米沢慧利香
「――――すまないね。付き合わせてしまって……」
「……いえ。こちらこそ、病院まで送っていただいて、ありがとうございます」
「あぁ、まぁ、ついでだったからね」
言いながら、所長はいつもの涼しい顔に寂しげな笑みを携え、目の前に立つ墓石の台座に花束を添えた。人気のない墓場は、酷く冷え、乾き切っている。
「――――今日、なんですか?」
そばに立つ痛んだ茶髪の少女が、どこか戸惑うような口調で尋ねると、所長はかろうじて浮かべていた笑みを隠し、表情の読み取れない顔で静かに立ち上がった。
そうして、ゆっくりと口を開く。
「……あぁ。――――今日で、ちょうど八年目だ」
言い終えると、所長は男にしては長い、無造作な黒髪を掻き揚げながら、顔を上げ、視線を雲一つない空に映した。――――雲こそ一つもないが、全体的に、うっすらと靄がかかり、あまり綺麗ではない、曖昧な昼下がりの空に。
「……まだ、八年しか経っていないのか」
所長は、噛み締めるように呟く。
目元を覆う真っ黒なサングラスに遮られ、その真意は窺えない。
「え?」
茶髪の少女が聞き返すと、所長は、長身の背で軽く振り返り、覇気のない、弱々しい声で告げた。
「……実はね、遺体はまだ、見つかっていないんだ」
「……じゃあ――――」
茶髪の少女が言い切るよりも先に、所長は、横顔のままで軽く頷く。
「……そうだよ。ここには、誰も埋まっていない。行方不明なんだ、彼女は」
茶髪の少女がちらりと視線をやると、丁寧に磨かれた墓石には、『米沢 慧利香』と刻まれていた。
「――――八年前、僕らは出会った。運命だって、本気でそう思ったよ。でもね、その後、とても大きな事故が起きた。街が一つ、なくなってしまうほどのね。彼女も僕も、それに巻き込まれて、離れ離れになってしまったんだ。そして、再び会うことはできなかった……」
他人事のような言い草だった。しかし、見上げたまま固く握り締められた拳は、激情に打ち震えていた。他人事のように話すのは、思い出と感情とを、切り離したいからだろう。少女にはそれが、痛いほど胸に染みた。
「――――本当は、嫌だったよ。こんなもの、建てて欲しくは無かった。彼女のことを思うと、今でも、耐えられない。こんなもの、すぐにでもぶち壊してしまいたくなる!」
所長は、押し殺した声で叫ぶ。渦巻く想いを無理やり抑え込むように、荒い呼吸で深々と息を吸い込んだ。
「……でも、そんなものはきっと、ワガママでしかないんだろうね。彼女はもう死んだ。もう、帰って来ない。ご両親は、この墓石を建てることによって、気持ちの整理をつけたかったんだそうだ。――――拒むことは、できなかった。……僕なんて所詮赤の他人――――蚊帳の外の、部外者だったからね」
茶髪の少女が、問いかけるようにその背を見つめると、所長は、空虚な薄ら笑いを浮かべ、横目で振り向いた。
「――――あぁ、そう言えばまだ、ちゃんと話していなかったね。この指輪はね、婚約指輪なんだ。……僕たちはまだ、結婚していないんだ」
言いながら、左手にはめた銀の指輪を掲げて見せる。
「だから、いつもははめてないんですか?」
「うん。尋ねられても困るしね。……僕は今でも、赤の他人のままだから」
不意に巻き起こった一陣の風が、供えられた花束の花弁を無残にも掻っ攫って行く。
「――――そんなこと、ないですよ……」
「いいや、僕は部外者だ。僕は、最後まで一緒に居てやれなかった」
「……それが、どうしようもなく虚しくてね。八年経った今でも、彼女のために泣くことができないんだ。どうしても僕は虚しくなる。空っぽになって、何も考えられなくなる。それこそ人形みたいにね」
俯き、押し黙ってしまった茶髪の少女に、所長はまた、取り繕うように笑った。
痛んだ髪の少女にはそれが、今のこの、自分の姿よりも、遥かに痛々しく映った。
「……すまないね。こんな話に付き合わせてしまって」
「いえ、わたしは――――」
痛んだ茶髪の少女が、か細い声で答える。所長は、努めて明るいトーンで言った。
「……それじゃあ、そろそろ行こう。――――薫君」




