自民党憲法改正案が通過した2025年の近未来 4.クーデター
○月○日。皇居が占拠された。
「わが軍はこれより憲法に基づき天皇陛下の下、新政府を樹立する。カベ総理とその内閣はすぐに全員辞任して、ワレワレの指示に従うように」
朝、臨時ニュースが流れた。それを見ていた律子は迷った。
「あら、カベ総理とクーデター政府と両方できてしまったのね。私達はどっちに従えばいいのかしら」
それを聞いた翔太・憲法クンは7歳とは思えぬしっかりした言葉で言った。
「憲法第1条 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。第6条の5 第一項及び第二項に掲げるもののほか、天皇は、国または地方自治体その他の公共団体が主催する式典への出席その他の公的な行為を行う」
あまり一度にいろいろ言われたので、回りにいた大人は意味が分からなかった。もっとも7歳の翔太自身、どこまで理解して言っているのかはわからないが。それを補足するようなクーデター政府の説明があった。
「ワレワレは天皇を元首とするクーデター政府である。新憲法では国民は憲法に従う義務があるけれど、その中から天皇がはずされている。つまり天皇だけは憲法を守らなくても良い。そして内閣総理大臣は国防軍の長である。でも今回のクーデターを仕掛けたのは宮内庁警察。つまり内閣総理大臣が長ではない。そして第6条の5。天皇は告示行為のみ行う、から”のみ”が消えている。つまり国事行為を行なうけれど、それ以外の行為を行ってはいけないとは書いていない。今回の活動は第六条5の その他 の活動になる」
「何かよく分からないけれど、憲法違反ではないらしいわね」
南の離島で暮らしている日野家にとっては、その程度の事件だった。
そういう話をしている間に、やがて皇居に国防軍がやってきて反乱を起こした宮内庁警察を逮捕した。もともと宮中の行事を行うのが専門なのだから、国防軍とまともに戦って勝てるはずがない。というか最初からどの程度やる気があったのだろうか。皇居を取り囲んでいた反乱軍は、国防軍の姿を見た途端に全ての武器を捨てて降参してしまった。
「思っていたより投降が早かったですね」
「もともと公家の相手ばかりをしていた、家柄だけが取り柄の連中だ。全く使い物にならん」
政府官邸では、カベ総理とツガ官房長官が渋い顔をしていた。
「もうすぐ衆議院選挙が始まる。ここ数年の景気の悪さで、すっかり内閣支持率が下がってしまった。クーデターで政情不安になれば、与党の支持率が上がると思っていたが、早く収束しすぎてしまったので大した効果が無かった。このままでは選挙に勝てない。何とか次の対策を立てないと」
カベ総理はイライラしていた。その時、官邸執務室の扉を開け、軍服姿の背の高い男が入ってきた。ツガ官房長官は立ち上がって男を迎え入れた。
「総理、この男が先日お話したミスターXです。なに、まだ選挙までには時間があります。まだあきらめるには早いです」
ミスターXと紹介されたその軍服の男は、無表情のままカベ総理の前で最高位の敬礼をした。
「宮内庁警察を使ったのが間違いだったのです。やはりこういう事は我々本当の軍隊にお任せください。もっときっちり仕事をします。もちろん憲法に従ったやり方で」
「どうやらクーデターは未遂で終わったみたいね」
南島では律子は介護と育児に、優香は畑とブログに、再び日常を取り戻していた。
「今日のブログはどうしよう。いろいろ言われ過ぎてわからないわ。とりあえず簡単に書いておこう。
“新しい憲法は、国民は守らなければならないけれど、天皇は含まれていないので、今日は天皇を元首とするクーデター未遂が起きたようです”
新憲法第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
参考
旧憲法第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ




