声劇台本 エヴァ・ブラウン
アドルフ:
エヴァ:
ピンス:
アドルフ:
出て行け
エヴァ;
いやです
アドルフ:
出て行け
エヴァ:
いやです
アドルフ:
なぜだ?
なぜ出て行かない?
出て行ってくれないんだ?
ここは、私の家だ。な?
俺に残された、唯一の財産だ。
エヴァ:
あなたのものです。
アドルフ:
じゃぁ、でていけ。
かばん
服
靴
帽子。
エヴァ:
ちょっと、やめてください
アドルフ:
みんな私が買ってやった
が、これで、お前のモノは全部だ。
さぁ、出て行け。
エヴァ:
あなたのものです
アドルフ:
そう、
エヴァ:
わたしも、あなたのものです
どうして、傍にいてはいけないのですか?
アドルフ:
・・・私のものだと言うなら、
私のいう事に従え。
エヴァ:
あなたの傍にいられないのなら、
それは、
生きていないのと代わらない事なんですよ。
アドルフ:
・・・それを決めるのは君ではない。
いくんだ。エヴァ。
エヴァ:
私は、あなたと生きたいんです。
アドルフ:
何が足りない?金か?
エヴァ:
モノやお金じゃないんです。
アドルフ:
いくらだ?
いくらあれば、足りる?
ん? どうだ? たりないか?
エヴァ:
やめてください。
アドルフ:
足りるのか。足らないのか。どっちだ?
エヴァ:
あなた!
ピンス:
あのー 奥様
アドルフ:
あぁ、ピンスか。
ピンス:
えっと、お邪魔でしたでしょうか?
エヴァ:
いえ。気にしなくていいのよ。ピンスさん
ピンス:
そうですか?
アドルフ:
どうした?ピンス。
ピンス:
えぇ、お食事の準備が出来ましたので、
お呼びにきたのですが、お忙しければ後ほど・・・
アドルフ:
そうか。もうそんな時間か。
ピンス:
出直しましょうか?
アドルフ:
出直す必要などない。
ピンス:
ですが
エヴァ:
気にしなくていいのよ。
ピンス:
そうですか?
エヴァ:
えぇ 彼は今、少し気が立っているの。
ピンス:
でしたら、お食事は後ほどに
アドルフ:
もってきてくれ。ここで食べる
ピンス:
ですが、少々散かっておりますし、
一旦食堂にお越しいただいて
アドルフ:
ここで食べるから、もって来い
ピンス:・・・
エヴァ:
彼の言う通りにして。手間をかけて悪いけど。
ピンス:
手間などと、滅相もない。
エヴァ:
いつもありがとう。私が片付けておくから。
アドルフ:
もってくるのは一人分でいいぞ。
エヴァは、金をもって出て行くんだ。
エヴァ:
あなた!!
アドルフ:
なんだ
エヴァ:
やめてください。
アドルフ:
お前はここを出て行くんだ。
そうだろう?
お前は、出て行った先で、この金で。
そこで、暖かいスープでも食べれば良い。
エヴァ:
あなたは、私にピンスさんの前で、
恥をかかせようというの?
アドルフ:
恥?
エヴァ:
二人でいるときなら、何を言われたって構わない
だけど、人前で私を侮辱するのはやめてください。
それは、私だけではなくて、
あなた自身を辱める行為です。
アドルフ:
辱める?
いいかね。辱めるとは、
高貴なものに対して行う行為だ。
私たちは、高貴なのか?
こんな穴倉に、ドブネズミの様に隠れて
冷たい豆のかんづめ位しか食う物がない
私たちが、
エヴァ:
わかりました。もういいの。
もうやめにして下さい
アドルフ:
おい、エヴァ
エヴァ:
ゴメンなさいね。ピンスさん。
みっともない姿をお見せして
ピンス:
あぁ、奥様。お食事は?
アドルフ:
やっと出ていったか。
ピンス:
あの、旦那様。奥様は。
アドルフ:
お前もさっさと行け。
ピンス:
ひぇ ただいま
アドルフ:
ようやく、あれが出て行った。
こんな所に、居てはいけない。
これでいいのだ。
これでいいのだ。
これで
アドルフ:
ピンスか?
ピンス:
へぇ
アドルフ:
飯か
ピンス:
へぇ
アドルフ:
今日の飯は、
また、豆の缶詰か。
ピンス:
へぇ
アドルフ:
あと、何度、食べられるのか
わからない食事だと言うのに。
ピンス:
へぇ
アドルフ:
まぁ、仕方ない。贅沢は言ってられないか。
おい。エヴァ。塩をとって
ピンス:
旦那様
アドルフ:
いや、いい。自分でとる
ピンス:
へぇ
アドルフ:
ったく、硬いんだよ。この!
ピンス:
あ、旦那様
アドルフ:
・・・もういい。
おい、ピンス。そこのキャンディを取ってくれ
ピンス:
へぇ
アドルフ:
まったく。
なっちゃいない。
なっちゃいない。
おいピンス!
ピンス:
へぇ。旦那様
アドルフ:
キャンディが後一個しか残っていない
きちんと補充をしていないからだ。
まったく、なっちゃいない。
きちんと補充をしておくように。
・・・まったく・・・あと・・・何度・・・食べられるか
・・わからないと言うのに
ピンス:
いえ。それが最後でございます
アドルフ:
なに!?たっぷりと用意しておいただろう?
まさか、お前が残り全部を食べたと
言うんじゃないだろう。
ピンス:
いいえ?倉庫にはたっぷりとございます。
アドルフ:
なら、倉庫にとりに行け。
私の、口の中の、キャンディが、なくなる、前に
でないと、
ピンス:
でないと、なんですか?
アドルフ:
お前は、いつから私にそんな口を
きく様になったんだ?ピンス
ピンス:
休憩をってね。タバコ。いいですか?
アドルフ:
ばか言うんじゃない。
タバコを・・・嫌い・・・な
ピンス:
お分かりいただけましたか?旦那様?
エヴァさんが出て行くのを待っていたのは、
あなただけじゃ無い。
アドルフ:
頭もおかしくなったのか!?
ピンス:
いいえ?
私はいたってまともですよ?旦那?
アドルフ:
こんな事をして、ただで済む
ピンス:
しぃーーー
静かに。ぎゃーぎゃー 騒がないで下さいよ。
タバコ、よろしいですか?
アドルフ:・・・
ピンス:
では、失礼しますよ。
で、どこから聞きたいですかい?
アドルフ:
何がだ?
ピンス:
自分に銃口を突きつけている男は何者なのか?
なぜ、自分が殺されようとしているのか、
聞きたくないですかい?
アドルフ:
くだらない。
ピンス:
いいや。あんたは聞くべきだ
アドルフ:
私を殺したいものなど
それこそ、山のように居る
ピンス:
そうだ。
だからあんたは、 聞かなきゃいけない
アドルフ・ヒットラー
アドルフ:
・・・それでは、聞こうか。
お前は、どこの手のものだ?
チャーチル?
ルーズベルト?
レーニンか?
ピンス:
俺はユダヤだ
アドルフ:
そうか
ピンス:
俺はユダヤ人だ。
あんたが殺した、ユダヤ人だ。
アドルフ:
そうか
ピンス:
そうかしか言えねぇのか?
俺はユダヤだ。ユダヤ人だ。
謝罪は?
「すまなかった」って。
「ごめんなさい」って、言わねぇのか?
アドルフ:
そう言えば、私を殺すのをやめるか?
ピンス:
やめるわけがねぇ。
アドルフ:
では、言うだけ無駄なのだな。
ピンス:
あんたは、悪いと思ってないのか
アドルフ:
悪い?
ピンス:
人を殺すことが。
悪いと思っていないのか?
自分がした事が間違ってたって、
わからねぇのか?
アドルフ:
何がいけない?
それが、国家のためだからだ。
国家に忠誠を尽くすとはそういう事だ。
ピンス:
後悔していないのか?
大勢の人が死んだっていうのに
そんな、
アドルフ:
それが、私の務めだった。
ピンス:
人を殺す事が、あんたの務めか?
アドルフ:
そうだ。
ピンス:
人を殺す事がか?
アドルフ:
…問答は終わりさ。
撃つんだろう?
ピンス:
あぁ。撃つさ。
アドルフ:
それが務めだからな。
それでいい。
君は私と同じように、只、
義務を果たすだけだ
ピンス:
違う
アドルフ:
私と同じように、義務によって人を殺す
ピンス:
そうじゃない
アドルフ:
良心の問題じゃない。
君はただ務めを果たすだけだ。
ピンス:
俺はお前とは違う。
アドルフ:
どこが違う?
ピンス:・・・
アドルフ:違わないさ。
ピンス:・・・
アドルフ:
君が来てくれた事は、むしろ幸いだな。
君が私を殺すことで、私は私の正しさを
証明することができる。
私が間違いを犯したとしたら、それは負けた事だ。
ピンス:
あんたなんか、いちゃいけない。
殺したいほど憎い。
アドルフ:よく言われる。
ピンス:
あんたを、ここで撃たなかったら?
アドルフ:
それは、少し困る
寝るときも電気は消せない、こんな暮らしだ。
もう、良いとも思うが。
私が死ぬ時まで、こいつは消せない。
…忘れないでくれ。ピンス。
電気を消すのは私が死んでからにしてくれ。
ピンス:
暗闇が怖いのか?
アドルフ:
あぁ。怖いさ。
ピンス:
覚えておいてやる。
エヴァブラウンはあんたの太陽だった。
アドルフ:
悪いな。ピンス
(エヴァ、荷物の準備をして、扉の前に立つ)
エヴァ:
あなた。 あなた。
まだおられますか?
もう、行きますね。
行きますよ?
アドルフ:・・・
エヴァ:
「さよなら」も言ってくれないんですか?
・・・そう。
では、行きますね
ピンス:
いいのか?愛してたんだろう。
アドルフ:
あれは、私にはもったいない位いい女だ
エヴァ:
…ねぇ。あなた、覚えてられます?
あなたと私がはじめてあったときの事。
ピンス:
彼女は今でもあんたが好きだよ。
エヴァ:
私は17歳。私が助手をしていた写真スタジオに
あなたが訪ねてきたの。
イギリス製の明るいコートと、
大きなフェルト帽だったあなた。
初めて会ったその日に、
私をデートに誘ってくれたの。
私があなたの事を見つめていたのはそうよ?
でも、はじめにデートに誘ってくれたのはあなたよ。
あなたから誘ってくれたの。
「この後、夕食を一緒にどう?」って
ピンス:・・・?
アドルフ:美人だったからな
エヴァ:
あなたは、私を見たこともない様な
綺麗なレストランに連れて行ってくれたわ
アドルフ:…
エヴァ:
あなたが、頼んでくれたワイン。
知ってらした? あれ、本当は
フランス産でしたのよ?
あの味は、イタリアや、ドイツには無理よ。
アドルフ:・・・
エヴァ:
あなた、コックにはうるさいのに、
あんまりご存知ないのね
でも、本当に楽しかった。
いっぱい、素敵な思い出を作ってもらった。
いっぱい、素敵な思い出を頂いた。
ここを出てから、私、あなたに頂いた思い出で、
十分幸せに生きていけますよね。
知っていたの。
あなたは、私の事を思って、
遠ざけようとしてくれたのですよね。
私には、生きてて欲しいと思ったから、
こうしてくれたんですよね。
あなたと居られて、
本当に楽しかった。本当に幸せだった。
ゴメンなさいね。わがままばかり言って。
こんなに幸せにしてもらって、
あなたに感謝しなくちゃいけないのに、
またわがまま言って。
・・・でも、私やっぱり嫌な女ね。
あなたにまだおねだりしたくなるの。
もっと、思い出を残したいの。
もっと、あなたとの思い出が欲しくなるの。
私、駄目な女よ?
あなたは、ほんっとに、
もったいない、嫌な女なの。
ピンス:男なら行けよ。
アドルフ:エヴァ
エヴァ:あなた
アドルフ:馬鹿だよ。お前は。
エヴァ:ごめんなさい
アドルフ:負けるんだぞ。死んじまうんだぞ。
エヴァ:うん
アドルフ:
馬鹿だな。お前は。こんな男のどこがいい?
エヴァ:うん
アドルフ:駄目な奴だぞ私は
エヴァ:うん
アドルフ:お前は、ほんとに
エヴァ:あなた
アドルフ:ん?
エヴァ:愛してる。
ピンス:
あぁ、しらけちった。
じゃ、後はごゆっくりー
エヴァ:ピンスさん?
ピンス:ごゆっくり。奥様
アドルフ:ピンス
ピンス:ん?
アドルフ:
そこの机の引き出しに、
水色の小箱があるだろ。
持って来てくれないか?
ピンス:
あのねぇ
アドルフ:頼む。
エヴァ:あなた?
アドルフ:
私は、お前のことが大好きだった。
生涯の恋人はお前だけだった。
エヴァ。
女はお前だけでよかった。
お前は、私といれて幸せだったと言ってくれたが、
お前に、
女としての幸せを与えてやれなかったのが、
心残りだった。
エヴァ:
ヒトラーの恋人になれたのですもの。
そんな事は覚悟していました
アドルフ:
用意はしていたんだ。
君にあった次の日には、
もう指輪は用意していた。
エヴァ:
総統閣下は結婚できないんじゃなかったかしら?
アドルフ:
私はもう只の男だよ。エヴァ。
エヴァ。
どうか私と結婚してくれ、愛しているんだ。
エヴァ:えぇ。喜んで。
アドルフ:ピンス
ピンス:
えぇ。えぇ。こういう時には、音楽ですよね。
はいはい。かけさして、頂きますよっと。
エヴァ:ピンスさん
ピンス:はい。奥様?
エヴァ:ありがとう
(音楽が流れ、アドルフがダンスに誘う)
アドルフ:お嬢さん
エヴァ:えぇ
アドルフ:
実は、あまりダンスは得意じゃないんだよ。
エヴァ:
あらそうなの。上流階級には見えないわね
アドルフ:
実はそうなんだ。画家になりたかった
エヴァ:何されてる方?
アドルフ:
独裁者をやっている
エヴァ:はは。ちょび髭が可愛い
ピンス:
では、今度こそ、おいとましますよ
アドルフ:ピンス
ピンス:へぃ!なんでしょう?
アドルフ:
音楽が終わったら、明かりを消してくれ