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「人間の傲慢、美しく見せようぞ」.1

「そうなの……菫ちゃんがそんなことを……」


「はい……私なんかを庇うために……菫は」


「なんか何て言うなし。そこに寝ている菫も含めて、私たちも貶していることになるよ。悪いけど、あんたがどう思うと、自分を無価値な人間と思うのはもうやめにしたんだよ。昨日のロザ君の頑張り見なかった?」


「ギルフィーナ……」


「それに菫はあんた一人のためにあのクソ女に立ち向かったんじゃないわよ。『もう仲間のあんな顔を見たくはない』って、菫が言ったよね。なら責任は全員分よ」


「フィーナちゃん偉い!よく言った!よしよしよしよし」


「ああもうお姉ちゃんやめて恥ずかしい!あと髪がぐちゃぐちゃだ」


 守るべき仲間たちの声が聞こえる。


 何を話しているのだろう。頭が重くてよく判別できない。


 吐き気がする。後頭部を鈍器で思い切り殴られた気分だ。目を閉じていても世界が回っているように見える。


 でも機嫌は悪くない。何だろう。


 何かをやり遂げた気がするんだ。


 何か、昔からやりたがっていたことを。昔から憧れていたことを。俺がやるべきことを。俺しかできないことを。


 俺は……


 妾は。そうじゃ。


 仲間を庇うがため、巨大な敵に向かって啖呵を切り、勝つ見込みのない戦いを挑んだ。


 結果はよく覚えていないのじゃが……


 後悔はない。


『やぁ。やっとお目覚めか』


 脳裏に声がよぎる。聞いたことのある声じゃ。


 そうじゃ……これは。


 敵の声じゃ。


『あと数分もすればあなたも安定するだろうから、今からメタ発言を全部言おうと思って』


 メタ発言?何のことじゃ?


『峰下信也としての自覚を消す工程は手作業でね。新しく構築されている人格を壊さない程度に自分を峰下信也と思わせないように情報を与えるのは細かい調整が必要よ。そのためにあなた方四人、一人一人違う方法を確立させなきゃならなかったわ。まあ私の手に掛かれば朝飯前よ』


 どういう理屈で妾の脳に直接語りかけているのだろう、こやつは。


『誤解を生じないため言っとくけど、あなた方のアルゴリズムが成立しているのは峰下君だけの手柄じゃないわよ。私の世界に組み込んだから成立しているのよ。この世界の根幹の部分にある、昔から私が書いていたNPC用のAI工程があるわ。峰下君のコードと私が書いたコードが偶然適合した。それこそ道端で適当に誰かの血を採って輸血したら排斥しなかったってレベルの偶然ね』


『別に峰下君の仕事は重要じゃなかったって言いたいわけじゃないわ。私もあなた方の母のようなものって言いたいだけよ。私のコードがいなかったら、この世界に投入されてすぐ、あなたは発狂、他の三人は自壊ってところかしらね。まあそのコードの元は錦香君の論文だけど。コードが適合した理由もそこにあるわ。同じ論文から派生した考え方は多かれ少なかれ共通するものがあったわね』


『感謝しろとは言わないわ。親だから子に何をしてもいいとも言わないわ。そして、親的な立場だからあなた方を所有しているとも言っていないわ。親の立場を振りかざす者こそ私が一番嫌いな人間だから。えっと、だからね』


 なんじゃろう。


 こいつは何を言っておるのじゃ。


 歯切れの悪い奴め。


『私がやったことは全部趣味に基づいた正当な行為よ。セツカ君の泣き顔が可愛かったから、ムラムラしてついやりすぎただけよ。モラルハラスメントには該当しないわ。該当しないから反省もしないし、こめんなさいも言ってあげないわ』


 なんじゃろうな。言っていることの半分も理解しておらんが、こやつはすでに謝っているように聞こえているのは妾の気のせいじゃろうか。


『コホン。ごめんなさいは言わないけど、気が向いたからあなた方ゲーマーが大好きな隠しクエストをあげるわ。あなたが飛び跳ねて喜びそうな報酬請け合いよ。別にお詫びじゃないから勘違いしないで頂戴。たまたまの、ただの気まぐれよ』


 そうじゃったか。知らんがな。


『そろそろコードの循環が完成するわ。あなたは他の三人と比べ、峰下信也との繋がりが強いから、無理に記憶の消去をしたら多分頭がパーになるからやめといてあげたわ。だから他の三人と比べると、現実に関する知識が著しく多くなると思うけど、矛盾が生じたら気にしないようにしなさい』


 おい。今、今世紀一番無責任な言葉を聞いたのは妾の気のせいじゃないじゃろうな。


 あと頭がパーになるとか物騒なことを言うでない。怖いわ。


『私からの話は以上だわ。まあ起きたらあなたは話の内容、半分も覚えていないだろうけど。私は悪くなかったってことだけ覚えて頂戴』


 あい、分かった。


 お主が全部悪いってことだけ覚えておこう。


 そして、世界は静かになった。


 潮のように引いていく頭痛と同時に、頭がクリアになっていく。


 妾は……


 妾は春陽堂菫。


 仲間を守護する武人にして、自然との調和を信仰し、動物霊を憑依し戦うソードメイデン(刀剣巫女)


 戦陣において最初に突撃し、最後に引くことを名誉とし、誇り高き野性の刃。


 趣味はアニメ鑑賞とゲームじゃ。


 ……はて、アニメとゲームとは何ぞや?


 それが趣味じゃと思うが、どうもはっきり思い出せぬ。


 あと、妾には秘密がある。


 それは。


 女でありながら、女が好きなことじゃ。


「菫っ!」


 どうやら妾はいつの間にかベッドから身を起こしていたらしい。


 セツカ殿が物凄い勢いでこちらに突っ込んで来ては熱い抱擁をくれた。


「おはよう、セツカ殿」


「うぅ……無事でよかった」


「妾は頑丈なのが売りじゃからな」


「そんなこと……」


 さめざめ泣いておるセツカ殿の頭を優しく撫で下ろし、妾は自ずと胸の内が暖かくなった。


「菫ちゃん大丈夫?」


「菫、どこか具合が悪いとこある?」


 同時に妾の顔を心配しそうに覗き込むアガタ姉妹。


「さっきは頭痛がしたが、もう平気じゃ。そんなに顔色が悪かったのか?心配をかけてすまなかった」


「無事でいてくれたからいいよ。もう、あんなに猪突猛進して」


「ははっ。あれしきのことは造作もない。愛するお前たちを守るためなら何回だってするさ」


「もうあんな事しないてください!」


 顔を上げて思い切り大声で叫んだセツカ殿の必死な形相に、妾は引かざるを得なかった。


「あ、ああ。もうしないさ」


「本当?」


「本当じゃ。次からは気を付けよう」


 セツカ殿を宥めている間、アガタ姉妹は別のことを気にしているようじゃ。


「覚えているの?」


「何をじゃ?ウラカの奴を怒鳴ったことか?」


 キョトンとする顔を見せる二人じゃが、何故じゃ。


「あれは昨日のことじゃぞ。忘れるはずもあるまい」


「そ、そうよねー」


「そうだよね」


 二人は顔を見合わせて、背を向いて秘め事を話し始めた。


「お姉ちゃんの時と違うよね」


「うん。私の場合結構前後不覚だったような気がするよ」


「菫の場合……ウラカ社長のこと覚えているけど」


「私は、昨日ここがゲームの世界ってことすら忘れていたよ。菫ちゃんはどうなんだろう」


「マジか。じゃー分からないけど下手に刺激しない方がいいよね」


「私もそう思うよ」


「何を話しておるのじゃ?」


「「い、いや!何でもない!」」


 ハモった。流石姉妹じゃ。


 しかし……こう……姉妹二人が並ぶと絵になるな。


 小柄で可愛らしいアガタ殿とセクシーでプロポーション抜群のギルフィーナ殿。


 姉妹としてはあまりにも違い過ぎるが、各々趣があって良いのじゃ。


 そして今私の懐で泣いているセツカ殿。


 艶やかな長い黒髪からラベンダーの匂いが立ち上がり、妾の鼻腔をくすぐる。


 雨に打たれている石斛蘭のような泣き顔。美しくも儚い美人の涙。


 本当に申し訳ないが……そそるものがおる。湧き上がる何かがおるのじゃ。いじめたくもなるような泣き顔じゃ。何かスイッチが開かれそうな……あとそこまで強く抱きしめないでくれ……


「あっ」


「うん?」


 セツカ殿を押しのけるわけにもいかないので、何かこの状況から脱するために役立つものはないかと周りを見渡したら。


 発光している、小さな猫が空中に浮いていた。他のみんなもそれに気付いたらしく、凝視している。


 一目で分かった。あれは霊体じゃ。


 妾と契約を結んでいる、妖狐、鬼熊、犬神と同じの動物霊じゃ。


 仔猫は妾を見るや否や、悲しそうな顔をして鳴き出した。


 助けを求めているのか。


「どうやら一旦里に帰るべきのようじゃ。誰かの使いか……それとも救助を頼みに来た可哀そうな子か」


 妾はさっきまでの邪念を一切振り払い、武人としての面構えを取り戻した。


「どっちみち、放っておけん」


 仲間たちは少し驚いていたが、すぐに頭を縦に振ってくれた。


 幼き命を奪うとはどういう了見なのか。


 じっくりと、我が刀が聞いてくれようぞ。


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