その六 学校編・北館四階階段付近
『ギギャアアアァァーーーーーーーーーーーーーーーァァゥゥーーーーーーーーーアァァァッ!!』
とても人間とは思えない、恐ろしく甲高いしゃがれた絶叫が背筋を逆なでした。
光の激流が途絶えようとする最中、四階の廊下をすっぽりと包みこんだ眩い光の向こうで、悶え苦しむ黒い人影が見えた気がした。次の瞬間、それは閃光とともに弾け飛ぶ。
――――視界が晴れた時、そこには、なおも人影があった。ただし、それはもう、黒塗りではなかった。脳裏を、初めて風間君たちと会った鉄くず置き場での光景が過ぎる。
あの時、僕が武器支援システムによって大量の目無烏を掃討した直後、そこに転がっていたものは、夥しい数の死骸だった。思えば、他の怪物たち――――手々悪魔や猿手足、そして人ト非――――の死骸は見たことが無い。でもそれは、考えてみればおかしい。倒された途端跡かたも消えるなんて、ちょっと考えにくい。本当は僕が見落としているだけで、いつも誰かが片付けてるんじゃないか? 猫の死骸や、……人間の死体なんかを――――
立ち尽くしていた人影が、それこそ棒のようにばったりと倒れ込んだ。
ここから見る限り、呻き声の類は微塵も聞こえてこない。外国人なのか、染めているのか、髪は金髪だった。風を受け、前髪がさらりと流れ落ちる。その時、金一色に見えた前髪に、異なる色が混じった。
頭は右頬が下になっているようなので、そちらは左側だろう。
黄緑と、ピンク色のメッシュ。左側の前髪だけが、そんな二色に彩られていた。
「え……?」
「……お、おい――――」
偶然、だとは思えない。
「嘘ダヨ、こんなの…… だって、そんな、そんな――――ありえないよ……」
震えた声に嗚咽が混じり、一筋の涙が静かに落ちて、乾いた床を濡らした。
「薫、さん……?」
「きャァァーーーーーーーーーーーーー……あぁ、アぁァーーーーーーーーーーーーァァッッ!!』
「っ!! ――――何なんだ、この鳴き声は……」
人影は両手をついて上半身だけでがばりと起き上がると、寝そべった姿勢のまま突如奇声を上げた。全身はいつの間にかまたどす黒く染まっており、裂けるほど開き切った口内は血のように真っ赤だ。皿のように見開かれ、ほとんど半球状になった両の瞳に、鮮やかな紫色のリングが浮かび上がる。月光よりも強く輝くそのリングは、しだいにその輪郭を曖昧にしていき、やがて薄闇の中に淡く滲み出した。
比喩でなく、読んで字の如く。
壁を赤く照らす火災報知機のサイレン、緑の棒人間が駆け込む非常口、月光に照らされた青白い床。それらが、一つ、また一つと、〝紫〟に染まっていく。混じるわけでも、重なるわけでもなく、真水を張った水面に、インクを垂らすようにして。瞬きの間に様変わりする。
やがて、人ト非の周囲は紫一色になる。さざ波のように揺れる紫色の水面に、艶のない、塗り潰したような黒髪を垂らし、人ト非が、ゆらりと立ち上がる。瞬間、辺り一帯が一際大きく波打った。たちまち色濃い紫の波動が水面を駆け、はみ出したところでそれは浮遊した。
水面から、波だけを切り取ったような真紫の波動が、高速で迫りくる。回避する術は、なかった。真紫の帯が体を横一文字に貫き、次の瞬間僕は、気が遠くなるような睡魔に襲われた。




