その五 学校編・北館三階~四階 踊り場付近
階段まで引き返したところで、薫さんは重たいバズーカを肩に担いでペースを速め、危ない身の足取りで駆け上がっていった。僕もその後に続く。薫さんは踏み出す度にバズーカの重みで足を取られそうになり、上っている間中気が気でなかった。仮に背後からうまい具合に受け止められたとしても、支える自信は到底無い。そのまま共倒れになる可能性の方が遥かに高く思えた。
かなり抵抗があったが、薫さんならまぁ大丈夫だろう。僕は飛び跳ねるように駆け上がる背中に後ろからそっと手を添えた。
「きゃっ! ……キミくんったら、背中にさりげなく手を回すの上手ダネ」
「――――引き倒しますよ?」
言っているそばから、両手にいきなりぐんと体重がのしかかってくる。相手が薫さんだとはいえ、女の子に触れているのだと思うと胸が激しく高鳴った。首筋から顔にかけて、かあっと血が昇る。
「おうっと、今のは危なかったネ。キミくんナイスフォローっ!」
振り返ってウインクをかます暇があったらきちんと前を向いて欲しかった。
とはいえ、それ以降はとくにこれと言った問題が起きることもなく、踊り場を曲がり駆け上ると、そこはもう四階だった。
『――――師!! 凜土師っ、聞こえ…か!』
その時だ。どこかから柴崎さんのくぐもったがなり声が聞こえてきたのは。
「あん、どったの? ていうか、どこぉ?」
薫さんは一歩前に飛び出すと、両手で双眼鏡をつくり、辺りをキョロキョロ見回した。薄い色の金髪と一緒に、左の前髪の、黄緑とピンク色のメッシュが跳ね回る。……やっぱり、後ろ姿がセキセイインコみたいだ。メッシュの色合いも、ちょうど後頭部からちょんとはね出たとさかの部分に似ている。
『凜土師っ! そこに、――――るん……だな? ――――早く――――を…おしてくれ!!』
声がほんの少しだけ近くなった。しかし、くぐもったままで聞き取りづらい。
「……何を押せって?」
「さぁ。よく聞こえませんでした」
『……を、たっ――――せ!! まだこの…くにいる!』
「よく聞こえないよぉーーっ!! もっとはっきり、ハキハキとぉ!!」
『か・い・ぶ・つ・だ!! 廊下に居るっ! ――――危険度五、メスの人ト非っ!!』
「メス? ……女性ってことですかね? でもどうしてわかったんだろう……」
『ハハァァッーーーーーーーーーーーーーーハァハァハァッヒィッッ!!!!』
曲がり角の向こうで、甲高い鳴き声が響く。
「なっ、なんだ!?」
「え、……あれ?」
『風間が危ない、俺も閉じ込められた! 早くしてくれっ!!』
「で、でも……」
柴崎さんが叫んでも、薫さんはどうにも決めかねているようだった。やはりあのバズーカは、人に当たるとまずいんだろうか。なんにしても、様子がおかしい。
頷くことも首を振ることもせず、戸惑うばかりだ。
らしくない、というよりも、仮面が、外れかけているようだ。普段のテンションから外れ、僕でもはっきりわかるほど、ぎこちなくなってしまっている。
『チャージ率、100%、準備完了。頑張ってね、リンちゃん』
薫さんが廊下の中央に躍り出たのと、その優しげな若い女性の声が流れ出したのはほとんど同時だった。
「なっちゃん……?」
薫さんの瞳が、ショックを受けたように小さく見開いた。きゅっと一の字に結ばれた口元が、何を思ったのかは分からない。
『――――ィヒヒヒィィィッ!!』
『凜土師っ!!』
不意に、薫さんの周囲の空間が陽炎の如くぼやけた。窓が気味が悪いほど滑らかな動きでうねり、波打つように揺らめく。
『破壊衝動、検知。ステージ4、推定危険度:五』
「薫さん、早くっ!!」
いてもたってもいられなくなって、僕は曲がり角を飛び出した。薫さんは膝を落としてバズーカを構え、既に臨戦態勢に入っていた。
「あぁああぁぁーーーーーん、もうっ…… ――――うるさいっ!!」
砲塔を支えていた左腕で苛立たしげに髪を掻き乱すと、薫さんは半ば投げやりにトリガーを引き絞った。直後吐き出され、一瞬のうちに押し寄せる光の激流を前に、廊下の中ほどにぼんやりと見える髪の長い黒い人影は、いやにゆっくりとした動作で振り返ると、
――――にたりと笑ったような気がした。




