その二 ロックオン
「……凄まじい反射神経だな。見直したよ」
「いえ、これは、保護メガネが勝手に……」
率直な称賛の声に照れつつも、僕は正直に種を明かした。するとなぜか、風間君は腑に落ちない表情で訝しむ。
「保護メガネが? そんな機能、聞いたことないぞ」
「いや、でも――――」
『避けて下さい』
「わっ!」
襟を引っ張られたように背後に倒れ込む僕の眼前を横切ったものは、眩い閃光だった。
『アァッ!!』
頭上から迫って来ていたらしい目無烏が空中で見えない拳に殴られたかのようによろめき、どさりと落下する。風間君がレーザーを打ち込んだのだと数秒後に気付いた。
「なるほど、どうも本当らしいな。今のは完全に死角だった。その保護メガネ、最新型なのか?」
「さ、さぁ……」
『クワァーーーーーーーーーッ!!』
言い終わらないうちに不快な鳴き声に遮られ、風間君が明後日の方向にレーザーを打ち込んだ。するとあちこちで金属に当たって跳ね返る音が断続的に響き、数秒後に目無烏の短い悲鳴が上がった。
「話は後だ。弾幕を張るから、援護してくれ」
「だ、弾幕!? 援護なんて、何をどうすればいいんですか?」
「攻撃を自動で避けられるくらいだ、多分君の保護メガネが何とかしてくれる。頼んだぞ」
「はぁ!?」
風間君はリングの右上の辺りをいじって正面中央から大きな円形ピラミッド型の突起を展開させ、先端からレーザービームを連射した。すると旋回を続けていた四枚の金属板が呼応するように編隊を崩し、うち二つは時計回り、残りの二つは反時計回りに飛び回り始めた。
スズメバチに似た不穏な飛行音に頭上の目無烏たちが騒ぎ出し、数羽がこちらへ飛びかかってきた。しかし、金属板に当たって跳ね返った無数のレーザーが夜空を交錯し、その全てを撃ち落とす。その間にも飛び交うレーザーの数はぐんぐん増して行った。これが風間君の言う弾幕という奴だろう。緑の光線が縦横無尽に飛び交い、網目状に頭上を覆う。
けれど、倒せば倒すほど目無烏たちは返ってその数を増して行き、やがて多勢に無勢で弾幕に穴が開き始めた。撃った傍から目無烏に当たって弾幕が張れないのだ。
「ナビゲーター!」
『なんでしょう、マスター』
「……なんとかしてくれ!」
自分でも、相当な無茶ぶりだということは分かっている。だが僕にできることと言えばこれぐらいしかない。出鱈目にレーザーを放っても、なぜか目無烏たちにはちっとも当たらないのだ。
『読み上げて下さい』
「武器支援システム、ロックオン!!」
羽音に掻き消されないよう、僕は精一杯声を張り上げた。そのほんのわずかな間にも、目無烏たちの追突を回避すべく、体が絶叫マシンよろしく振り回される。このままじゃもたない。……吐きそう。
『警告 武器支援システム、ロックオン、発動』
もはや敵を捉えることを諦め中央で停止していた青緑色の照準が、画面上で細かく分裂して四方に散らばった。よく見ると、その全てが目無烏を捉え、追尾しているようだ。とはいえ体が勝手に揺さ振られるせいで首もがくがくと揺れ動くので、全く持って当たる気がしない。
けれど目無烏たちの猛攻は止まず、次々と弾幕を突破し霰のように振りかかって来る。風間君もさすがに身の危険を感じたのか、今では弾幕を張る作業を中断し、そちらの処理に追われている。――――やるしかない!
赤いボタンをフレームごと引き絞ると、バァン!! という凄まじい衝撃と共に保護メガネのブリッジから醒めるように青い彼岸花が炸裂した。直後に訪れる静寂。それを破ったのは、無機質なナビゲーションだった。
『敵二十三体、撃破』
ほっと溜め息をつくと、途端に力が抜けて、僕は堪らず膝をつきへたり込んだ。
『アアアァァーーーーーーーーーーーーーーッッ!!』
束の間、一際大きく甲高い、しゃがれた鳴き声が響き渡ると、生き残った数十羽の目無烏たちが一斉に飛び立って、螺旋状に編隊を組みながら夜空へ吸い込まれていった。
『エネルギー残量が30%以下を切りました。ただちに補充して下さい』
残されたのは、間の抜けたエラーメッセージと、一面に降り積もったおびただしい数の死骸だった。足場さえも黒々と埋め尽くしたそれらを目の当たりにし、僕は彼らを殺したのだと、今更のように気付いた。