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憲法クン  作者: とみた伊那
6/9

自民党憲法改正案が通過した2025年の近未来 6.カステラの箱

ケンは上司の黒井部長に尋ねた。

「部長、あの、先日のカメラの件ですが、あれってもしかすると」

上司はジロッと睨んだ。

「君が何を考えているか知らんが、余計なことは言うな。君はただ上から言われたことをやっただけだ。それが良いか悪いかを考えるのは君の仕事ではない。決まったことをやる。それが会社というものなんだ」

ケンは暗い表情のままだ。黒井部長はいつになく優しい声で言った。

「次の仕事はたいしたことじゃない。ちょっとそこの虎目屋に行って菓子を買ってきてくれ。カステラの大箱だ。必ず箱に入っているものを買ってくるように。それからちゃんと紙袋に入れてもらうように。君にはここまで言わないと分からないだろうからね」

ケンは言われたとおり、カステラを買うために会社を出た。


虎目屋の菓子袋を持ちながら会社へ戻る途中、ケンは自動車販売会社のショーウィンドーを眺めた。悲しいとは思わないが、昔ケンが欲しいと思っていた車がピカピカに磨かれてそこに飾られていた。

「どうです。乗ってみませんか」

声をかけられた。

「いや、お金が無いから買えません。ちょっと興味があるから眺めていただけです。すみません」

「お客さん、車が好きなのですか。何なら中へ入って近くで見ていきませんか。なに、買わなくてもいいですよ。私も今日は暇でね。車好きなら、ちょっと話し相手が欲しくなったのですよ」

「いいんですか。ではちょっとだけ、見せてください。でも本当に買えないのです。子供がいてお金がかかるから」

「お子さんですか。いいですね。私も孫がいます。今7歳です。カワイイ盛りでね。でも今は単身赴任だからなかなか会えません。少し前までは一緒に住んでいたのですが、家族は移住して今は沖縄の離島にいます。私も一緒に島で暮らしたいのですが、年金が出なくなったために両親と家族を養うために、 ここに残って働いているのです。そのため、たまにしか会うことができません。それどころか、今度中国に転勤になるのです。営業成績が悪くて飛ばされましたよ。ここで仕事をするのは今日が最後です。明日、中国に行きます。もっとも私だけが成績が悪い訳じゃない。今、日本では若い人が車を買わなくなった。生活するのにいっぱいいっぱいで、とても車どころじゃない。それに会社のノルマもひどいもんだ。ノルマ通りに売るのには、今の若者一人に対して車三台を買ってもらわなくちゃならない計算になるのだから。あ、お客さんのことを悪く言っている訳じゃないのです。気を悪くされたのならごめんなさい」

「いえ、気を悪くなんてことありません。それより車を見せてくれてありがとうございます。僕もいつかは、こんな車を買えるようになりたいです。中国ですか。家族と離れて大変ですね。気を付けて行ってきてください」


“僕なんか、良いほうなのかもしれない。貧しいけれど家族と一緒に暮らすことができているのだから”

ケンが会社に戻ると黒井部長が言った。

「ケン、お前確か免許持っていたな」

「はい。若い時は車が好きでよく運転していました」

「ちょうど良かった。これから大切な場所に行くのに運転手がいなくて困っていた。運転手として付いてこい」


ケンは言われるまま会社の車の運転席に座った。

「これは大切なものだから、目を離さないように」

黒井部長から先ほど買った虎目屋の紙袋を渡された。

おやっ。

明らかに重さが違う。すかさず黒井部長が言った。

「いいか、これから大切な仕事に行くのだから、お前はそこで一言もしゃべってはいけない。そこで見たこと、聞いたことを人に話してもいけない。ただ、そこで石になるんだ」

ケンは何か恐ろしい気配を感じた。


ケンの運転する車は、とあるホテルの前に止まった。

「ちょっとここで待っていろ。すぐ戻る」

黒井部長が去ると、ケンは薬を飲もうとポケットをさぐった。気分が優れないので、昼休みに病院で処方してもらった安定剤だ。手が震えて薬ビンが落ちた。それを拾おうと屈んだ時、助手席に置いた虎目屋の袋も落としてしまった。

「大変だ。大切なものと言われたのに怒られる」

その紙袋を拾った時、そこから薬ビンが転がり落ちた。それを拾い、次に自分が落とした薬のビンを拾った。瓜二つのビンである。

「困った。どっちだか分からなくなってしまった」

ケンは二つのビンを隅から隅までよく眺めた。

「なんだ、どっちも同じじゃないか。残っている薬の量も同じだ。これならどっちでも良いだろう」

そう言って片方を紙袋に入れ、もう片方を開けて飲もうとした。その時、黒井部長が戻ってきた。


「お客様だ。赤坂の料亭まで車を出せ」

バックミラーを見て、ケンは死ぬほどびっくりした。それはテレビでしか見たことの無いツガ官房長官だった。一言も話さないまま、後部座席に座った。それなのにものすごい威圧感がある。

「石だ、僕は石だ」


運転をしながら、後部座席では黒井部長がツガ官房長官に話しかけている。

「ツガ先生。先日のお願いの件は考えていただけましたでしょうか」

「さすがに憲法改正したといえ、9条の3を実行するとなると国民の理解を得るのが」

「しかし国民は今、景気が悪くて苦しんでいます。今ここでISに対して9条の3を実行すれば、それにより我がエチゴ商事の製品が売れ、経済がどれだけ回復するか」


ケンの運転した車は料亭の前に着いた。

「どうぞこちらへ」

黒井部長はツガ官房長官を案内した。

「遅くなるかもしれないが、ここで待っていろ。さっき言ったことは忘れるな。自分が石だと思って、ただ会社からの指示に従っていればいいのだ」

黒井部長はケンから紙袋を受け取った。


その頃、南島では優香がブログのネタを探していた。

「毎日変化が無くて暇ね。眠くなっちゃう。翔太、何か変ったことはない? 」

「毎日暇なのは、日本が平和だからだよ。平和なのは憲法9条のおかげ」「そっか。じゃあ今日はそれにしよう。翔の魚釣りの写真と、憲法9条ね」

“毎日平和で憲法クンは魚釣りを楽しんでいます。これは憲法9条で戦争を放棄したお蔭です”


新憲法九条

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。


待っている車の中で、ケンは考えた。

「憲法9条の3って何だろう」

スマホをクリックしてみた。

新憲法九条の3

国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、または国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。


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