その四 指輪
「そういえば所長って、奥さんがいるんでしたよね?」
風間隼人の一言に、京子の耳がぴくりと反応したが、柴崎はまた見ないふりをして、
「あぁ、らしいな」
と何の気なしに答えた。
「でも俺、所長が指輪してるとこ一回も見たことないんですよ。やっぱり、勤務中は外すものなんですか?」
「いや、そんなことはないだろ。監視室の山村さんだって、指輪はめてるんだし」
「じゃあ、なぜ?」
隣で京子がごくりと固唾を呑んで睨みつけて来る中、柴崎はわざと普段通りの口調で言った。
「俺も詳しい経緯は知らないんだが、所長の奥さんは、もう随分前に亡くなってるんだそうだ」
「え?」
漏れ出た吐息は、京子のものだった。柴崎はそれこそ我を忘れて喜ぶかとばかり思っていたが、その声色は、喜びとは酷くかけ離れたものだった。
横目で盗み見ると、京子の瞳には、涙が浮かんでいた。
それは、今にもこぼれてしまいそうなほど、大きく膨らんでいた。
*
「――――怪物は紫外線に弱いから、紫外線と同じ色をしているの。でも、それだけじゃ防ぎ切れないから、他の動物に寄生してカバーするの。でもその表皮が紫外線を通しちゃったら意味が無いから、宿主の肌もやっぱり紫外線と同じ色にするの。自分の色素を使ってね。だから肉眼では見えないわけ。まぁ、たまに見えちゃう人もいるみたいだけど……」
加奈子さんが不意に薫さんの方をちらりと見やった。寝息どころかいびきをかきはじめたことにご立腹らしい。そりゃそうか。
「でも、それもそれこそ数万人に一人居るか居ないかぐらいだから、当てにはできない。そこで、このSTK特製対怪物用接眼レンズの出番なわけ。……でも怪物は、〝視える人〟しか襲わないみたいだから、本当はずっと掛けてるのは危険らしいの。でも、かといって私たちが下手にこれをはずしちゃうと……、だから――――」
……やばい。薫さんのいびきを聞いていたら、僕まで眠くなってきた。でもさすがに、僕が寝るのはまずい。まず間違いなく引っ叩かれる。それに、加奈子さんは僕のために教えてくれているんだ――――
「――――ちょっと、……ねぇ、ねえってば。聞いてるの? …………怒るわよ?」
「うあ?」
肩を激しく揺さぶられているのに気付き、顔を上げると、加奈子さんは目尻にしわを寄せ、ものすごく不機嫌そうにしている。
怒鳴られると思ったその刹那、扉が少々荒っぽい動作でノックされ、返事を待たずに勝手に開いた。現れたのは、京子さんだった。心なしか、目尻が少し赤らんでいる。
「――――所長がお呼びです。ただちに第一作戦会議室に集まって下さい」




