その一 時間跳躍者
帰還後、仮眠室のベッドに身を投げ出し、正面の壁に掛けられた時計を見やると、時刻は既に日を跨いでいた。午前零時十二分。普段ならとっくに眠っている頃だ。いつもならどんなに頑張っても大抵十一時五十分辺りで限界が来て、日付が変わる頃には死んだように眠っている。
――――今日のは最高記録かもしれなかった。
「はぁ、……眠い、もう限界だ。――――ん?」
白衣のまま寝がえりを打つと、ポケットに妙な感触を覚えた。引っ張り出して見ると、折り畳まれた紙切れだった。
「そうか、あの時の……」
広げると、手書きでかっこの中に五桁の数字が書かれている。
(41,140)
眺めていても、ピンと来るものは何も無い。強いて言うなら眠くなってきた。これがどこぞの天才主人公なら持ち前のIQと洞察力で信じられないくらいどうでもいいきっかけからヒントを導き出して謎を解き明かすんだろうけど。
「なぁ、お前はどう思う? これ、ただの落書きかな?」
現状、その線が一番濃い。
『――――北緯四十一度、東経百四十度、ということではないでしょうか』
「何だそれ?」
『〝座標〟です。マスターはその地点を過去に複数回往来した経歴があります』
「何?」
『また、STK本部からもメタルワープ稼働区域の範囲内であるため、坂本平次様が指定する場所として十分に考えられます』
「でもまだ坂本さんが書いたって決まったわけじゃないだろ?」
『筆跡が一致しています』
「――――それを早く言えよ」
手をついて起き上がり、ベッドを降り靴を履く。
『お出かけですか?』
「つまり、その〝座標〟で待ってるってことなんだろ?」
『恐らくは』
さすがの僕にもそのくらいの察しはつく。
「……だったら、行くしかないじゃないかっ!」
正直、あの人のことは嫌いだ。けど、さすがにこんな夜遅くまで待たせるのは悪い。それに、あんなにも無駄や面倒事を嫌う坂本さんが、こんな遅くに呼び出すような用事ってなんだ?
まず間違いなくただ事ではないだろう。
恐らくは、僕にも坂本さんにも深く関わる重大な何か――――
――――もしかしたらあの人は、僕の正体に気付いたのかもしれない。
扉を開け放ち、転送室に急ぐ。と言ってもすぐそこだ。
各カプセルのそばに備え付けられた小型モニターの一つを立ち上げ、加奈子さんに教えてもらった手順で転送先の位置情報を打ち込む。完了と同時に開いた深緑色のカプセルの中へ駆け込み、振り返ると、直後視界は例の内側に湾曲した金属の壁に阻まれた。
数秒後、足元に地面の感触が戻り、視界が取り払われると、僕は、夜の闇に沈む街の一角に居た。見回すと、点在する街灯に照らされ、街がある程度一望できる。それもそのはず、奇しくもそこは、歩道橋だった。
僕がこれを拾った、あの歩道橋だ。
そばの欄干にもたれかかっていた坂本さんは、僕に気付くと背を離し歩み寄って来た。
そうして、銀色の細眼鏡の奥から睨みつけるような切れ長の眼光を覗かせ、ゆっくりと口を開く。瞬間、僕は初めて、坂本さんがためらったところを見た。ほんの一瞬、コンマ数秒にも見たないようなそのごくわずかな時間、坂本さんは確かに躊躇した。しかし、数秒後坂本さんはそれを取り繕うかのように声を張り、言い放った。
「――――お前、〝時間跳躍者〟だろ」
「……え?」
それは、全く予想だにしない一言だった。




