その二 ヒトデナシ
本道君たちの人影が黒腕の中に埋もれてなお、僕は最大出力にした蛍光灯を片手にどす黒い藪の中をがむしゃらに突っ走っていた。取り巻く景色は線と化し、水平に吹き荒れる風が容赦なく顔にぶち当たる。時折、息が苦しくなるほどだ。
当然これは、僕の力なんかではない。……これは、ヒトデナシ(人ト非)の力だ。
僕にこんな大役を任せてくる辺り、本道君は僕が元からヒトデナシだということに気付いていないらしい。それとも、ヒトデナシだからこそ、僕を頼ったのだろうか。
『――――〝ヒトデナシ〟の君に、命を背負う資格は無い!!』
空っぽになった頭の中で、所長の言葉が蘇える。確かに、その通りかもしれない。
命の重みを知らない僕に、ハンハンドの中の数百人の命を奪う資格など無い。この役目はもっと、熱くて強くて正しくて、誰からも愛されている、少年漫画の主人公がやるべきなんだ。身に余るほどの葛藤を背負って、深い苦しみを味わいながら。
僕はどうだ? 辛いか、苦しんでいるのか? ……違う。そんなのは全くない。
むしろ清々しいくらいだ。こんな晴れやかな気持ちで、僕はこれから数百人を犠牲に、数万人を救おうというのだから、最低だ。最悪だ。
――――けど、
「……命の重み? 何だそれ!?!」
腕を振り、怒りにかまけて切り開く。
「分からないんだから仕方ないだろっ!」
光の軌跡が黒腕を裂き、落ちる肉片が生々しく踊る。
「――――こんな役、他に誰がやる、他に誰がいる? 少年漫画の主人公?
……そんな奴に、受け止め切れんのかよ!?」
ヒロインたちとイチャついて、『あなたはもう十分苦しんだ』なんだで忘れていいものじゃないんだぞ? 正義だろうと何だろうと、殺しは殺し。〝想い〟だの〝悲しみ〟だので、言い換えて良いはずが無い。
「…………ヒトデナシ? ――――知ったことかっ!!」
黒腕の壁の手ごたえが、しだいに弱まっていく。壁の向こうの空間との距離が、手に取るように分かった。
「……俺は――――」
ぐんと踏み込み、身構える。これが、最後の一撃だ。
「――――俺だぁぁーーーーーーーーーああぁぁーーーーーーーーーーーーーーぁぁ!!」
渾身の力で突き立てる。光の切っ先が、黒塗りの壁を貫いた。
足をバネのように弾ませて跳び上がり、蠢く黒腕を垂直に切り上げる。
やがて唐突に視界が開け、心臓のように脈打つ黒い巨大な塊が望めた。白衣の背中に手を回し、細い棒状の〝それ〟を掴み取る。
非常時のため持たされた、『バズー改EX』の縮小版、『ミニパカ』だ。威力も照射面積も変わらず、貫通力だけが大きく劣るというそれは、運動不足な僕の腕ほどの太さだ。
――――とはいえこの高さからなら、貫けずとも十分だろう。
僕は迷わず、本当に、微塵の躊躇もなしに、トリガーを引き絞った。
「……行っけぇぇーーーーーーーーーーええぇぇーーーーーーーーーーーーーーぇぇ!!」
――――視界真下の街中を、眩い光が呑み込んだ。




