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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
二十一章
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その八 未来

「――――なぜあのような嘘を?」

 転送室への短い道のりの最中、佐藤京子は少し見上げて、所長の横顔に尋ねた。

「……彼の内面についての話は本当だよ」

「ですが……!」

 口籠(くちごも)る京子に、所長は横目で振り返る。

「あぁでも言っておかなければ、無用な混乱を招くことになるからね。この非常時に彼を探すなどと言い出せば、戦力が削がれてしまう」

 本当のところ所長は、STK尾張支部は、まだ少年の行方を掴めてはいなかった。分かっているのは、転送室が使われた形跡のみ(手動入力であったため、履歴は残っていない)。しかし、

「――――当面の問題は、ハンハンドへの対策だ。現状変化は無いようだけど、(じき)に動き出す」

 佐藤京子もまた、所長の焦燥をひしひしと感じていた。

 彼女にとって所長を疑うなど万死に値するが、それでも、もはや看過できない。所長は明らかに焦っている。それも、ハンハンドの襲来にではない。もしそうなら、部下の呼び止めになど応じなかっただろう。


 ――――所長は、何かを隠している。彼の中で、ハンハンドの襲来よりも大切な、重大な何か。……恐らくは、数年前に他界したという、婚約者のことで。


           *


「「――――三、二、一!」」

 掛け声に合わせて全体重をかけ押し込みながら、鍵をガチャリと(ひね)り上げる。

「うわっ!」

 直後、軽快な電子音と共に扉がはずれ、戸板ごと奥へ倒れた。途端に周囲が薄暗くなる。顔を上げると、短い通路の向こうに、(そび)え立つ巨大な機械が目に入った。

「……あれが、タイムマシン?」

「そうだ。ここまで来れば、さすがに奴も追って来れないだろう」

 反対側の扉から現れた坂本さんが言う。坂本さんは白衣の埃を一通り払い終えると、通路の先を眩しそうに見入った。その時、初めて坂本さんの人間味を垣間見た気がした。

 奥に陣取るその装置は、端的に言えば、天井から伸びる四本の巨大な鋼鉄のパイプを束ねて一まとめにしたようなものだ。その一つ一つは、ちょうどメタルワープシステムで下りてくるあのパイプに転送室のカプセルをくっつけたような感じだ。

 タイムマシンがこんな単純な作りをしているとは、にわかに信じ難い。

 かたわらの壁に置かれた、パソコンと机を一体化させたような機械の方が、まだそれっぽい。画面の中で升目状に区切られた四角形が奇妙なリズムの電子音と共に色とりどりに点滅する様は、まさしく近未来のそれだ。

 坂本さんは不意にすたすたと歩き出し、その巨大パソコンの前で止まった。そうしてゆっくり手を伸ばし、机上に並んだ扁平(へんぺい)な突起の一つを指先で無造作に押し込む。

 ……よく見えないが、多分キーボードだろう。

 すると、色とりどりに点滅しながら幾何学的(きかがくてき)な模様を描いていた画面がぱっと切り代わり、質素なホーム画面に変わった。坂本さんはそばのタッチパネルをマウス代わりにして数回どこかをクリックし、何かのファイルを画面いっぱいに映し出すと、小さく溜め息をついた。

「間違いない。――――これは、この時代の転送装置(タイムマシン)だ」

「転送装置?」

「一方通行なのさ。多分、俺達のような未来人の到来を想定してつくられたものだろう。これで、帰れる。…………やった、やったぞ。俺は……」

「――――でも、おかしくないですか? こんな簡単に……」

 僕らの場合、カラーチェンジャーによってハンハンドの猛攻の中を命懸けでかいくぐって来たわけだが、それはあくまで僕らの場合であって、それ以外のことに関しては、セキュリティどころか警報一つ鳴らなかった。坂本さんがその全てに根回しできるほど上の地位にいるのなら、あんな扉くらい僕に頼らずとも開けられたはずだ。捻るタイミングを合わせるのに十分以上かかることも無かっただろう。

「知ったことか。帰れれば俺はそれでいい」

「でも……!!」

「言っただろ、俺たち以外に最低でももう一人、監視役がいる。そいつがすぐにでも帰れるように手配しておいたんじゃないのか? ……何にしろどうでもいい! 帰れるんだよ、俺達は。それともお前は、帰りたくないのか?」

 坂本さんが、横目でではなく、体全体で振り返る。疑心暗鬼に満ちた鋭い眼光は、今は跡かたもない。どころかその顔は、憑き物が落ちたような、(ある)いは肩の荷が下りたような、そんな、気の抜けた表情をしていて、どこか晴れやかでさえあった。

 そのあまりの代わり様に、しばらく呆然と立ち尽くしていると、長い沈黙の後、坂本さんはゆっくりと口を開いた。

「――――今まで、すまなかったな。……いろいろと、迷惑をかけたと思う。許してくれ。言い訳にしかならないが、俺も、余裕が無かったんだ。有無も言わさずいきなりこんなところに飛ばされて、怖くて、誰も信じられなかった。でも、あのリストを見たとき、お前しかいないって、思った。実際会って見た時は、姿が違い過ぎて驚いたけどな。お前なら、頼りにできるって、それでもどこかで信じてたんだと思う」

「……どうして、そこまで?」

 尋ねると、坂本さんは、ちょっぴり寂しそうに笑った。

「……そうか、覚えてないか。――――まぁ、そうだよな。でも、きっと間違いない。お前はこれからも、俺の親友で有り続ける男だ」

 言い終えると、一瞬名残惜しそうに僕を一瞥(いちべつ)し、坂本さんはくるりと背を向けた。そうして、巨大パソコンの脇を過ぎ、聳え立つ四本の鋼鉄のパイプの、正面のカプセルの前に立つ。自動で開いた濃い青色の扉の中へ、片足を踏み入れた刹那、坂本さんはふと、足を止めた。

 そして、横目で小さく振り返り、柔和な笑みで呟く。



「――――未来で会おうぜ、颯太(そうた)



「え?」

「――――現在へ帰還!」

 瞬間、湾曲した鋼鉄の壁ががしゃんとかぶさり、青いカプセルを一呑(ひとの)みにした。壁がせり上がって元に戻った時、そこにはもう誰も居なかった。そばの巨大パソコンが、ポーンと軽快な電子音を響かせる。転送完了の合図だろうか?

 溢れ返った疑問符の答えは、この向こうにしか無いのだろう。

 ただ、それだけは分かった。

おはようございます、全州明です。

自分で書いておいてなんですが、この物語もいよいよ大詰めですね。

感想、コメント等、いつでも募集しております。よろしくお願いします。あと、ポイントください……

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