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冥王の后は眠らない  作者: マヤオ ミホ
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二人の出会いは死に際






 幾つかの偶然と悪意によって、その国の第一王子たるレグラスはその身分にそぐわぬ薄暗くじめっとした王宮の北の塔にある半地下に入れられていた。




 数週間前から城下で熱病が流行っており、運よく地方へ視察に行っていた父王と母である正妃の二人は流行り病が落ち着くまで王都へは戻らぬ事が決定した。

 レグラスは正妃の子で、王位継承権一位なのだが先の正妃が亡くなった為に新たに就いた二番目の正妃のためか、次を狙う者たちに常に危険にさらされ、レグラスもまた危険の只中にいた。



 王ディオノは、近隣国の元聖女であり女神の生まれ変わりとも言われる正妃マリティアに傾倒しており、常に危険を取り除かんと彼女の守りを固めているのだが、その子であるレグラスには然程の関心も無く、正妃は我が子をどう守るかに苦心していた。


 普段であればマリティアの居ない時は、元巫女でマリティアの乳姉妹の侍女レートがレグラスを守るのだが、現在第二子を妊娠中のマリティアの代わりに顔立ちや雰囲気の似たレートを愛妾へと召し上げてしまい、今回は視察へ伴われていた。

 そのせいで親身な侍従も侍女も側に居なかったレグラスは体調の変化に中々気付いてもらえず、不調を訴えても、どういう訳か治療はされずに今いる半地下の小部屋へ入れられてしまったのだ。



 レグラスは、昨夜から激しい身体の痛みと高熱に浮かされ、寝間着は汗に濡れ、悪寒に震えながら明け方を迎えた。

 意識が飛んだり戻ったりを繰り返しつつ、重い瞼を開けると小さな窓の外がぼんやりと白んで来ていた。



  死ぬのかな……。


 まだ三歳のレグラスに死の実感はないが、今は酷く身体が辛くて、それから解放されるには死ぬしかないのでは?と思うくらいの自我はあった。


 いつの間にか身体の震えが止まり、思考することも止まりかけていた時、閉められた扉の前に白い靄がかかり、自分よりは少し年上らしい少女が現れた。


 現れた時は曖昧だった境界がハッキリしはじめ、その少女が黒髪であることが分かる。



 この国、シャウレディアでは黒髪は冥府の住人と言われあまり好まれないのだが、レグラスは不思議とその黒髪の少女に好感が持てた。


  天へ召される時の迎は、お母様のような美しい方ではなく、きっとあのような可愛らし方だ……


 ゆっくりとした歩調で近寄ってくる少女を見ようと首を動かすが、身動ぐほどの力も無く直ぐにでも瞼が下りてしまいそうだった。



「あなた、死ぬの?」


 心配そうな、でもそれは決まった事のような確認の言葉。


  やはり僕は死ぬのかな。


と、考えるも、じわじわと死を拒否する気持ちが浮かび上がってくる。


 レグラスが死んでしまえば、次は母が今身籠っている弟か妹が自分のように虐げられるだろう。

 新年の会でしか会ったことのない腹違いの弟妹達も同じように苦しめられるかもしれない。

 自分がしっかりと成長して、みんなを守るしかない。

 それに、母はレグラスがケガをしたり体調を崩すとまるで自分のことのように辛そうな、悲しそうな顔をする。

 本来ならば神のみに仕えるはずであった人が、自分のことに心を割くのが何だか申し訳なく思ってしまう。

 あの母ならば、レグラスが死ねば後を追うことだって否めない程に愛情を感じるのだ。



「死にたく、ない」


 閉じてしまいそうな瞼を必死に開いて、少女に向かって言う。

 言葉にしたことで、不思議と力が灯ったように感じた。


「そうだよね! レオが助けてあげる!!」


 少女はそう宣言するとレグラスに駆け寄り身体をぺたぺた触りだし

「やっぱりすごい熱!」

と、背後の扉に向かって走り出した。



「あっ! あなた、なまえは?」


 扉の前で振り返り、真っ直ぐに尋ねる。


「……レグ、ラス」


 答え終えるとともに、レグラスはまた眠りに落ちた。


「レグ・ラス ね? 分かった!!」


 少女は重い扉を体重をかけて開いて、1階に続く階段を駆け昇った。







 玲音は階段を駆け昇った。 今まではそんな事をしたことがなかったので楽しくなってきた。

 階段を上がれば半辺りで、その先の比較的広い廊下が見えた。

 部屋の中はあまり綺麗ではなかったが、廊下は部屋とは似つかわしくない程に立派な作りだった。


「けっこう広そう? すぐに誰かいるかな?」


 一人呟きながら最後の一段を登り切ると、出合頭に誰かにぶつかってしまった。


「きゃぁ!」


 小さく声をあげて、たった今上がってきた階段を落ちるのかと身を縮こませると、ぶつかった何者かにふわりと抱き留められた。


「おっと、失礼。 小さなレディ、お怪我はありませんか?」


 抱き留められたまま、顔を上げると玲音の大学生へ通う兄くらいの年頃の綺麗な男性が心配そうに玲音を見ていた。



「ぅ、うん、大丈夫。 あっ、あなたこの家の人?」


身体を支えてくれている腕に手を添えて、お兄さんの顔を窺い見る。


「この、家……? ま、まぁ、そうなんだ?ろうな?」


「はっきりしないお兄さんね! 別に良いけど。

そこの階段の下の部屋に小さな病気の男の子がいるの!

何であんな所に寝かせてるの? 病気の人は、せいけつ(清潔)でびょうじょう(病状)に合ったお部屋に寝かせなきゃ!」


「階段の下? そこは懲罰部屋では無かったか?

で、誰が寝ているって?」


お兄さんは玲音の勢いに少々戦きながら階段に怪訝な目を向けた。


「レグ!」


「レグ? 小さな子供と言ったか? 誰の子供だ?」


「ラス、かな?? でもあの子もお兄さんも日本人じゃないみたいだから、ふぁ、ファミリー、ネーム?が後ろでしょ?」


玲音は何度も首を傾げながらレグラスの名を呟いた。


「んっ? レグラス、か? えっ? レグラスは陛下達と一緒に郊外じゃないのか?」


お兄さんは眉を寄せ、階段に向かった。


「殿下、そのように怪しげな子供の話、気に止める必要はございません」


そのお兄さんの足を止めるように、背後から声がかかった。


玲音がその声を探し、お兄さんの後ろを見るとクルミ割り人形の兵隊さんのような衣装のお兄さんと同年代くらいの背の高い男の人がいた。

そう言えばお兄さんは絵本の王子さまみたいな服を着ている。


「ここ、お城?」


「レディ、お城は初めてかい?」


「そうね、レオは病院とお家以外はおばぁちゃまのお家しか行ったことないから」


お兄さんは玲音にウイングしながら尋ねてきたので、玲音もおしゃまな笑顔で答えた。


「殿下……そもそもお前は誰だ? 何故この王宮にいる?」


二人が楽しげに応酬していると兵隊さんのお兄さんが水を差してきた。


「女神さまが、来させたの!

お詫びだから好きにしなさいって言ってた。

で、ここに来たの。

だから、あの男の子助けるの!」



因みに、女神さまが来させた。や、好きにしなさい。 云々はかなりの意訳であり、正確ではないのだか、幼い玲音は勘違いに気付くこと無く過ごすことになった。



玲音は思い出したとばかりにお兄さんの手を握った。


「まず、水をちょうだい!

だっすい(脱水)は病気に良くないの!

それと、汗かいてたから拭くものと着替え!

あと、寒そうにしてたから毛布とか暖かいもの。

あとは、何でお布団もベッドも無いの?」


捲し立てるように言うと早く、早く、と握った手をブンブン振り回した。



「あはは、女神さまが? ギオ、女神の遣わした使途に逆らえまい。

それに、本当にレグラスがいるのならこんな所に置いてはおけまい

急ぎ医師と世話をさせる侍女を呼んでこい!」


「私は殿下の側を離れる訳には参りません!」


「馬鹿め、私よりもレグラスの方が尊いのだ。

女神の加護が付くほどに、な」



不満気なギオと呼ばれた兵隊さんのお兄さんに「しっしっ」と手を振り、玲音の手を繋いで階段を降りた。











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