その一 ロクデナシ
「――――なぜ彼に行かせた? 君ではなく、あの、彼にっ!」
うつ伏せに倒れ込む本道明の横顔を、所長は靴底で容赦なく踏みつける。
「あのヒトデナシに、数百人もの命が背負えると思うかぁ!?」
生ぬるい血の感触を頬に味わいながら、本道明は、呻くように聞き返す。
「……所長は、背負えるんすか? ――――命って、慧利香さんだけのものじゃないんすよ?」
「――――知った口を聞くな!! ……お前に、慧利香の何が分かる?」
したり顔で笑う明のこめかみを、一層力をこめて踏みにじる。明は痛みに悶えながらも、虚勢で張った笑みを深く刻み、その上で強く歯噛みした。
「……そっちこそ、知ったかぶりも大概にしろ。
アイツは、どうしようもねぇヒトデナシだけど、あんたみたいなロクデナシじゃねぇ!」
言い切り、返答を待たず続ける。
「アイツは、自分のクズさに気付いてる。――――気付いて、悩んでんだよ!!」
靴底の下で巻き起こる気迫に、一瞬気圧され力が緩む。明は、その隙を逃さなかった。
「……クズだって思われたくないから、いつもいつも、敬語使って距離とって! 自分の気持ち隠してるけど、アイツはそこから逃げたりなんかしないし、忘れたり、目を背けたりもしない。いつか絶対、踏ん切りをつける時が来る。自分を捨てて変わるのか、貫いて開き直るのか。
――――どっちに転んだとしても、アイツは、ちゃんと背負える。命の重みなんか知らなくたって、それを皆が大事にしてるって、アイツは、ちゃんと分かってる……!!」
「ぐっ!!」
よろけた瞬間一気に体勢が崩れ、所長は大きくよろめいた。
刹那、目の前に、血と泥に塗れた明の双眸があった。
「――――お前なんかに、未来は救えない」
次回は朝九時頃の予定です。




