怪奇一 ミラーハウス(その一)
結局、裏野ドリームランドに行くのは紗耶香とクラスメイトの渋沢と、その姉に渋沢のボーイフレンドだという大内という男。そして、渋沢が「下僕」と呼ぶ渋沢の幼馴染を合わせて五人になった。
「お仕事終わりにありがとうございます」
「いえいえ」
「一ツ谷さん、こいつに丁寧な言葉で話しかける必要なんてないよ。ただの下僕だし」
けらけらと楽しそうに笑う、渋沢姉妹に思わず顔をしかめた。相手は年上、しかも車まで出してくれているというのに、さも「当然」と言わんばかりの態度。邪険にしすぎである。
プライベートのことを根掘り葉掘り聞いてくる渋沢に、紗耶香はうんざりした。
だから、裏野ドリームランドに到着した時、ほっとした。
そこで気が緩んだのかもしれない。
昔は駐車場として使われていたであろう広場には、それなりの車が停まっていた。あぁ、肝試ししたがる人多いんだな、と思った程度だった。
時折タイヤのない車や、草で覆われた車もあったのに気づかなかったのだ。
「でさ、ここのミラーハウスってさぁ」
入った人の人格が変わっちゃうんだってぇ。と楽しそうに言う渋沢姉妹に紗耶香は少しばかり頭を抱えた。あるはずもないだろうに。
怖い思いをして、逃げてくるということはあるかもしれない。
「ってなわけで、一ツ谷さん」
いきなり渋沢姉妹に背中を押された。
「可愛い性格になって、帰ってきてねーー」
きゃははは、と笑う声とともに、ミラーハウスの扉は閉まった。
閉まれば、内側からは開かないオートロック式のようである。
「ちょっ!?」
戻ろうとした瞬間、ぱっとミラーハウス内に明かりがついた。
『ようこそ、ミラーハウスへ!』
開園時に使われていたであろう、アナウンスがいきなり流れた。
『ここは君の望む姿が映る鏡がある。君が望むのは、強さ? 復讐? それとも昔に戻りたい?』
望むままに希望を授けよう。そう歌うように言う、機械越しの声に紗耶香はイラついた。
そこではたと疑問に思った。どうして、紗耶香がいると分かり、入ったとたんにアナウンスが流せるのか、と。
そう考えれば答えは自ずと出た。紗耶香以外がグルなのだと。
「出たらとっちめるか」
紗耶香が望むのは、さっさとミラーハウスを脱出することだ。
「……さん! 一ツ谷さんっ!!」
進んでしばらくする頃、後ろから声が聞こえた。声の主はおそらく、渋沢姉妹の幼馴染――名前は教えてもらえなかったが――だろう。
「よ……よかった。あまり進んでなくて」
息を切らす男を見れば、安心した表情が。これが本当の姿ならばいいが。
「わざわざありがとうございます。気にしなくても大丈夫だったんですが」
「え?」
「私迷路大好きなんですよ。渋沢さんたちにいいサプライズをいただきました」
「強いんですね」
「ポジティブなだけです。うだうだ悩むのは性に合わないので」
「……そ、そうですか」
「先ほどお名前聞きそびれましたね。伺っても?」
「水沢と言います」
「では、水沢さん」
「はっ、はい!」
「あなたは私より年上なんですから、敬語使わないでください。そして、さっさと出ましょう」
「え?」
キョトンとした顔の水沢が突っ立っていた。
「だから私言いましたよね。うだうだ悩むのは嫌なんです。押し込められたのも、ぼおっとしていた私の責任です。
だったらすべきことは一つだと思いません?」
「……そう、です……じゃなくて、そうだね」
にこりと水沢が笑った。お、笑顔がいい感じだ、などとこんな状況で思えるあたりが、紗耶香なのだが。
二人で、あーでもない、こーでもないと話しながら、出口を目指した。