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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
二十一章
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その三 魔神

 尾張支部一階の監視室は、鳴り響くけたたましい警報によって赤一色に染め上がっていた。

「……訓練、でしょうか?」

 配属されて二年と経たない山村(やまむら)美香(みか)が、間の抜けた声で尋ねる。

 しかし、批難する者は誰もいなかった。

 それもそのはず、尾張支部の監視区域内に危険度四や五、六が現れたことはこれまでにも何度かあったかが、その際、このような騒々しい警報が鳴り響いたことなど、ただの一度も無いのだ。監視室の職員は皆、批難するも何も、火災発生時以外に警報が鳴り響く理由など、とうの昔に忘れているか、聞かされていないため、呆然と顔を見合わせることしかできなかった。

「――――いや、違う。これは……」

 モニターを見ていた隣の男性職員が、深刻な面持ちで呟く。直後、中央のメインモニターのそばの無線機に、割れた雑音が走った――――

『――――急、緊急っ!! こちらSTK本部! ……市、下崎町付近にて、緊急破壊対象の出現を確認。推定危険度、……定不能!! 推定危険度、――――判定…能っ!!

先程美倉町及び、……市全域に、緊急避難警報が発令されました!! 訓練ではありません! 繰り返します、これは訓練ではありません!! 対策及び現在の被害状況については、情報が入り次第、追って連絡します!!』

「……あの、今のって――――?」

 未だに状況が飲み込めない山村美香が、ただ一人、神妙な面持ちでモニターに見入る男性職員の背に尋ねる。白衣の隙間から覗く襟元のうなじは浅黒く、ぼろぼろに(ただ)れていた。

「〝緊急破壊対象〟ってのは、危険度七以上の怪物にしか使われない」

「……七以上? でも、それって――――」

 向かいに座る中年の女性職員が怪訝そうに顔を(しか)めても、その男性職員は意に返すことなく、毅然とした表情のままだ。その瞳の奥で、冷たい炎が揺れていることに、山本美香は気付かない。

「出ましたっ! 今、データを送ります。推定危険度、やはり判定不能!! 体長……」

 メインモニターを操作していた若く小柄な男性職員が、得意げに声を張り上げる。しかし、その声は急速に尻すぼみになり、小柄な男性職員はそのまま口籠(くちごも)ってしまう。データも、一向に送られてくる気配がない。

「どうした?」

 山村美香の隣で、色黒の男性職員が静かに声を上げた。山村には、その声色にどこか怒りが(こも)っているように聞こえた。

「……失礼しました。体長、……体長、――――半径、五キロメートル超……」

 ある者は小柄な男性職員に向かって罵倒し、またある者は本気でメインモニターかレーダーの故障を疑い、他人事のように囁き合う中、不意に、山村の隣に座る男性職員が、回転椅子を引き倒し勢いよく立ち上がった。デスクについた大きな両手も、やはり浅黒く、肌は病的なまでにぼろぼろだ。

「――――奴だ」

 ぼそりと、か細い声で呟く。恐らく、この声がかろうじて聞きとれているのは山村ただ一人だろう。彼女の夫は無口なため、このような類の声には慣れていた。

「……〝魔神〟が来る」

「え? 今、なんて?」

 しかし、山村美香は、その異名を知らなかった。

 八年前、史上最悪の被害をもたらしたとされる、その怪物の、名前さえも。

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