その一 ラストバトル1
「――――あの後すぐ、亡くなったそうだね。有紀薫さんは」
「え?」
「聞いてないぞ、そんな話……」
事も無げに言う所長に、僕らは動揺を隠し切れない。
「ほう、そうかい。ともあれ、これで分かったろう? ……そのバスーカでは、誰も救えない!」
所長が、珍しく語気を強めた。遅れて、圧倒するような気迫と共に、冷徹な怒気が滲み出る。
「…………僕らを、その、止めに来た、って、ことですか?」
気圧され、痺れるように震える舌をおさえながら、やっとのことで尋ねる。
「やめろ」
制されて初めて、僕は所長に歩み寄ろうとしていたことに気付いた。頭が理解に追いつけないのか、いつもの調子が抜けていないようだ。
「止めに来ただけなら、こんなところにいるはずがねぇ!」
本道君の言葉に、所長が口元を歪めせせら笑った。
「……察しが良くて助かるよ。そう、僕は君たちを止めに来たんじゃない、消しに来たのさ。ここでなら、何人消えても不思議じゃないからね」
「でも、今ハンハンドを倒さないと、もっとたくさんの犠牲者が……」
その先を遮るように、所長が一層声を張り上げて笑い出す。
「どの口が言う!? 命の重みも知らない癖に、口先だけで抜かすなっ!!」
どんな状況下でも感情を表に出すことのなかった涼しい顔を豹変させ、所長は強く激昂した。怒りにまかせ振るった腕が、空気を裂いて低く唸る。
「僕はこの化け物の中から、――――大切な人を救い出す。そのために今ここにいる!
……だが、君は何だ、どうしてここにいる? なぜ戦う? 君は一体、どんな想いで怪物を殺し、その命を奪ってきたんだい?」
問われ、言葉に詰まる。それは、僕が度々思い悩んでは、答えが出せずに放り出して来た問いだった。いくら考えたところで、答えは出ない。無いものは無いんだ。
「……分かりません」
「違うね」
呟くと、被せるように断言される。思わず顔を上げると、サングラス越しに目が合った気がした。
「――――君はその答えを、もう知っているはずだ」
「……?」
何を、言ってるんだ……? そんなはず、あるわけないじゃないか――――
僕が、……そんな人間なはず、ないじゃないか。そんな人を僕は、人間だとは思わない。
取り巻く異様な黒腕に慣れると、震えは、知らぬ間に止まっていた。
「しらを切るなら教えてやろう。君は――――
――――〝ヒトデナシ〟なのさ」
「――――っ!!」
黒腕の海のさざめきが、巻き起こる風の冷たさが、僕の世界から消え失せる。
……僕は、泥沼の底のような、どす黒い、何も無い場所で、一人ぽつりと立ち尽くし、自分で自分の居場所に怯え、その冷たさを、耐え忍ぶように震えていた。
――――それが、本当の僕だ。




