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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
二十章
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その四 金髪少女と金髪少女

 薄闇の向こうから、巻き起こる風の音と、せせら笑いが聞こえてきた。

 チャージは既に完了している。薫は片足で膝立ちになってバズーカを肩に構えると、緊張した面持ちでスコープを覗きこんだ。

 数秒後、その十字線の向こうに、紫色に発光する一対の双眸が浮かび上がった。自然と身が強張る。不気味に光る紫の瞳は、月光を切り裂き、凄まじい勢いで急接近してくる。

 やがてそれは周囲に影をまとい、手足を生やした人型になる。

 だがあれは、人間ではない。怪物だ。

 頭でわかっていても、トリガーを握る指の震えが止まらない。薫の指先は氷のように冷え、金縛りにでもあったようにがちがちに固まってしまっていた。

 怪物。そう、あれは怪物なのだ。

 何の罪もない警備員を殺した、その罪は重い。

 しかし薫は、心の底ではその罪の重さなど、毛ほども感じていなかった。空白。薫の心を支配するそれは、いつも頑なに、〝感じる〟ことを(こば)む。結果として薫は、喜怒哀楽を、上辺だけでしか作り出せなくなった。その、冷たい仮面を(へだ)ててでしか、人と接することができなくなってしまった。全ての元凶は、あの時。我を忘れ、無我夢中で逃げ出した、あの日の夜。

 あの瞬間から薫は、片時も眠れなくなった――――

『アハァハハハハハハハァーーーーーーーァァアアアァァーーーーーーーーーーァァッッ!!』

 人ト非が――――有紀薫が――――目前に迫る。スコープに刻まれた十字の照準線の向こうで、有紀(ゆうき)(かおる)が、凜土師(りんばし)(かおる)の知らない顔で笑う。人を見下(みくだ)し、(けな)(おとし)めるような笑い方。凜土師薫が何より嫌う、相手のすべてを笑い馬鹿にする、最低な人間の笑い方。

 凍りついていた指先を、怒りの炎が熱く()がした。

「……その顔で、――――笑わないでぇっ!!」

 (とどろ)く閃光。(ほとばし)る轟音。北館三階が、眩い光に包まれる。

 気がつくと、凜土師薫はトリガーを引き切っていた。バズーカの発射口からはうっすらと煙が立ち込めている。ゆっくりと視線を上げると、廊下の中央に、一人の、金髪の少女が横たわっていた。

「――――有紀ちゃん!!」

 薫はバズーカを床に放り出し、金髪少女に走り寄る。その少女の姿は、数年の年月を経てもなお、何一つ変わっておらず、あの夜から、一歳も年を取っていないようにさえ見えた。ある意味では薫も、同じようなものだ。

「…………薫。なんだかあたし、悪い夢でも、見てたみたい……」

 抱き起こすと、金髪少女――――有紀薫は力なく笑った。

「怖くて、苦しくて、誰もいなくて寂しくて…… すごく、寒かった。人気のない冬の夜道をさ、当てもなく、ぼーっとさまよってるみたいな、そんな感じだった――――」

 口を開いている間も、有紀薫の体はみるみる冷たくなっていった。薫は体を抱き寄せ、必死に温めようとするが、これ以上力を込めると、やせ細った有紀薫の体はそれだけでばらばらに崩れ折れてしまうような気がした。

「有紀ちゃん、ゴメン、ゴメンネ…… ――――わたしあの時、逃げ出したの。有紀ちゃんを置いて、一人で――――」

 瞳から流れ落ちた涙が、病的に白い頬を濡らすと、有紀薫は、困ったように微笑を浮かべた。

「おいおい、泣くなよ。……あんたはちゃんと、助けに来てくれたじゃん。あたしなんかと違ってさ」

 有紀薫は自嘲気味に笑った後、苦々しく顔を(しか)めた。

「違う! 違うの…… これは、偶然で、ホントはわたし、助けに来たんじゃないの……」

「――――なんだっていいよ。あんたのおかげで助かったんだもん。あたしはそれでいい」

 不意に、有紀薫がすっと目を細めた。

「待って! お願い!!」

 薫が懇願し、体を強く揺さぶると、有紀薫は苦しげに、か細い声を絞り出した。

「――――最後に見る顔が、あんたで良かった」

 有紀薫は薫の瞳を正面から見据え、そうしてまた、力なく笑った。

 泣き崩れる薫の耳元に、数秒後、今にも消え入りそうなほど浅い吐息が、弱々しくも届いた。

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