その二 VSハンハンド編2
噴水広場の入り口の、金属製の柵に腰かけ、僕らは作戦会議を口実に、しばしの休憩をはさんでいた。とはいえ、周囲を埋め尽くすどす黒い黒腕が嫌でも目に入り、ほとんど口実になっていなかった。
見渡す限りを取り囲む黒腕たちは、京子さんの言う通り一定の長さで伸び切ってしまうようで、ここまで届くことはなさそうだった。そのせいか、どうにも緊張感に欠ける。目前に広がるおどろおどろしい光景も、この街の危機も、いまいち現実味がない。いつもみたいにどうにかなるんじゃないか? なんて考える自分がいる。
僕は、あれに呑み込まれることになる人数を、この場の誰よりも知っているはずなのに。
「――――まさか、車が通れねぇとはな」
本道君が、俯いたまま呟く。
「……まぁ、よくよく考えてみたらここ、噴水広場ですからね」
「…………あぁ、まぁ、な。噴水のそばを車が横切ったら、風情がねぇもんな」
その声にはほとんど抑揚がなく、半ば上の空のようだった。無理もない、のだろう。多分。どちからが正しいのかは、何となく、分かる。……それがなぜかは、分からないけれど。
「でも、ホントに良かったんですか? 柴崎さんなしじゃ、僕たち――――」
「――――倒しゃいいんだよ、倒しゃ。でなきゃどのみち帰れない」
「まぁ、それはそうなんですけど……」
噴水広場の入り口に柵があるのが見え、バンではこれ以上進めないと分かった時、メタルワープが使えない今、現状唯一の移動手段を危険に晒すわけにはいかず、柴崎さんには先に戻ってもらうことになった。今頃は、加奈子さん同様風間君の弾幕の中で待っていることだろう。
僕たちの帰りを。そして、この災厄の、終結を。
「さすがの所長も、通れないとは思ってなかったんでしょうね」
間を取り繕うように笑いかけると、なぜか不意に、本道君の横顔が強張った。そうして、真顔のまま呟く。
「……どうだろうな」
「え?」
言葉とは裏腹に、それは確信に満ちていた。本道君は、眉根にしわを寄せ、苦々しい表情を浮かべている。
「………いや、何でもない。それより急ごうぜ。もう、時間が無い」
その言葉はまるで、かつての坂本さんが乗り移ったかのようで。
意識し出すと、胸中を輪郭のない息苦しさが渦巻いた。
『チャージ率、百パーセント』
本道君が正面中央を塞ぐ黒壁にバズーカを構えると、そんな無愛想な返事が来る。事前にチャージしてあったようだ。
「……行くぞ?」
「はい」
意気込むと自然、歯噛みする。左右の奥歯ががちがちと打ち震えているのに気付き、ほっと安堵する自分が居た。――――なんだ、緊張してるじゃないか。
だから大丈夫。僕はまだ、大丈夫なはずだ。
この震えが、単なる恐怖から来るものではない限り。
――――これから、ハンハンドに囚われた数百人の命を犠牲にすることになるのだ。
だというのに、微塵も緊張しないなんて。それじゃまるで――――
――――〝ヒトデナシ〟じゃないか。
*
立ち塞がる黒腕たちを叩き切る度、ぬるりと生々しい手ごたえが蛍光灯(驚くことに柴崎さんと同じものだ)越しに手のひらに伝わってきて、時折吐き気を催した。
それでも、先陣を切る僕が立ち止まるわけにはいかない。すぐ後ろを走る本道君の腕の中では、身の丈ほどの巨大バズーカが構えられている。それが僕らの役割分担だった。
この作戦は、どちらか一方が脱落した時点で破綻する。だから、この配置の立案者は、きっと誰も死なせる気が無いのだろう。
黒腕を裂く重い手ごたえが半ばほどで途切れ、突き出した切っ先が虚空を両断した刹那、唐突に視界が開けた。
「――――っ!!」
広がる異様な光景に、一瞬頭が真っ白になる。瞳が、凍てつくようにがくがくと揺れる。
目に飛び込んできたのは、辺り一面を埋め尽くすように肥大した、脈打つどす黒い肉塊。
そして、その中央に佇む、――――一人の、白い人影だった。
「……なんで、こんなところにいるんすか? ――――所長」
追いついて来た本道君が、呆然とした面持ちで呟く。
所長はただ、目元を覆うサングラスの下で、裂けるように笑った。
そうして、興奮冷めやらぬ荒い吐息で言葉を紡ぎ、勢い良く顔を上げる。
「――――待ちくたびれたよ、諸君。……さぁ、最終対決と行こう!!」




