の誇りと矜持をかけて、エイリをネドに送り届ける。

 そうしなければ、彼はおそらく、自分の意義を見出せないだろう。

 エイリはフチの精神の自衛からそれが発露されたものだと、よく理解していた。それ故にこの意味のない旅路にフチを同行させているのである。


「フチ、貴方が好き」


 好きだと告げても態度を変えないように努めてくれるところも、実利を一番に考えるところも、好きだと思っている。1人で考え込む癖もあるようだけど、それも彼の責任感からくるもので、エイリは好ましく感じていた。信用されていないのだけはちょっと悲しいので、自分の振る舞いを改善しなければいけないと思っているけれど。

 フチの支えになれるか分からないけれど、なれればいいと、思っている。例えネドに着くまででも。


「だから、目を覚まして、……そうだね、ダリアの頭の中から抜け出して、……ポッツ橋を渡って、ネドに行かなくちゃ」


 言葉にしながら自分の目的を確認していく。

 いつのまにかフチと周囲の女性は消えていき、目の前にはメルンが頬杖をついて、エイリを見つめていた。


「大変だと思うぞ。外は。訳の分からんことばかりだ」


 エイリは頷く。


「うん」

「ネドに帰ったってお前の居場所はどこにもない。おまけに、お前の好いてる男は、お前を何とも思ってないぞ」

「うん」


 エイリは頷きながら席を立つ。


「早く目を覚まさないと。……」

「エイリ、」


 呼びかけてくる声を振り切って、エイリは歩き出した。こんなに脚が重いと思ったことはなかった。泣きそうだった。


 それでも。

 歩き続けなければ先はないことを、エイリは知っている。



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