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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
二十一章
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その五 本部

 ほどなくして、階段が途絶えた。最下階に着いたようだ。ドアを開け放ち、通路を横切って向かいの部屋に飛び込む。開けっぱなしの扉から、床に青白い光が漏れていた。

 坂本さんに続いて部屋に駆け込んだ刹那、保護メガネがけたたましい警報を鳴らした。

『破壊衝動、検知。危険度:判定不能。対象、急速に接近中』

「はぁ!? 測定不能って……」

「気にするな。想定内だ」

 坂本さんは腕時計を見つつ、平然と答える。

「カラーチェンジャーさえ正常に作動すれば、ハンハンドの猛攻もかいくぐれる!」

「……ハンハンド?」

 顔色一つ変えず、さも当然のように頷く。

「――――知ってたんですか? 今日、この時間に、ハンハンドが来るって……」

「そうだ、だから利用した。避難指示が出れば、ここは完全に無人になるからな」

「……な、なら、僕らも戦わないと――――」

「そうか、お前は知らないんだったな」

 答えながら、坂本さんは(せわ)しなく辺りを見回し、何かを探し始めた。

「この日出現したハンハンドは、近隣の政令指定都市を壊滅させ、犠牲者、被害総額共に戦後最悪の被害をもたらす。これにより政府はSTKを公式に公的機関と認め、壊滅した本部を税金で建て直す。ハンハンドへの対抗手段が立案されるのは、もっと後の話だ」

 どうでも良さそうな声で滔々(とうとう)と語られる悲劇に、僕は青ざめた。

「――――それ、全部、知ってたんですよね?」

「そう言ってるだろ。それより、お前も手伝え。どこかに冷凍保管庫の配置図があるはずだ。それがないとカラーチェンジャーが取り出せない」

「……知ってたのに、全部分かってたのに!! 何もしなかったんですか!?」

 自分でも驚くほど大きな声が出た。喉仏が焼けるように痛む。

「ハンハンドは、言ってみれば自然災害だ。知っていたところで誰にも止められない。避難所もここも、直に()みこまれる。そうなる前に帰るんだ。手伝え」

 僕が本気で激昂しても、坂本さんは、変わらず冷静だった。……いや、違う。この人は、物事を冷静に見極めようとしているわけでも、僕を(さと)そうとしているわけでもない。興味が無いだけだ。冷静に受け止めてなんかいない。初めから、見ていないのだ。

「早く手伝えっ! 帰りたくないのか?」

「それは、僕だって、帰りたいですよ…… でも、今帰ったら、この時代の人達は、皆は、どうなるんですか!?」

「――――この機を逃せば、二度と帰れなくなるぞ?」

「え?」


 ――――その瞬間、天秤が揺らいだ。

 帰れなくなる? それは、…………困る。

 ハンハンドの脅威を退けることはできずとも、被害を減らすことくらいなら、僕らにならできるはずだ。そして、事の顛末を知っている以上、それをしない手は無い、と思う。

 ……けれど、けれど僕は、あの生活に戻れなくなってまで、街を救おうとは思わない。


 ――――僕はそこまで、正義の味方を気取れない。


 もうすぐ帰れるんだ、昔のことなんて、どうでもいいじゃないか、別に。

「……あった。三十一番だ」

 振り返りざま、足元の壁際に、『31』と記されたガラス張りのケースを見つけた。ガラスの内側は霜が張ったようにうっすらと白く曇っており、(かが)んで側面に触れると、ひんやりとしていた。取っ手を掴んでこじ開けると、途端に冷気が立ち込める。中にはシャーレのように底の浅い二つの容器が入っていた。取り出すと、凍るように冷たい。

「――――そうだ、それでいい」

 はっと気がつくと、真後ろに立つ坂本さんが、僕の手元を肩越しに覗き、色白の横顔で含み笑いを浮かべていた。視線の先には、僕が両の手のひらに乗せた、二つの容器がある。

「これは?」

「カラーチェンジャー。行動全てを支援してくれる、究極の戦闘支援システム。それさえあれば、ハンハンドの包囲網を突破できる」

 坂本さんは僕から容器をひったくると、フタを開け、人差し指と中指を立てて底をつついた。容器から指を離すと、立てられた二本の指先に、きらりと光る二つのコンタクトレンズがあった。

「……回避システムじゃダメなんですか?」

「不可能だろう。――――回避システムには、致命的な欠点がある」

 保護メガネを、下にかけた銀の細眼鏡ごと外し両目を見開くと、坂本さんは俯いて、二ついっぺんに目の中に入れた。それにならい、僕も両目いっぺんにはめ込む。上を向きながら何度かまばたきして具合を確かめると、思いのほか馴染(なじ)んだ。普通のコンタクトレンズでは到底できない芸当だろう。

「……それで、〝欠点〟っていうのは?」

「――――あぁ、」

 ――――坂本さんが、呟きながら顔を上げる。

「〝……………………〟」

「え?」

 不意にその瞳が、青白く(またた)いた。

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