その二 秘めた想い
三階に下りる途中で、柴崎さんが不意に足を止め、重たげに口を開いた。
「――――凜土師……」
言いながら、横目で振り返る。薫さんは俯いて、足元を見つめたまま何の反応も示さない。しかし、聞こえているはずだった。柴崎さんは構わず続ける。
「俺のこのポンコツは、もうすぐ電池が切れる。そうなったらもう、お終いだ。誰も奴の攻撃を防げないし、幻惑からも逃れられなくなる」
「……うん」
薫さんが、今にも掻き消えてしまいそうな声で頷く。
「あのうねりは怪物なんだとしても、俺が閉じ込められた壁は間違いなく本物だった。多分アイツは、平衡感覚や距離感を狂わせられるんだろう。あの壁の中に閉じ込められたら、今度こそ終わりだ。でも、風間たちのレーザーじゃ火力が足りないし、俺のじゃ近づく前にやられる。……つまり、分かるだろ? ……お前じゃなきゃ、お前のバズーカじゃなきゃ――――」
あの怪物は、倒せない。そう言いたいのだろう。それは僕も、薄々考えていたことだ。風間君ならもっと早い段階から気がついていたに違いない。そして多分、薫さんも。
……けどそんなこと、言えるはずが無い。それを言うのはあまりにも、――――残酷すぎる。
ましてや、あの人ト非の中身を知った上で、それを殺せと言うのだから。
「――――どうして? ……どうして、倒さなくちゃいけないんですか?」
声に、嗚咽が混じる。仮面が、完全に外れる。足元の床が、何かの水滴で濡れた。
「怪物は、〝視える人〟しか襲わないんですよ? ――――百万人に一人、居るか居ないかなんですよ? ……そんなの、そんなの――――」
「――――どうでもいいって、言いたいのか?」
押し殺した声で、柴崎さんが問う。いや、前髪から覗く眼は、有無を言わせるつもりのない、鋭い光を纏っていた。
「――――お前も、分かってたはずだろ? いつか、こんな日が来るって。加奈子や明、加賀山も京子も、もう、とっくに気付いてる。人ト非の正体は、人間だ。だから怪物で、人ト非で、破壊対象なんだ。猫みたいでも犬みたいでも、カラスみたいでも人みたいでも、それは怪物だ。化け物なんだよっ! だから駆除するんだ。殺害じゃなく、撃破するんだ!
……所詮百万人に一人の、名前も知らない誰かのためにっ!!」
「――――嫌。……わたしは、誰も殺したくない。何も壊したくない。だから今までずっと、非戦闘員としてやってきたのに。なのに、どうして、こんな――――」
「――――なら、どうして武器なんか作った?」
「え?」
思わず、声が上がる。……でもそうだ、そうじゃないか。
「誰も殺したくないなら、どうしてバズーカなんか作って、嬉しそうにぶっ放してるんだ?」
「それは――――」
口籠る薫さんに、柴崎さんが問い詰める。
「あの子を、同じ境遇になった人達を、救うためなんじゃないのか!?」
「……どういうことですか?」
「見ろ」
言いながら、柴崎さんは無造作に右腕を突き出すと、白衣の袖を捲った。
「っ!」
失礼だと分かっていても、視線を逸らしたくなる。清潔な白衣の下は、痛々しく焼け爛れていた。
「これでも、かなりマシになった方だ。白衣の性能が上がって、より効率よく紫外線を跳ね返せるようになったからな。武器も発光弾よりレーザービームが主流になって、日焼けするような奴はいなくなった。――――凜土師、お前が研究してるのも、そういうのだったはずだろ? そんなお前が、高濃度の殺戮兵器を作るとは思えない。……あのバズーカにはなにかカラクリがある。違うか?」
「………」
沈黙が肯定する。薫さんはやがて、ゆっくりと口を開いた。
「……この子はネ、フラッシュの強化版みたいなものなんだヨ。紫外線濃度は、第三世代のレーザービームとほとんど変わらない。低火力の範囲攻撃なの。だから、ひょっとしたら、人や動物に当たっても、……死なないかも知れない。怪物だけを殺して、宿主を――――有紀ちゃんだけを、助けられるかもしれない、そんな武器なの。ホントは……」
「――――そのために、作ったのか?」
薫さんは、泣きじゃくりながらこくりと頷いた。
「……でも、まだ一度も、成功したことないから、この改良版でも、うまくいくかどうか……もし失敗したら、私は――――」
「――――そんなの、試してみなくちゃ分からないじゃないですか」
「へ?」
薫さんがどんな思いでこのバズーカを作ったのか、僕には分からない。有紀さんという人がどんな人なのかさえ知らない。けど、
「――――成るように成りますよ。きっと」
無責任にもほどがあるとは思うけど。
なぜか、ほとんど確信めいた予感が、そう、あの〝予感〟が、僕にそう告げる。
今まで散々、嫌な予感を的中させてきた。でもその度、結局はいつもなんとかなって来た。今度も多分、そうなるような気がする。何とかなるような、……そんな、気がする。
――――〝予感〟が僕に、そう告げる。




