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夜の海

 辻の提案で、キモダメシは二日目の夜に行われることになった。キモダメシ参加メンバーは、すぐにでもクジラ岩のウワサの真相を知りたかったが、辻にこう言われて考えた。

「二日目の方が疲れて先生も生徒も熟睡するだろうから、二日目の夜の方が安全だろう」

 二泊三日のキャンプでは、一日目の夜は慣れない環境のため、なかなか寝付けない人もいるが、二日目になると疲れが溜まってぐっすり眠るという人が多かった。

 それは生徒も教師も同じことである。

「初日に何もなければ先生達も油断するだろうし」

 それに、と辻は続けた。

「バレた時のことを考えると、二日目の方がいい」

「何で?」

 小長井の問いに辻は答えた。

「決まってんじゃん。オトガメの時間が短いからだよ」

 一日目の夜に抜け出したことが判れば、教師達の説教は実質二日間続くことになる。二日目ならば残り一日叱られるだけで済むのだ。

 辻の意見に皆が同意を示した。

 そうして、キモダメシ決行は二日目の夜と決定した。



 キャンプファイアーの片付けを終えた後、生徒達は就寝準備を整えた。就寝前に各部屋で点呼が行われ、全員いることが確認された。そして、生徒の就寝後、教師による見回りがなされた。その時点で生徒達は皆寝静まっており、教師達も眠りに就いた。


 時計が日付の変わり目を指してから、その片手が二回転ほどする頃、周りに悟られないよう静かに床を抜け出す者があった。その数は十に少し足りない程度だった。彼等はこっそり宿泊所を抜け出して夜の海へと向かった。


 暗い浜辺に集う黒い影は、何やら小声で話をしていた。

「ルールは簡単。二人一組でクジラ岩まで行って帰って来るだけ」

 小長井がキモダメシの方法について説明し、メンバーは頷いた。

 キモダメシ参加メンバーは、辻に言わせると「まあ、見事に問題児(自分込み)ばかりが集まったなぁ」という八人だった。何かやらかすと「またお前等か!」と教師に言われるようなヤンチャ者ばかりだ。もっとも、そうでもなければ、夜中に幽霊のウワサの真相を確かめるキモダメシになど参加しないだろうが。

「行った証拠が欲しいよな。目印つけるとか」

 加藤の提案は皆の賛成を受けてルールに加えられた。

「じゃ、クジラ岩の尾の部分に何か目印をつけてくること」

 相談がまとまると、キモダメシに行くペアと順番が決められた。ジャンケンで同じものを出した二人が組む。三人以上同じものを出した場合は無効である。キモダメシはペアが決まったのと逆の順番に行うとした。

 

 辻と加藤はペアになり、一番最後にキモダメシに出掛けることになった。

 月がかなり明るかったので懐中電灯などは持たずに行くことにした。その調達が困難ということもあったし、暗い方がスリリングという考えもあった。

 出発地点は、遊泳区域と遊泳禁止区域の境目の延長線上の砂浜に立ててある「これより先、遊泳禁止」という看板。遊泳禁止区域に向かって砂浜を歩いていくと岩場があり、岩を登ってその上を少し行くとクジラ岩がある。そこでクジラ岩を一周して折り返し、出発地点がゴールとなる。


 一組目は15分程度で戻ってきた。岩場が少々歩きづらかったが、月の灯りで足元は何とか見えたし、怪しい人影も幽霊らしきものも見なかったと言う。一組目の報告に安心したのか、二組目は足取りも軽やかに10分ほどで戻ってきた。一組目同様、特に何もなかったという。三組目は20分程かけて辺りを少し注意深く見てきたが、やはり幽霊のウワサの真相は判らなかったと言う。

 皆に見送られて辻・加藤ペアは出発した。

 岩場を歩いてクジラ岩に着くまでは何もなかった。皆のつけた印を確かめるため尾の方に回ると、クジラ岩の尾には石で削られた白い線があった。それは左から順に、○、×、△という図が描かれていた。

「○、×、△ときたら、やっぱ□かな」

 と石を拾って加藤が言った。

「意表をついて花マルとかにするってテもあるな」

 と辻。少し考えて加藤は提案した。

「じゃ、温泉マークで」

「決まり!」

 辻の賛成を得て、加藤はクジラ岩に湯気が立ち上る楕円のマークを描いた。

 印を付け終え、二人はクジラ岩の尾を回って頭部へ向かった。

 クジラ岩は海に頭を向ける形になっている。頭部から海までは1メートルほどで、足場は悪い。岩場から1メートルほど下に海面があり、波はかなり大きい。潮の流れも速く危険だと言われている。

 クジラ岩の眼下には、暗い夜の海が広がっていた。

 二人は注意しながら岩場を進んだ。前に加藤、後ろに辻、右手に海、左手にクジラ岩という位置関係である。

 不意に、明るく地上を照らしていた月が雲に隠れた。光ごと雲に隠されてしまった月は、もはや灯りとしての役割を果たしてはくれなかった。急に辺りが暗くなり、足元が見えづらくなった。

「…!?」

 加藤は自分の体が傾くのが判った。安定の悪い石の上に片足が乗ってしまい、バランスを崩したのである。加藤は海に向かって倒れる形になった。このままでは海に落ちる。

 加藤の危機に気付いた辻は慌てて加藤の腕を掴んだ。しかし、一度ついた勢いは止まらず、辻の腕を巻き込んだまま加藤の体は海に引っ張られた。

 海面に水飛沫が上がって、二人分の重みと体積によって波が高く上がった。海中で二人は強い潮の流れを感じた。流れは加藤の体を引っ張っていく。加藤の腕を掴んで辻は引き戻そうとするが、潮の力の方が強かった。潮は加藤の体を引き寄せ、そして次第に辻の体を押し始めた。

 潮の流れに逆らえず、二人は夜の海に飲み込まれ始めた。意識が遠のいていくのを、かすかに加藤は感じた。

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