その一 魔神、降臨。
薄灰色のバンがトンネルを抜け、さっと視界が開けた途端、それは唐突に姿を現した。
ドーム状に色濃く立ち込める煙のような何かが、街全体をすっぽりと覆い、圧倒的な存在感を放っている。それは生い茂る枝葉のように絶え間なく蠢いており、目を凝らすと、数千、数万という数の恐ろしく長い人間の腕が、黒く塗りつぶしたような肌でゆらゆらと踊り狂いながら四方八方に向けて手を伸ばしている。塊は、今もゆっくりと拡大しつつあるようだ。周囲の木々や建物が、侵食する闇にじわじわと呑み込まれていく。行き場を失ったカラスの群れが絶え間なく鳴き続けていたが、直に黒腕の中に呑み込まれると、辺り一帯はいよいよ静寂に包まれた。異様なまでの静寂。それもやがては呑み込まれてしまうだろう。
――――終末。全ての終わり。絶望。
あのどす黒い塊の前では、そんな言葉さえも大袈裟には思えない。
「……あれが、ハンハンド」
はっと我に返ると、視界を占める闇は、まだ手のひら程の大きさしかなかった。目的地はこのずっと向こうだ。山道沿いを走るバンが、緩やかなカーブに差しかかり、絶望は林の向こうに隠れた。
「ホントにあれと戦うんすか?」
前の席に座る本道君が、呆然と呟く。
「……何も倒すわけじゃない。致命傷を与えるだけでいい、そうだろ?」
運転席に座る柴崎さんが助手席の京子さんに尋ねる。
「はい」
京子さんは、相変わらず少し棘のある口調で短く答えた。その声色にもやはり緊張が入り混じっていた。
そんな時、横隣に座る加奈子さんが、窓の外を眺めたまま場違いに明るい声で呟く。
「……でも何だか、わくわくしてきたな」
「え?」
思わず聞き返すと、加奈子さんは嬉しそうな顔でぱっと振り返った。
「――――やっと、正義の味方っぽくなってきたじゃない」
「…………そう、ですかね?」
慌てて視線を逸らし、意味もなく膝を見つめる。
――――本当にそうだろうか? どこかで、そう思っている自分がいた。
「――――それでは、作戦内容について説明致します」




