その二 学校編・北館二階
北館二階は比較的綺麗だったが、閑散としており、床や壁には微かにレーザーによってできた焦げ目がついていた。調査の際に応急処置程度の駆除が行われたことは聞かされていたが、夜の学校で、自分達以外の足音以外に一切の物音が聞こえてこないのは、返って不気味だった。加奈子が、少々びくつきながら視線を巡らせていると、通りがかった教室の隅に居た、手々悪魔と目が合った。
加奈子は教室の窓が割れているのを確認すると、腕を伸ばそうと身を振る手々悪魔の周囲にレーザーマシンガンを撃ち込んですかさず牽制した。ひるんだ隙に、レーザービームを三連射する。全弾命中。
『敵一体、撃破』
「ふぅ……」
溜め息をつき、強張っていた肩を脱力させる。
「うまいね、やっぱり。本部に欲しいくらいだよ」
隣で見ていた本部の女性職員が、楽しそうに唸った。
胸元に付いた名札には、〝高岡 カズミ〟とある。下が片仮名なのは恐らく仕様だろう。
「いえ、そんな……」
加奈子が曖昧に笑うと、高岡カズミもにっこりと笑った。歳は三十代前後で、背丈は加奈子より少し高いくらいだったが、彼女は全く大人ぶることなく積極的に話しかけてきて、加奈子の緊張をほぐした。――――六割がた本部への勧誘だったが。
「これで大体済んだかな?」
「はい。一応、もう一回見回っておきますか?」
「えぇ、そうね」
校舎の突き当たりの壁から振り返る。この薄闇の中でも、何もいないことが一目でわかった。端まで一本道の廊下には、死角などない。掃除用具を入れたロッカーも、この学校では教室の中にある。問題があるとすれば、
「さっき窓が割れてたのって、そこの二年八組と五組、それから、一年六組の教室よね?」
「はい、そうだったと思います。あんまり憶えてないけど……」
「うん、正直でよろしい。あたしもなの」
一頻り笑い合ってから、気持ちを引き締め、二人は元来た道を引き返して行く。
上杉加奈子と高岡カズミの担当は、一階と二階だった。といっても、本部が状況調査を円滑にするために行ったと言う駆除が予想外に行き届いており、怪物の数はまばらだった。
今のところ、これと言った怪我をすることもなく、作戦は順調そのものだった。
廊下を半ばほど引き返して来たころ、上階で何度目かの轟音が響いた。
「ひっ!」
「おぉ、またやってるねぇ。なんかこう、腹の底にずんっとくるよね」
加奈子と違い、高岡カズミはもうすっかり慣れてしまったようだった。貫禄というやつなんだろうか、と、加奈子はカズミを横目で盗み見る。やはりというべきか、全く動じていないようだ。肩の高さに揃えられたツインテールが、楽しそうに揺れている。
「――――その髪型、似合ってますね」
指摘すると、カズミは余程驚いたのかばっと飛び退いて、後ろ手に隠してしまった。
「そ、そう? 変じゃない?」
「私は、似合ってると、思いますけど……」
「……良かったぁー。いやね、昔の男に、初めて『可愛い』って言われてさ、それ以来やめられなくて。あたしにとってはもう、アイデンティティみたいなものだから」
「は、はぁ…… そうなんですか」
そう返すだけで精一杯だった。
(未練たらたらかよ……)
加奈子は、曖昧な笑みを浮かべつつ思った。
一階へ下りようと職員室を通り過ぎた時、加奈子は、足元に転がっていたプレートに気がついた。
「こんなところに、危ないじゃない」
拾い上げると、思っていたよりも重く、金属製だと分かった。それも見かけ倒しの安物ではないようだ。裏返すと、金色の書体で学校名が刻まれている。
「あれ? これって……」
「どうした? それ、そこに落ちてたの?」
「はい。多分これ、校門とか、正面玄関にあるやつだと思うんですけど」
「それがどうしてこんなところに?」
「わからないですけど、この名前、どこかで聞いたことあるような……」
「知り合いの母校とか?」
「うーん。多分、そんな感じだと思うんですけど……」
口籠り、しばし思案する。
「……そっか。この学校、――――薫ちゃんの母校だ」
瞬間、凄まじい強風がそばの窓枠を強く揺さぶった。
「きゃっ!」
加奈子が驚いた拍子にプレートを取り落とすと、風は廊下に並ぶ窓を激しく揺すりながら、先程加奈子達が居た二年八組の方へ生き物のように駆け抜けて行った。
「何? 今の」
さすがのカズミも、これには息を呑み、戸惑いの色を隠せないようだった。
次の瞬間、上階から窓が一斉に砕け散るような音が響き、窓の外はたちまち滝の如く降り注ぐガラスの破片で埋め尽くされた。




