その二 疑惑
「――――所長、なんかテンション変だったネ」
第一作戦会議室の向かいにある階段の中ほどで、薫さんがぽつりと呟いた。
「このところ、あんまり寝てないみたいだからな。所長も疲れてるんだろ」
風間君の方は少し不安げだ。
「連戦って、いつから続いてるんですか?」
「え? あぁ、確か――――」
「――――ちょうどキミくんが尾張支部に配属されてきたころからダヨ。それこそもう毎日のように誰かしら怪物と戦ってるから、所長は寝る暇もないんじゃないカナ?
――――ハッ、まさかそれが狙い!? ふむふむ、敵もなかなか侮れませんな……」
「違うと思いますよ」
「同感」
「……あ、ちょっとぉ!?」
妄想に耽りだした薫さんは捨て置き、僕らはすたすたと下って行く。目無烏のときよりも息が合っている気がした。
仮眠室に戻ると、散乱していた包帯の類が片づけられていた。ベッドもシーツが取り換えられていて、天日干しした時の良い匂いがした。薫さんがやって置いてくれたんだろうか。
おかげでよく眠れそうだ。あくまでも、仮眠だけど。
「――――そういえば、本部から来たあの坂本って人の保護メガネも、最新型なのか?」
扉を閉めながら尋ねる。なんだか久々に聞く気がする。
『ナビゲーターの声紋が一致していました。恐らく最新型、――――それも同じXA-2400系統の機種だと思われます』
「じゃあ、あの人のにもお前と同等のシステムが備わってるってことか?」
『いいえ。それ以上です』
「は?」
これにはさすがに、違和感を覚えた。いくら本部とはいえ、二つも三つも先を行く装備を独占しているなんて、ちょっと考えられない。
『あの機には、本機には存在しない機能が塔載されていました。また、一部支援システムもより使い勝手の良いものに改良されているようです』
「どういうことだ? お前は最新型なんじゃなかったのかよ」
『はい。現存するXA-2400系統において、本機は最新型であると記録されています』
「……じゃあ、あの人のは何なんだよ?」
『存在しない型です』
「は……?」
その時、扉がノックもなしに開いた。慌てて身を起こすと、断りもなく京子さんが入ってきた。というのは、仮眠室は部屋の半分以上がこの簡素なベッドに占領されており、入ってくるとなると必然的に――――必然的、に……
京子さんは、こちらには目もくれず無造作にベッドの隅に腰かけると、壁に向かって片足を延ばし、何の躊躇もなく靴下を脱ぎ始めた。――――靴は、なぜか扉の前に揃えられている。
「――――うぅーん、ふはぁ……」
ふと手を止めたかと思うと、京子さんは目一杯伸びをした。そしてダメ押しのように欠伸する。
何かもの足りないと思ったら、眼鏡をかけていないようだ。というか、例のあの殺気立った視線も、刺すような冷たい雰囲気も感じられない。その上、その一挙手一投足には普段と比べてあまりにも覇気がない。それになんとなく猫背ぎみだ。
「……ふぅ」
気の抜けた溜息。そして、再度欠伸。止まらない、欠伸。……それで全てを察した。
このベッドを整えてくれた真の人物と、その、本当の理由を。
いや、整えてくれたという言い方は正しくない。整えたのだ。自分が寝るために。
かちゃりと固い音がしたかと思うと、壁まで三十センチほどしかない床に黒縁眼鏡が落ちていた。京子さんがそれを大儀そうに拾う。その過程で、レンズの厚みに気付く。
……牛乳瓶の底かよ! うん、分かった。もう分かった。謎は全て解けた。
目、だいぶ悪いんだ、この人。そして、とてつもなく眠いんだ。だから気づいていないんだ。
――――まずい。
京子さんに動きがあった。よほど疲れているのか、丸めた靴下を揃えもせずにぽいと放り投げると、もう一度大きな伸びをして、――――そのままこちらに倒れ込んで来る。
あぐらをかく僕の足に、ちょうど膝枕でもするかのような位置で京子さんの頭が収まり、違和感を覚えた京子さんが訝しげに眼を開いて……
「――――ぎゃあああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
世紀末を思わせる断末魔。直後、僕の横顔に容赦のない平手打ちが炸裂した。




