怪奇一 ミラーハウス(その二)
進む間、水沢はびくびくしていた。どうやら、ミラーハウスで語られる怪談を聞いたらしい。
「人格が変わったって……まぁ、鏡は己をありの姿のまま映しますしね」
あ、こっちは行き止まりか。手を伸ばして確認しつつ、紗耶香は呟いた。
「あとは鏡の中にもう一つ世界があって、合わせ鏡そちらの世界の人間が手を振ってくるなんてこともあるみたいですが」
「え!?」
「都市伝説です。合わせ鏡なんて、美容室でも見かけますし、三面鏡なんていい例ですよ」
「……君は、怖くないの?」
「私はそんな伝説よりも、生きている人間の悪意が怖いです」
「……そ、そっか」
「そこまで怖がっているのに、どうしてミラーハウスに?」
「……僕が一ツ谷さんを心配したから、かな。三人に『だったらお前が行って見てこい』って」
それはもう、不機嫌そうに言ったという。特に渋沢の姉が。
「水沢さんって、渋沢さんのお姉さんとお付き合いしていたりとか?」
「それはないな。あちらにはお付き合いしてる人いるし。……僕はいないけど」
いないというより、作れないのだろう。渋沢達に阻まれて。正直、紗耶香から見れば好青年である。
話を聞けば聞くほど、そうらしい。いきなり呼びつけられたりするため、長続きしないのだそうだ。
あれか。自分最優先じゃないと嫌だってやつか。阿呆か。あそこまで邪険にしていて、気づけというのが無理だ。
少し話を聞いただけで不憫になる。
「大体察しちゃいましたので、敢えて言いません。ただ、出来ることなら引っ越してでも離れるべ気だとは思いますが」
おそらく弱みを握られている。それゆえ逆らえない。
「で……でも」
「決めるのは水沢さんです。私は可能性だけ言います」
離れるにしても一苦労しそうではある。
「あっ! あっちに出口が!」
「え!? 水沢さん! ちょっと!」
出口らしきものを見つけて、興奮したであろう水沢が走り出した。
「……迷路でいっちゃんやっちゃいけないことなのに」
怖いものがある場合は心理的にそうなりやすい。仕方ないのだ。昔言われたものである「己の物差しで測るな」と。
「しゃーない。とりあえず私は私で出口探すか」
出口で落ち合うのが迷路で正しい方法だ。
進んでいくにつれ、不可思議な声が聞こえるようになってきた。
笑い声、怒鳴り声、悲鳴。
どこで発生している声か見当もつかない。鏡による阻害で、距離感すらつかめない。
携帯が「圏外」なのはまだいい。コンパスアプリすら、起動しないとは、どういうことなのだろうか。せめて方角さえわかれば何とかなるのだが。
しかも、どこからともなく送りだされる風が、すべての感覚を阻害していく。
「だぁぁぁぁ!! ロープ位持ってくればよかった!!」
遭難(?)したときの鉄則は叩き込まれていたりする。どうせ肝試し程度だと思って、ロープの準備を怠ったのだ。
知人には空間を音で判別する奇特なやつもいたりするが、紗耶香にそんな能力はない。
壁に手をつけば、回転する鏡もあったりするため、うかつに右回りにできない。
こういう時はどうしたらいい? それを考えるのが紗耶香だ。
「ん?」
今になって気づいたのだが、どうやら上は暗くなっているらしい。上にも鏡があるので気づかなかったが。
そうだよねーー。と紗耶香は思い出した。避難経路が無いと困るわけだし、それに、具合が悪くなった人をスタッフが助ける必要もあるはずだ。
「怪談話で怖がってたのは、私もか」
上部にあった隙間から、出口を割り出して戻れるまであと少し。
この時、水沢がどこにもいなかったことを不思議に思わなかった。
ミラーハウスは一応、フラグです。
次回はドリームキャッスル